2024/12/01
末松 では、農業分野への進出についてお願いします。この分野を開拓しようと考えた背景はいかがでしょう。
小川 これまでプラットフォームとして業界を問わず、全方位的な利活用を広げてきました。そうした中でとある農家の方から、農産物の収穫時期や台風襲来前に急きょ作物を収穫しなければいけないなど、短期にまとまった数の人手が必要となったときにタイミーのサービスを使って大いに役立ったという声が寄せられました。他の農業生産者と話しても、やはり高齢化と人手不足は年々深刻化しており、かつてのように近隣に声をかけるのも難しく、誰に頼んでよいかわからない、というお悩みが多く聞こえてきます。
それなら農業分野に、自分たちが力添えできる余地が大いにあるのではないかと思い、専任チームを設けて業界のリサーチやアプローチを進めていきました。現在はJAさんをはじめさまざまな関係各位と連携を図り、農業分野の中でソリューションとして貢献できる体制が整いつつある、という状況です。
末松 これまで、この種の問題は行政やJAなど産業界以外の立場から解決を図ってきましたが、そこにタイミーという事業者が参画することによって農業生産の現場が助かり、それがビジネスになる、という相乗が期待されるようと思います。
小川 産業としての農業のメインは収穫・出荷ですが、JAさんに繁忙期の作業を賄う人材のストックがあるかというと現実的にそうではない。だからこそ私たちが提供するスポットワークサービスが農業に貢献できると自負しています。現在、地方自治体をはじめ各JA、そして農業に関する各種サービス事業者と連携を進めています。人手にお困りの農家さんを発掘してアプローチを進めていき、農業の人手不足解消に向けたパートナーとしてはタイミーが一番、と思ってもらえれば何よりです。
末松 JAとしては、御社のような人材確保サービスは、これまで想定していなかったでしょうね。一方、行政サイドから御社と組む上でのメリットとしては?
小川 地方ほど農業生産の占める割合が高くなりますので、やはり人手不足による営農の行き詰まり、さらに倒産という事態となれば地域経済に与えるダメージも大きく、それが都市部への人口流出に拍車をかけるようになると、産業の衰退と人口減の相互悪循環を招きかねません。逆に、農業と他の産業間でワークシェアリングできれば、地域経済の持続的活性化にも貢献できると考えています。
弊社ではどの産業分野においてもその業界に特化したサービスを提供していきたいと考えており、農業だけの専任チームを構成していることも強みであると考えています。こうした方針を打ち出すことが、タイミーがその業界に寄り添う姿勢の発信にもつながります。
末松 農家の方でも人を使うことに不慣れだと、当日集まったワーカーさんに、仕事内容や注意事項などをうまく説明できない場合もあるのでは。
小川 これまで生産者の経験に頼りがちだった農作業について、作物・作業ごとにマニュアルを作っています。業務を細分化しておけば、この業務は当日初めて現場に来たワーカーさんでも頑張ってもらえる、逆にこの業務は経験が必要なので自分たちが手掛けたほうが良い、などの判別ができて非常に効率的です。こうした生産性向上に向けた情報提供と〝場づくり〟も、たいへん好評を得ています。
末松 地域的な傾向などはいかがですか。
小川 やはり農業生産比率の高い北海道と、九州エリアの需要が高いですね。
末松 北海道ですと、酪農家からの要望も多いのでは。酪農は動物が相手だけに現場で世話をする時間が長くて、とかく人手が不足しがちですから。
小川 ご指摘の通り、十勝エリアの酪農家さんやJAさんからも同様のお話があり、今後はタイミーがお役に立てるとご理解いただけるよう、同エリアの自治体さんを開拓するなど、今後は酪農・畜産にもより注力していく方針です。
末松 御社のワーカーさんが現地で大いに貢献した、という事例などはいかがでしょうか。
小川 その北海道における大規模な農業法人の例なのですが、現地で働いたワーカーさんへの評価が非常に高く、単発のアルバイトではなく長期雇用したいという意向が寄せられ、一気に5人のワーカーさんの長期就業につながりました。一時的なサポートではなく、農業分野で人材が戦力として定着した好事例だと捉えています。このように、スキマバイトを契機とし、長期就業につながった事例が他の産業でも相次いでいます。また地域の若者がスキマバイトを機に農業の魅力を知り、就農を志すようになれば、将来の担い手づくり、農業人口の増加にもつながります。こうした方向性のもと、熊本県では農産物の収穫・仕分け作業を体験するプログラムも設定して、農業に接する機会を設けています。
末松 なるほど、とすると農業大学、農業高校の教育プログラムなどとリンクできれば面白いかもしれませんね。
小川 他業種ではワーカーさんに向けた研修会を行った後、研修参加者に募集を出すという取り組みもしているので、教育機関との連携は願ってもないところです。どのような形であれ、タイミーとしては農業人口の増加に貢献することを目指していますので。
〝『はたらく』のインフラ〟として引き抜きを許容
末松 それにしても、ビジネスとして人材の引き抜きを許容するというのも、これまでの人材サービスの商慣習に対し、いわば真逆の発想ではないでしょうか。
小川 例えば派遣会社は引き抜き御法度、これが業界の暗黙のルールであり、この点は経営陣のあいだでもかなり議論しました。ただ、人手不足のところに良い人材が来たら長く居てほしいと思うのは当たり前で、引き抜きのたびに手数料を取っていては、そのこと自体が雇用の促進に対する障壁となってしまいますし、仮にこっそり引き抜くような事案が発生すれば、弊社と事業者の関係に亀裂が生じてしまうでしょう。弊社は〝『はたらく』のインフラ〟として各社と長くお取引をしたいと考えておりますので、企業から「こんな良い人を紹介してくれてありがとう」と言ってもらえるような関係性をつくりたいと考えています。
また仮に弊社が引き抜き有料と設定しても、後続の同種サービス企業が無料とすれば、結局はニーズがそちらに流れてしまいます。
末松 確かに、後発・類似のサービスも相次いでいる現状ですが、こうした引き抜きOK、手数料無しなども、後発への差別化対策の一つでしょうか。
小川 差別化というより、弊社が築いたポジショニングに利があると思っています。リリースから6年の間、ワーカーさんの働きぶりや事業者さんからの評価などのデータを蓄積しています。それらのデータをもとに飲食・物流・スーパーなどさまざまな業界で求められるスキルや実績を可視化して、その業務に応じて期待以上の働きをしたと事業者から認定されたワーカーさんに、全14種のバッジを付与しています。バッジを持っていればそれがスキル、実績の証になります。また、今年4月には通常よりも高い時給を設定することでバッジを持つワーカーさんに限定して募集を出せる機能を追加しました。これによりワーカーさんの待遇向上にも繋げることができます。
末松 なるほど、ワーカーを募集するときの一つの基準になり、ワーカーの方も、事業者から来てほしいという市場価値が高まるわけですね。
小川 この好循環を構築できているのも、リリース当初からワーカーさんと事業者さんのさまざまなデータを蓄積してきたからです。後発の事業者には当然このデータがありませんから、この点は先行者メリットだと思います。
末松 冒頭、法改正や規制緩和が事業に大きく影響した旨のお話がありましたが、他に行政に対するご意見やご要望などはいかがでしょう。
小川 スポットワークという新たな働き方は徐々に浸透してきているものの、まだ使ったことがないという事業者さんは多くいらっしゃいます。しかし、年々人手不足は深刻化しているため、国からの助成などがあればより多くの事業者さんがスポットワークを活用しやすくなり、人手不足の解消につながると考えています。
また、弊社のワーカーに限らず、初めてアルバイトを雇う農家さんは、労災適用等の面で不安を感じる傾向にあります。従って、個人農家さんでも簡単に労災適用に入れるような仕組みづくりをお願いしたいところです。
弊社では業種を問わずさまざまな導入実績を発信していますので、農家や事業者の方々はもちろん、国・地方の公務員の方も一度ご覧になり、タイミーについて知っていただけると嬉しいですね。
末松 本日はありがとうございました。
成長しているスタートアップは、ビジネスのアイデア自体が斬新であるのはもちろん、収益確保を実装するまで改善し、磨き上げるというプロセスも乗り越えて地歩を築いています。タイミーの小川代表は、このプロセスをクリアした典型的な成功例です。
ワーカーの年齢層のくだりで、シニア層が増えている背景にスポットワークで働くことで承認欲求を満たすことができるという内容がありましたが、この点はシニアが社会と関わりを維持する上で、非常に大きな要素です。高齢化がますます進む今後、シニア層が社会貢献と自己承認の両立に向けて体を動かしコミュニケーションを取るというのは、健康寿命延伸のためにも大変重要だと思います。
後半では農業分野に焦点を絞ってお話を聞きましたが、農業ほど季節性の閑繁が激しい産業は他にほとんどなく、人手の確保は常に課題となってきました。それがタイミーのソリューションによって一つの解決策が見えてきたというのは、大きな時代の転機を意味しているのではないでしょうか。これまで行政はもっぱら、人手を機械に置き換える方向で農政を進めてきましたが、業務の部分々々や作物の品種に応じて、他の人材によってこれをカバーするという発想を、改めて認識していくものと想定されます。また、生産の場でワーカーをする人の中には、農業体験が初めてという人もいるかと思います。そうした人が農業に接して、食の基盤が成り立つのは容易ではないことを認識する契機としても、同社の取り組みは大きな意義があると言えるでしょう。
(月刊『時評』2024年11月号掲載)