2024/12/01
〝スキマ時間〟を活用して、〝働きたい時間〟と〝働きたい人〟を手軽にマッチングし、〝スポットワーク〟という従来の労働市場の概念を大きく変える新たなワーキングスタイルを確立したタイミー。2018年8月サービス開始以来、文字通りまたたく間に急成長を遂げ、2024年9月時点で導入事業者数13万6000社、ワーカー数900万人を擁し、本年7月には上場を果たした。確かなマッチングシステムや労務管理機能で幅広い信頼を獲得、同種サービスの後発が相次ぐ中でも他の追随を許さない。そして現在、幅広い産業分野に進出する中で、担い手不足に悩む農業への開拓に注力している。その理念と方向性について、小川代表に語ってもらった。
株式会社タイミー 代表取締役 小川 嶺 氏
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経験をもとに自らアプリを開発
末松 今や御社の名を知らない人はほとんどいないと言っても過言ではないと思います。急ぎ人手が欲しい企業と、自分の時間に合わせてすぐに働ける個人とのマッチングという、まったく斬新なサービスの提供で御社は成長されましたが、小川代表がそもそもこうした事業形態を発案した背景、いきさつからお願いします。
小川 20歳の時に一度、アパレル関連の会社を立ち上げたのですが、1年ほどでたたまざるを得なくなり、借入金を返すため物流倉庫や居酒屋など、弊社が現在、多くのワーカーさんに働いてもらっている現場でアルバイトや日雇いをかけもちするという時期を送りました。その時、1日働くだけなのに派遣会社に登録を求められたり給与も後日払いなど、プロセスの不透明さについて身をもって実感すると同時に、もしも自分のスマートフォン一つですぐに働けて報酬も確実にその日に得られるような仕組みがあれば本当に便利で、おそらく他の多くの人も同様に感じているのではないか、そう考えて発想を具現化するべく、モノづくりを始めたのがこのサービスの第一歩です。
他方で、分野を問わず人手不足の深刻化とブラックバイトの社会問題化、すなわち労働市場における需要サイドと供給サイド双方の問題が顕在化しつつあり、これを両面から解決する仕組みを構築できれば、広い意味で国に貢献できるとの思いも相重なり、このテーマを選択したという次第です。
末松 そのテーマを、ビジネスとして確立させるまでのプロセスはどのように。
小川 自分で求人アプリのデザインを起こし、これを投資家各位にプレゼンして資金を集め、求人広告で人手を集めるところからスタートしました。1回目の起業で失敗した経験が、今回の経験に大いに役立ったと思います。例えば1回目は最初から仲間を集めすぎたため資本政策の方向性などがまとまらない場合がありました。それ故に2回目はまずすべて一人で構想を固め、投資家さんを廻り調達のめどがついた段階で仲間を集める、というプロセスを取りました。
末松 類例の無いサービスだけに周囲の理解を得るまで容易ではなかったのでは。
小川 確かに当初、面接も履歴書も不要ですぐに働ける〝スポットワーク〟というサービスがあまり無かったため、身分証明の不確かな人が現場に来ることに不安を覚える企業もありましたが、それに対して人手不足はますます深刻化すること、求人媒体で訴求しても必ずしも人が集まるわけではないこと、それならば私のサービスを使ってみてください、掲載費は無料で働いた分の報酬だけしかいただきません、と交渉して導入企業を増やしていきました。
一方、ワーカーについては当初、学生の友人に声をかけ、企業から求人が出たら実際に友人に働きにいってもらい、企業とワーカー双方からの信頼を蓄積する、しばらくはそうした期間を過ごしましたが、徐々に初期実績が口コミで広がり、一般の人にもアプリをダウンロードしてもらえるようになりました。
法改正のタイミングを活用
末松 その後、成長軌道に乗ったのを見計らい大規模なCM展開などに打って出たと。
小川 はい、大手企業が、弊社のマッチングシステムを利用してくれるようになったので、サービスをリリースして1年余りの段階で、テレビCMの制作に乗り出しました。スタートアップでテレビCMの全国放映というのはほとんど前例が無いだけに、あえて勝負に出た、ということになります。
同時に、リーガル面をクリアにしたのも成長に大きく寄与した一因だと思います。当時、雇用契約は電子化が認められず、一方で業務委託契約は電子化が可能だったのですが、同契約では指揮命令系統が発生してはいけないという制約も多々ありました。しかし飲食店の現場では、指揮命令が発生せざるを得ません。大手企業からはサービスを利用するためにも、この問題のクリアを要望されたのです。
末松 それはどのように課題解決したのでしょう。
小川 ちょうど2019年4月から、働き方改革に伴う法改正が施行され、雇用契約書・労働条件通知書の電子化が可能となりました。実績も知名度もない弊社が改正を要望しても聞き入れられる見込みがないのに対し、国の方からルールを変えてくれた絶好のタイミングでした。これを機に多くの知見者を巻き込んでサービスをブラッシュアップし、初期のプロダクトを大きく改善することで、大手企業に導入してもらったことがCMの全国放映に踏み切るバックグラウンドになったと言えるでしょう。
末松 法改正に関するお話は、今後の経済界にとっても示唆に富んでいますね。
小川 そうですね、仮に雇用契約の電子化がなされていたとしても、自社の問題として意識していなければ、法改正自体を認識できなかったかもしれません。スタートアップが新しいサービスを具体化しようとしても、現行の法律や規制に該当しないためビジネスそのものを諦めてしまった例が数多くあると推察されるので、企業の知名度の有無にかかわらず、より良い事業環境形成に向けて行政機関に提言できるような制度整備や機会の創出が望まれます。
すえまつ・ひろゆき/昭和34年5月28日生まれ、埼玉県出身。東京大学法学部卒業。58年農林水産省入省、平成21年大臣官房政策課長、22年林野庁林政部長、23年筑波大学客員教授、26年関東農政局長、神戸大学客員教授、27年農村振興局長、28年経済産業省産業技術環境局長、30年農林水産事務次官。現在、東京農業大学教授、三井住友海上火災保険株式会社顧問、等。