2023/04/19
末松 現在、中期経営計画2026を策定されておられますが、その骨子についてご解説をお願いできましたら。
瀧原 私自身、内示を得てから社長就任までの数カ月間に、会社の今後について思索を巡らせたところ、以前から考えていた理念を明確な基本方針として示していくべきであろうとの結論に至り、三つの基本方針を掲げました。
まずは、①「事業ポートフォリオの再構築によるグループ成長力の促進。」『(競争上意義のある区分で)一定の事業領域においてトップであるか、トップになりうる事業』を基準として選択と集中を推進し、事業競争力を強化していく」。当社グループは多角的な事業がある中で、各市場に合った経営を行うべく、2001年に分社化しました。そうした考えのもと、飼料やペットフード、医薬品などスピンアウトした事業がある一方、逆に前述した酵母・バイオ、メッシュクロスなど、改めて取り入れた事業もあります。いずれもグループの内外に分けることで、その分野ではトップ、もしくはトップになりうると判断された事業群です。
次に、②「ステークホルダーとの関係に対する考え方を明確にした経営推進」。例えばお客さまに対しては期待以上の価値を提供する、社員に対しては適正な報酬によりやる気のある職場を実現する、等々です。また株主に対しては私が社長就任時の株価をメルクマールにして、それを上回るよう日々努力しています。これらステークホルダー各位に対して共通するのは、食の安定供給です。それは当社グループの存在意義であり、不可欠な役割であると認識しています。
最後は、③「ESGを経営方針に取り込み社会の動きに合わせて実行」。この中では特にEの環境面を強く意識したいと考えています。将来的には2030年度までに、グループの自社拠点でCO2排出量を2013年度比で50%削減、そして50年には同CO2排出量実質ゼロを目指します。それには、必要に応じて環境に対する投資・出資をしていかなければなりません。その方向性でまずは2030年度目標の達成に向けたロードマップを策定して、しっかりと進めていきます。他にも30~40年度にかけて食品廃棄物50%以上削減、工場の水使用量原単位30%削減、化石燃料由来のプラスチック使用量25%以上削減等、各分野で数値目標を掲げました。いずれも設定したばかりの目標ですので具体的にどう達成すべきか、これから議論を進めていきます。
末松 お話を伺うと、選択と集中のベースには、限られた資源を最大限活用する、という強い意識が働いているように思われますが。
瀧原 はい、例えば医薬品事業などは昔、胚芽の研究からスタートしてコエンザイムQ10という成分を開発したのですが、さらに医薬品の研究を突き詰めるのはわれわれでは一定の限界があることから、この事業自体を他社との合弁会社に移管させていただきました。他の分野もそれぞれ個別のプロセスに基づきスピンアウトを行いましたが、逆にグループ内に収めた方がより多くのことにチャレンジできるという分野もあります。現在は、当該の分野が将来にわたって当社グループの強みを生かせるだろうか、という点が一つの判断材料になっていると言えるでしょう。
危機時に実感する国家貿易の重要性
末松 昔は国内産小麦なども品質が今ひとつでしたが、最近はいかがですか。
瀧原 主要産地の北海道を中心に、品質の安定性が見られるようになりました。もともと国内産小麦は品質の高低よりも品質そのもののブレが大きいことが問題で、天候不順の年などは極端に品質が劣化した年もあり、しかも小麦には、品質の劣った一粒が他の多くの粒にも影響するという特長があります。ただ近年はそうしたブレもだいぶ抑制されてきました。
それでも、米国、カナダ、オーストラリアでは品質の良い小麦を買い取る方式であるのに比べ、国内産小麦は全量買い取る仕組みになっていることから、輸入小麦に比べるとやはり一定の品質のブレは避けがたいところです。とはいえ当社は北海道から九州まで国内あまねく小麦を仕入れており、また前述の通り異なる産地の小麦をブレンドする技術を有していますので、引き続き安定的に高品質な小麦の供給を目指していきたいと思います。
また2020年秋にはJA全農様と業務提携を結びました。これにより国内産小麦のさらなる安定供給と需要拡大を図っていきたいと考えています。
末松 近年ではお米の製粉にも力を入れておられるとか?
瀧原 はい、小麦粉の代替ではなく、品ぞろえの強化という観点から米粉そのものの新しい市場を開拓していきたいと。実は、米粉は小麦の製粉とは全く製造工程が異なります。そういう意味でわれわれには米粉を作るノウハウがありません。これまでは外部に製造委託していたのですが、先ごろ米粉の製粉ノウハウを有した熊本製粉を買収し、今後はこの技術を活用して米粉の需要拡大にもつなげていきたいと思います。
末松 食品の安定供給は国民生活の基本です。その役割を担われている御社として、国に対してご意見、ご提言などありましたら。
瀧原 私個人としましても入社以来、農林水産省は言わば〝第二の故郷〟とも言うべき存在ですが、今般のコロナ禍やウクライナ問題などの危機が発生した時には、国家貿易というものが非常にありがたい存在であると実感いたします。国もしくは官民連携で国家貿易に取り組むことで、米国やオーストラリアなどとは非常に強固な調達関係を構築できています。現下のような不透明な状況が生じた時こそ、国家貿易の有用性を経済界はもっと発信すべきだと思います。
末松 瀧原社長のご指摘、誠にもっともですね。安定供給の動向は国の食料安全保障にも関わりますので。
瀧原 その上でわれわれが課題だと感じているのは、小麦の価格についてです。直近では3回連続で、小麦の価格は改定の度に上昇していましたが、22年10月には政府の特例措置により価格が据え置きになりました。
そうすると過去1年間の価格動向が反映される本年4月の価格については、このままいけばおそらく10~15%の値上げになると想定しています。一方で年末からの円安緩和傾向の影響等もあり直近の国際相場ではそこまでは上がらないというのが実態です。つまり4月の価格改定の段階で、国際相場と大きく乖離する可能性が考えられます。冒頭お話しましたが、さまざまな努力によって内外価格差を約1・3倍程度まで縮めたものの、瞬間的とはいえ4月の段階で広がるのは国内における競争力の低下という意味で好ましくありません。また、小麦粉や小麦関連製品は小麦だけがコストではなく、電力コスト、物流費、副原料などさまざまなコストが上がっています。そのため、小麦価格だけを据え置くことでこれらのコストを価格に転嫁しにくい面もあります。従って本年4月さらには10月の価格改定の折にはルール通りの改定をお願いしたい、これが当社の強い思いです。仮にルールから外れるケースが生じるようであれば、なるべくルールに近い運用とすることが重要で、そうでなければ合理的にルールの見直しを図ることが重要ではないでしょうか。
末松 制度を作った趣旨に沿ってできるだけ対応していくことが大切ですね。本日はありがとうございました。
私は日ごろから実感しているのですが、食品業界ではほぼ通年で工場なども操業し小売りの店頭には常に食料品が並ぶ、その途切れること無い供給への努力には本当に頭が下がります。ましてコロナ禍であればなおさらです。文中でも瀧原社長とやり取りしたのですが、マスクが品切れになる以上に、小麦粉をはじめ食品の供給途絶を招くことはあってはなりません。この点、日清製粉さんの対応は安定供給を第一とする食品企業のあるべき姿を示した良い例だと思います。
また、企業における環境対応の重要性は既に不可逆で、この傾向がますます強まるのは間違いない未来ですから、そこにどう対応していくか、各社とも試行錯誤をしていると思われます。その中で日清製粉さんは、中期経営計画2026 において思い切った環境課題中長期目標を掲げておられます。今後の取り組み内容
を注視したいと思います。
(月刊『時評』2023年2月号掲載)
すえまつ・ひろゆき 昭和34年5月28日生まれ、埼玉県出身。東京大学法学部卒業。58年農林水産省入省、平成21年大臣官房政策課長、22年林野庁林政部長、23年筑波大学客員教授、26年関東農政局長、神戸大学客員教授、27年農村振興局長、28年経済産業省産業技術環境局長、30年農林水産事務次官。現在、東京農業大学教授、三井住友海上火災保険株式会社顧問、等。