国民の大事な水がめであると同時に発電機能への期待が高まり、さらに近年は地元の観光資源にもなりつつあるダム。日本ダム協会は、ダムの役割が多様化する中で日々、ダムの施工技術の向上、広報・啓発、人材育成に取り組んでいる。宮本洋一会長が語るダムの将来像は、地球環境の変動や防災対策も含めた総合的な展望に基づくものだ。
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治水、利水、エネルギー源として
森信 ダムと聞きますと、一般には治水や発電といった役割が想定されますが、そうした理解で良いでしょうか。
宮本 そうですね、大きく分けて治水と利水、そして日本の場合は高度経済成長期を下支えした発電ダムのように、エネルギー源としての役割が非常に大きいと考えられます。近年は、それらの機能を兼備した多目的ダムの比率が高まってきています。
森信 それぞれの役割について、現在の状況を教えてください。
宮本 まず治水ですが、梅雨時の大雨や集中豪雨、また台風の大雨による洪水時に防災・減災の働きをすることで、国民の生命財産を守り、経済活動の基盤を支えるという役割があります。昨年の台風19号の際には、試験湛水中の群馬県・八ッ場ダムをはじめとした利根川上流ダム群が合計で約1・45億立法メートルの雨水を貯留し、危険な状態にあった利根川の八斗島地点での水位を約1メートル低下させるという、大きな治水効果を上げました。もし貯留が機能せず、下流で水位が1メートル上昇していたら、中・下流域でかなり大きな被害が発生していたかもしれません。下流で水位が1メートル上がると、支流からの水が流れ込まないバックウォーター現象が生じて氾濫する危険性も高まりますので。
森信 豪雨による災害が頻発する昨今、安全・安心を守るためには治水が重要であるということですね。
宮本 古今東西、為政者に欠くべからざる条件の一つは、水をいかに制御するかということでした。人々の暮らしを守る上で水をどう治めるかが極めて重要であると、歴史的にも認識されてきたのです。しかも山間部が多い日本の河川は急峻で、世界の著名な大河と比べても勾配がきつく、日本一長い信濃川でも大雨が降ると下流域で氾濫が起こってしまいます。
2017年には国土交通省により、今後のダム事業について「ダム再生ビジョン」が策定され、既設ダムを有効活用する方向が示されました。自然災害から国民の生命と暮らしを守り、経済活動の確固たる基盤を維持するため、防災・減災の観点に立ったダムの整備・再生が極めて重要となっています。
揚水発電機能をより整備すべき
森信 利水についてはいかがですか。
宮本 全国各地の水道事業をはじめ、農業用水、工業用水の安定供給など、水資源を確保し、社会に安心安全をもたら
すものとして、ダムの有用性は明らかとなっています。
首都圏は、東京オリンピックが開催された1964年に〝東京砂漠〟といわれるほどの大渇水に見舞われました。激増する首都圏の人口を支えるため、新たな水源を利根川に求めることになりました。利根川上流にダムを造って水を貯え、武蔵水路の開削により利根川の水を東京や埼玉へ運ぶようにしたことで、渇水による市民への深刻な影響は格段に少なくなりました。以来約60年、再び東京オリンピックの開催を控えた今、ダムをめぐる環境の変化に対応し、渇水への備えを充実させていくことが重要だと認識しています。
先ほど日本の河川は急峻と申しましたが、大雨が降ると貯留されず多くの水が海に流出して利用されていません。一方、世界では慢性的な水不足に悩まれている国が数多くあり、こうした現状を鑑みても、私は、わが国は水をもっと有効に活用する必要があると思います。
森信 逆に、ダムに水を貯めたままにしておくことで生じるデメリットなどは。
宮本 日本では古来、山地や森林から河川に染み出た養分が海に流れ出して、海産物を育成するという大きな自然の循
環がありました。しかし、ダムに水を貯めたままにしておくと、それら山からの養分がダムに滞留し、海に流れず貧栄養化するという問題が指摘されています。下流の河川漁業者の生活にも影響しますので、やはり一定の水量は放流し、その他の水は備蓄するというバランスの取れた水体系を構築することが重要です。
森信 昨年の台風19号襲来時、ダムから水を放流するにあたって下流の住民や農家の間で賛否や利害が対立したとの報道がありましたが、放流はやはり難しい判断が必要なのでしょうか。
宮本 確かに、豪雨時などに緊急放流を行うと下流域に膨大な水量が流れ、川下が氾濫する可能性が有るのは否定でき
ません。一方で、緊急放流しないでダムに貯めっぱなしにした結果、万一決壊などが起こるとさらに大きな惨事が発生するのは明らかです。従って緊急放流は、基本的に行うことになっていますが、放流のタイミングや放流時の水量について多様なご意見が有るのは事実です。
しかし、やみくもに事前放流すると今度は貯水が不足し、渇水への備えが不安視されることもあるので、国土交通省では、現在、常時必要な貯水量を定めて、早くからある程度放流できるよう調整する方向に向かっています。また、近年は気象情報の精度も向上していますので、これらの情報も鑑みながら適切な事前放流を図る必要があります。