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【森信茂樹・霞が関の核心】 経済産業事務次官 多田 明弘氏

有志国連携とナショナルインタレスト

森信 これら一連のプロジェクトの背景には、サプライチェーンの再構築、フレンド・ショアリングがあるわけですね。

多田 はい、ステップ1~3を並行的に進めていくことが、DXとGXといった課題の同時解決につながっていくものと考えていますが、これに加えて経済安全保障という考え方も尖鋭化しているのが現実であり、半導体が無くなれば自動車が作れなくなる、といった話も含めて対策を講じていかねばなりません。東アジアの緊張が今以上に高まる場合も想定して、米国などでもこれまで特定国・地域への依存度が高かった先端技術について国内回帰を促す動きが高まっていますが、特に半導体については、どの国でもサプライチェーンの全てを備えていくことは不可能と認識していて、有志国連携に基づくサプライチェーンを再構築していこうという動きは相互利益にかなっているのかな、という気がします。

森信 米国は有志国連携を唱える割には、EVをはじめ自国に投資すると税額控除で優遇するIRA法(インフレ抑制法)を作るなど、米国ファーストの姿勢が目立ちます。これについては欧州や韓国がWTO違反である、と言って不満を表明していますが、日本はおとなしいままです。有志国とのフレンドショアとは言いながら、やはり米国には言うべきことを言う、ということも必要ではないでしょうか。

多田 確かに、日本は何時までもお人よしのままでいてはなりません。どの国もそれぞれナショナルインタレストを抱えながら外交や貿易を展開しているので、それは産業政策においても自国の利益、すなわち国民の利益を常に意識して行動すべきです。それ故、正面切ってWTO違反だと声高に指摘するのではなく、有志国連携を唱える以上、日本もその恩典は受けられるはずですよね?という議論を堂々と行うべきだと思います。

森信 その恩典とは具体的にはどのようなことでしょうか。例えばIRAの基準を緩めるとか、でしょうか。

多田 米国とFTA(自由貿易協定)を結んでいる国については何らかのベネフィットがある、というのも恩典の一つです。米韓はFTAを結んでいますが日米間は結んでいない、そういう時韓国の企業だけがベネフィットを受けて日本は受けられない、というような事態をまさか考えているわけではないですよね?といった議論を行い、結果として、先日、例えば蓄電池の支援については、日本もFTA締約国と同等の恩典が受けられることを勝ち取ったところです。

森信 日米間では2+2の議論において、FTAの議論は進んでいないのでしょうか。

多田 2+2の議論と、FTA対象国の議論とは別物です。というのもご案内の通り米国では議会が強いので米国政府もかじ取りが難しそうですが、いずれにしても米国政府も日本を排除したいと思っているわけではありませんし、こちらとしても有志国としての立場から主張すべきは主張していきます。

森信 私の専門である税の話をすれば、欧州ではデジタルサービス税の導入が進んでおり、これはG20で合意されたピラーワン(第一の柱)が実施されれば取りやめるとされています。ピラーワンの合意はなかなか難しそうで、欧州は米国のGAFAMに対してデジタルサービス税を継続すると思います。私は日本でもそうした議論、つまりデジタルサービス税の導入に向けた議論があってよいと思います。米国がIRA法で自国の利益を守ろうとするのであれば、もう少し日本もそれに類した戦略を講じるべきではないかと。ことに昨今、少子化対策その他でさらに財源が求められるご時世ですのでなおさらです。

多田 ご指摘のような点も、しっかり議論していかねばならないと思いますが、日本の産業界も今回のIRA法のような制度ができると、迅速に対応します。

 例えば他国の企業が米国にバッテリーの工場を作ろうとしたら、日本も遅れてはいけないとして政府間のさまざまな議論が固まる前に独自でアクションを起こす、それは日本の産業界の良い点もあろうと思います。

森信 ただそれは、経産省の現在のポリシーでもある、企業の国内回帰への方向性に反することになるのでは。

多田 国内回帰を進めるから海外には投資すべきではないと発想するべきではなく、要はバランスが求められると思います。前述のように日本のGDPが500兆円ほどで低位推移していた時期は、日本企業は海外に投資をして収益を得ていました。

森信 はい、その時は税についても配当で還すときは非課税にしました。

多田 そうしたバランスは今般の国際状況下でより加速されていくと思います。海外市場を獲得するために必要な海外投資を行いながらも経済安全保障の観点からの議論もあり、国内回帰へと見直すべき、ともわれわれは提案しています。相反して海外投資を押しとどめるものではありません。ただ、海外投資と国内回帰の比率や配分を政府が示すものではありませんので、そのバランスを取るのが非常に難しいのは確かです。

「スタートアップ」支援も大胆に


森信 では、スタートアップ育成・促進の取り組み状況についてはいかがでしょう。

多田 私が入省した頃ぐらいから既に「日本ではスタートアップが進まない」、と言われ続けてきました。

森信 開業率はずーっと5%で横ばいのままですからね。

多田 開業率に関して言えば、ベンチャーも飲食店も同じ1社ですので単純に率だけで判断すべきではないと思いますが、実は日本と米国それぞれのスタートアップを比較すると、GAFAMを除けば直近10年間の株式市場のパフォーマンスの推移には、そう大きな差は無いのです。つまり米国は突出したスタートアップの存在が大きく、わが国でも、そうしたスタートアップの登場を可能とするエコシステムの構築が必要なのです。

森信 成長株のスタートアップをGAFAMがどんどん買収しますからね。

多田 はい、米国では投資が投資を呼んでいる部分があるのと、やはり力強く伸びていく企業群が日本のスタートアップ企業の中では少ないかな、という気がします。

森信 その原因や背景については諸説ありますが、やはり複合的な理由によるものでしょうか。

多田 はい、複合要因だと思われます。経産省内でも過去約30年にわたり、ベンチャー育成を目指して担当部署を設置し、「エンジェル税制」(ベンチャー企業へ投資を行った個人投資家に対して税制上の優遇措置を行う制度)を新設するなど取り組みを進めてきましたが、この方策一つですべて解決という特効薬のような手立ては、現実的にはありません。

 そこで今回、政府全体で初めて「スタートアップ育成5カ年計画」という大きな枠組みを打ち出しました。これには経産省だけでなく金融庁、文部科学省などが参画し、関係省庁と強固な連携を取っています。事業規模約1・5兆円の予算を組み、スタートアップの成長過程に合わせて人材・ネットワーク面での支援、事業成長を支える資金供給の拡大、公共調達など多様な事業展開の支援、オープンイノベーションの推進などを図ります。われわれも同計画に沿ってスタートアップへの再投資が促進されるよう「エンジェル税制」の一部改正を行いました。

森信 一度投資で儲けてもなお再投資できて、それも上限20億円の非課税というのは、ずいぶん思い切った改正ですね。

多田 そうですね、従来はおそらく税制改正に持ち込んでも難しい内容だったと思われます。従来的な発想であれば、投資で儲けた人をさらに優遇する必要があるのか、という批判にさらされかねないところでした。

森信 今回はその批判が無かったと。

多田 それほど全体として危機感が高まっているのと、今回の改正は決して高所得者優遇ではなく、可能な人に再投資してもらうことでスタートアップが育成できるし雇用増も期待できる、つまり社会全体のベネフィットが大きいということに対し理解が進んだのだと思います。そういう意味では日本でベンチャー育成システムが足りないと言われていた中で、一つの画期的な方策であると言えるでしょう。

森信 その点、もっと積極的にPRされるべきだと思いますが、いずれにしても再投資を促すことは非常に重要ですね。

多田 ただ、日本の場合これまで問題だったのは、再投資するにおいても国内に向かわず海外を指向するケースが多かったことです。

森信 We b3・0の世界で、日本の暗号資産やNFT(非代替性トークン)などに対応した税制が不備だということでシンガポールに企業が出ていくという姿はその典型ですね。これは税制の扱いが非常に難しい。

多田 税制に加えて会計の問題もありますから悩ましいところです。NFTに代表されるように、社会のシステムや法制度が技術開発のスピードに追い付かない事例が増えてきたように思います。

森信 特に税は国家主権を前提としていますから、NFTのように国境を越えグローバルに展開される場合、どうしても齟齬が生じてしまいます。

多田 租税当局間の深い議論が求められるところですが、いずれにしても最適対応を探るのは難しいテーマです。

森信 仮想空間にメタバース税務署を設置しないと情報収集できない、などという指摘もありますね(笑)。

多田 これからWeb3・0の時代に移行する中で、当然いろいろなリスクがある一方、さまざまな面でのオポチュニティが得られるのも確かです。われわれとしては、ならばリスクを否定することなくオポチュニティをどう引き出していくか、それを部分的にも実験的にも試行してみる、社会的影響が比較的小さい分野や既に先行している分野等においてトライするべきではないかと考えています。やはりリスクを懸念するあまりオポチュニティを失うのは、成長の芽を摘むことになりますから。おそらく、投資家はますます海外に目を向けることになるでしょう。

 個人的には、日本の若い世代が有するポテンシャルは間違いなくすごいと思っていますし、私の世代がともすると欧米に対して萎縮や気後れを覚える部分があっても、若い世代は精神的に世界と伍してコンプレックスを感じることがありません。

森信 今はまさしく、日本の若い世代のエネルギーが世界に向けて解き放たれる直前の状態なのかもしれませんね。

多田 そうするとわれわれの世代が為すべきは、そうした若い世代の潜在的なポテンシャルをどう引き出していくか、ということになるでしょうね。

森信 経産次官自らからそうご指摘されると、次世代にとっても励みになりますね。

 では、次官はどのようなご趣味で週末過ごされておられるのでしょう。

多田 中学から大学までバスケットボールをしてまして、社会人になってからしばらく休んでいたのですが、ここ10年来、中学時代の友人から誘われ、地域のシニアバスケットボールクラブに入って汗を流しています。シニアと言ってもバスケのチームは40代から中には70超の方まで年齢はさまざま、職業を問わず混成ですので、名刺交換無きまま、コートの上で一つのボールを追いかけて汗を流すという体験を共有できることが大きな魅力ですね。これからも、このコミュニティを大切にしたいと思っています。

森信 本日はありがとうございました。

 インタビューの後で

 大変和やかに対談を進めることができたのは、多田次官のお人柄というべきであろう。きわめて明快な言葉で、わかりやすくこれまでの産業政策を語っていただき、背後にある自負と矜持を感じることができた。筆者にとって大変有益で勉強になるインタビューであった。

                                               (月刊『時評』2023年5月号掲載)