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【森信茂樹・霞が関の核心】 経済産業事務次官 多田 明弘氏

賦課金と排出権取引のハイブリッド

森信 私も考え方自体に反対というわけではありません。しかし賦課金というアイデアについては、異論もあります。対策財源はカーボンプライシングで、と言われてきました。カーボンプライシングは排出権取引と炭素税、というのが国際社会の常識です。しかし賦課金というのは、内容がよくわかりません。これからだと思いますが、仮にFIT(再生可能エネルギーの固定価格買取制度)のようなものであれば、その水準は、法律ではなく関係省庁間の話し合いで決まってしまう可能性が高い。一方、炭素税であれば、政府税調、党税調で議論して租税法律主義の下、法律で水準も決まる。欧州諸国も、国際標準ということで受け止めてくれます。それに対して賦課金というのは、欧州からきちんと評価されるのでしょうか。

多田 そのご指摘に対しては、ハイブリッド方式で対応していく、とお答えしています。すなわち、炭素に対する賦課金と、26年度から本格稼働する排出量取引の二つの方策です。排出量取引はマーケットメカニズムに依るので上下するのに対し、賦課金は単位当たりの価格を設定するのでむしろ分かりやすいと思われます。現在のエネルギーに対するコスト増の中で、今後改革を急いでほしい、投資に乗り出してほしいというメッセージとしては、これらの方策は機能すると思いますが、仮にその価格に割高感があると単なるコストアップ要因として受け取られかねません。企業がこれからも国内にとどまるかどうか、という判断に影響する恐れも考えられます。

 そこでわれわれは、ある一定のエネルギー消費にかかるコストが上がっていかないよう、市場で決まっていく排出量取引に関する有償オークションのコストの程度と見合いながら、賦課金の額を決めていかねばならないと考えています。そうなるとFITのように、弾力的に決めていく方が妥当ではないかと。むろんその場合も、決定のプロセスを明確化して恣意的な決定にならないよう気を付けるのは言うまでもありません。こうしたプロセスの方が機動的、かつ国民生活および産業活動に対する影響も最小限に抑えながら投資を前倒しする効果があるのではないか、と想定しています。

森信 他方、欧州では炭素国境調整措置(気候変動対策をとる国が、同対策の不十分な国からの輸入品に対し、水際で炭素量に応じた課金を行うこと)を講じて、不足分を関税で徴収しています。日本の炭素に対する賦課金の主旨が欧州に伝わり、炭素税と同様な形で受容されるのかどうか、この点はいかがでしょうか。

多田 ご指摘の点は大変重要で、われわれとしてもその点をしっかりEU当局に説明していく必要があると認識しています。今回の制度設計を考えるにあたり、グローバルに活動されている企業各位にとっては、EUの国境調整に対して不安を抱く向きも多く、その解消への期待が、今回のハイブリッドな成長志向型カーボンプライシングの導入に対する産業界の方々の理解につながった面もあるとわれわれは認識しています。逆に言えば今後EU当局に対して丁寧に説明しわれわれの制度を認知してもらわないと、産業界の期待を裏切ることになってしまうと気を引き締めています。

森信 これらの制度設計が整うことによってGXという大きなミッションが動き始める、ということですね。産業界もそこそこのコストを払いながらも新機軸で投資を進めることになるので、Win-Winということになればいいですが。

多田 産業界の方々も既にGXの分野で国際的な投資競争が始まっていることは十分認識されていると思います。そうした投資に対し、欧米も中国も積極的な支援をしています。この競争に後れを取るわけにはまいりません。このような状況の中で縷々申し上げた、政府としての制度整備についてご理解いただけたのではないでしょうか。

 4月上旬現在、閣議決定され国会に提出された法案は一部修正の上で既に衆議院を通過し、参議院に審議の場が移っていますが、今回の法案成立の暁にも、炭素に対する賦課金と排出量取引市場の有償オークションに関する具体的設計については、法案の施行から2年以内にもう一度法案を出すこととなっており、その折には制度の詳細を明確化することになります。

森信 今回の段階ではまず、大枠をセットしたということですね。

多田 はい、これによって一定程度、産業界の予見可能性を高めることができたと考えています。

森信 産業界は、炭素税が導入されなくて取りあえずは安堵しているでしょうね。

多田 ご指摘のように一律の炭素税ではありませんが、炭素に着目した賦課金が導入されることは法案に盛り込まれています。これからは賦課金の水準など個別項目に対する議論が詰められていき、そうしたことが2年以内に決まっていく、というわけです。

森信 改めて聞くと、GXへの対応は国際的にも産業界においても、またわれわれ国民自身にとっても大変大きなテーマだと実感します。

多田 ちなみに、国際的に、ということで言えば、今日は時間の制約もあって、詳細をお話できませんが、GXの実現にとって鍵を握る水素やアンモニアの利用促進に当たっては、人口も増え市場も拡大していく、その意味で経済成長の潜在力の高いアジアの国を中心としたグローバルサウスの国々との連携が極めて重要となります。今年、サミットの議長国を務める中、さらには日本とASEANとの間で友好協力50周年を迎える節目の年であることも踏まえて、わが国として、現在、AZEC(アジア・ゼロエミッション共同体)構想を提唱し、先般も閣僚会合を開催したところですが、こういった国際連携をどう戦略的に進めていくか、という点も大きな課題となります。

日米連携を含む半導体戦略

森信 他の主要な柱は、やはりDXでしょうか。

多田 はい。とはいえ単にデジタル化を進めるのでなく、半導体の問題などは経済安全保障の問題にもつながるテーマとなります。

森信 経産省では、かつて隆盛を誇った日本の半導体が凋落した理由を、どのように捉えておりますか。

多田 われわれは、その原因を「日米貿易摩擦によるメモリ敗戦」「設計と製造の水平分離の失敗」「デジタル産業化の遅れ」「日の丸自前主義の陥穽」「国内企業の投資縮小と韓台中の国家企業育成」の5点に集約しています。どの項目も大きな要因ですが、私見としては「設計と製造の水平分離の失敗」「日の丸自前主義の陥穽」が特に影響したと考えています。

森信 1980年代後半を境にシェアが右肩下がりを続ける段階で、その原因を検証できなかったものでしょうか。

多田 グラフの状況は認識しながらも、90年代に入ると不良債権処理に追われて金融全体が委縮したのをはじめ、事業会社サイドもその傾向に倣うなど、社会全体が委縮の方向に向いたことが今日の状況につながったと推定されます。また韓国にしろ台湾にしろ、今シェアを保っている国・地域の企業は政府の支援等の下、巨額の設備投資を投じています。日本では企業各社がその巨額投資を決断できず、政府もサポートしきれませんでした。当時は当時としての社会・経済状況に対応していたのでやむを得ない面がありますが、それが今日の結果を招いてしまったことは大変残念です。

森信 確かに、当時は長銀など金融機関も国内勢は誰もリスクを取らないので、外資のファンドに買われてしまい、また買い戻すようなこともありましたね。

多田 その状況は他の産業分野にも多かれ少なかれ当てはまるのですが、半導体においては彼我の差が開く大きな要因となりました。

森信 その上で現在、北海道・千歳に日の丸半導体工場を建設しようという動きがありますが、これについては。

多田 より正確に申せば、このラピダス(Rapidus)という会社を構成しているのは半導体関連だけではなく、自動車や通信関係など多分野産業による連合体です。つまり、同業種の護送船団的な構造ではありません。また、今のところ同社への出資は国内企業に限定されているものの、海外企業や海外研究機関との共同研究を重視しています。今、日本の半導体は遅れているわけですから、海外と組んでいかないと、それこそかつての自前主義に陥った時同様、なかなか追いつくことはできません。巷間、〝日の丸〟と表現されますが、われわれは日米連携による半導体技術基盤の強化のための共同の取り組みの一つとして位置付けています。

森信 一方、熊本でTSMCを誘致していますが、これはラピダスのプロジェクトとはどのような関係があるのでしょう。

多田 現在、わが国の半導体産業復活の基本戦略として三段階のステップ、すなわち「IoT用半導体生産基盤の緊急強化」「日米連携による次世代半導体技術基盤」「グローバル連携による将来技術基盤」を想定しています。とはいえ、ステップ1~3を順番に踏まえていくつもりはなく、三つのステージについて同時並行的に進めるべきだと捉えています。今回のTSMCのようなプロジェクトはステップ1にあたり、ロジック半導体の技術としては最先端ではないものの、IoT産業を中心に主に国内産業からの足下のニーズに対応するための国内製造基盤をまずしっかりつくることを目的としています。むろん、現状のニーズに即した取り組むのみでは海外との差が開くばかりですから、将来のニーズをある意味先取りする形で並行的にステップ2を進めていく、それを担うのがラピダスとなります。

(資料:経済産業省)
(資料:経済産業省)

多田 また半導体は微細化が進む一方で、電気の流れをコントロールするトランジスタ自体の進化は続いているものの、これも早晩頭打ちになる可能性もあると指摘されており、他方でAIやデータドリブンな経済社会の進化に要する消費電力も膨大になると予想されます。その中で前述したGXも進めねばならないという、相反する状況下に置かれることとなります。そうすると、現在とは全く違う観点からの技術も開発しなければならない、その一つの方策が、ステップ3における「光電融合」です。

森信 それはどのような技術構想ですか。

多田 まさに、光と電子を融合する技術です。単純化して言えば、電気のオン/オフ切替えで実行しているプロセス、これを光に置き換える技術ということになりますが、これを確立できれば、電気を使う時の電力損失(エネルギー損失)を限りなくゼロに近づけることができることになります。これは世界でも
NTTさんがリードしている分野で、非常に期待が高まっています。

森信 これは、外資の参入は無いのでしょうか。

多田 最後まで自社で貫徹するかどうかはまだ分かりませんが、米国でもIBMやインテルなども研究に着手しているので、有志国との連携は視野に入ってくる可能性はあります。