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量子の視点から、持続可能な未来社会の実現を図る/量子科学技術研究開発機構理事長 小安重夫氏

探訪/国立研究開発法人

こやす しげお/1955年生まれ。1978年東京大学理学部生物化学科卒業、理学博士。(財)東京都臨床医学総合研究所研究員、ハーバード医科大学ダナファーバーがん研究所病理学助教授、慶應義塾大学医学部教授、理化学研究所統合生命医科学研究センター長を経て、2015年より2023年3月まで理化学研究所理事。2023年4月より現職。慶應義塾大学名誉教授。日本免疫学会理事長、国際免疫学会連合(IUIS)理事、アジア・オセアニア免疫学会連合(FIMSA)会長など歴任。
こやす しげお/1955年生まれ。1978年東京大学理学部生物化学科卒業、理学博士。(財)東京都臨床医学総合研究所研究員、ハーバード医科大学ダナファーバーがん研究所病理学助教授、慶應義塾大学医学部教授、理化学研究所統合生命医科学研究センター長を経て、2015年より2023年3月まで理化学研究所理事。2023年4月より現職。慶應義塾大学名誉教授。日本免疫学会理事長、国際免疫学会連合(IUIS)理事、アジア・オセアニア免疫学会連合(FIMSA)会長など歴任。

 万物を量子の視点から捉え、多様な科学技術分野の研究開発を進める量子科学技術研究開発機構(QST)。核融合から医療・医学、レーザー科学に至るまで、その領域は文字通り“森羅万象”だ。先端技術の開発に対しては、日本国民はもとより人類・社会への貢献という点で、国際的にも高い期待が寄せられている。今回、小安理事長からは大局的な見地から、研究の最新動向と将来を見据えた課題について解説してもらった。

推進の中核を成す主要4分野

――まずは、QSTのあらましと沿革について、ご紹介をいただけましたら。

小安 母体である科学技術庁放射線医学総合研究所は1954年の第五福竜丸事故発生を受けて57年に、特殊法人日本原子力研究所、後の日本原子力研究開発機構(JAEA)は56年に発足するなど、それぞれ長い歴史を有します。その後2016年4月1日、放射線医学総合研究所と、JAEAの核融合、放射線やレーザーの研究グループ等を統合し、現在のQSTが発足しました。核融合や放射線医学はそれぞれ異なる研究分野のように思われるかもしれませんが、全て量子の視点で説明できる現象を対象としている研究であり、発足時に量子科学を冠して新たなスタートを切ったのだと思います。ただその当時は、現在のようにこれほど量子科学技術の重要性が高まるとはさすがに想定していなかったと思われますから、量子技術の将来性を見通した当時の先見性には大変感服しています。実際に現在QSTでは、量子科学技術を軸として非常に幅広い分野を対象としており、研究開発を通じて人類が直面している社会課題の解決を目指しています。

――では数ある研究対象の中で、どのような分野を主要な研究対象としているのでしょう。

小安 現在、第2期中長期計画において、QSTが誇る世界最先端の科学技術研究基盤に立脚した持続可能な環境・エネルギーの実現、すなわち〝フュージョンエネルギー〟の開発等を目指す「量子エネルギー」、世界最先端かつ高品位な量子ビームの開発高度化および供用を図る「量子ビーム」、次世代の医療技術による健康長寿社会の実現に資する「量子医学・医療」、量子技術の基盤となる研究開発を通じたイノベーションの創出を担う「量子技術イノベーション」の4分野を中心として研究を推進しています。

 今では組織、分野の枠を超えて連携を図り、一つの研究開発を推進する上で他分野の技術も積極的に活用しています。例えば「量子医学、医療」分野で取り組んでいる重粒子線を使ったがん治療研究では、シンクロトロン等の円形加速器の中で重粒子を回転・加速して量子ビームを生み出し患者さんに照射するのですが、この加速器が非常に大きいため小型化が課題でした。高崎研究所や関西研究所で培われてきた世界に誇るレーザー加速技術や、核融合研究で使用する超電導磁石等を組み合わせることで加速器自体を小さくすることに成功し、現在では、多くの病院で整備可能なサイズを目指した研究開発を進めております。また、加速器の小型化技術は、仙台に設置した3GeV高輝度放射光施設Nano Terasuの加速器にも応用され、高性能な放射光の安定的な提供を実現、今年度より本格運用を開始しました。

――統合の効果が十全に発揮されている、というわけですね。

小安 私は現職に就任した2023年度前半に、全国7カ所の全ての拠点を訪問し、研究現場の視察と職員との意見交換を行いました。その中で、QSTの最大の魅力が「量子科学技術研究を柱に、エネルギー開発から医学・医療研究まで幅広い研究開発を推進し、それに必要な量子ビーム施設、フュージョンエネルギー施設、研究病院など多彩な大型研究開発基盤施設を有する」ことにあると強く認識しました。大学等で個別に整備することが難しい大型研究基盤施設や装置を有しており、QST内での研究開発のみならず大学や他機関にも広く利用されています。前述の重粒子線治療に用いられている第一世代の加速器も、医療関係者だけでなく国内外の物理学者からも常に非常に高い評価を受けており、最先端の研究に活用されています。その高い装置稼働の安定性を見込んで、例えば米国航空宇宙局(NASA)からも研究者が訪れています。

 このように、世界最高水準の研究基盤を自ら開発し、維持し、高度化して、外部の研究者等に広く使ってもらい多様な成果につなげていく、これがQSTのミッションであると改めて認識するとともに、国立研究開発法人に求められる「研究成果の最大化」に多大な貢献をしていることを実感しています。QSTはいわばヘルムホルツ型の研究機関だと思います。このQSTの意義と役割について職員にも伝える努力をしています。

(資料:量子科学技術研究開発機構)
(資料:量子科学技術研究開発機構)

量子という言葉で万物を理解

――量子と一口に言っても非常に幅広いことがよくわかりました。

小安 森羅万象は全て量子で成り立っているという意味で、あらゆる科学は量子という一語に収斂可能であるのは間違いありません。ただ最先端の科学技術を顧みたとき、〝量子力学に基づく〟という表現が公式見解です。量子力学の進展によって、以前はわからなかった科学的事実が明らかになっているのも確かです。従って量子科学の要諦は、量子という言葉で万物を理解し、新しい側面を追求する、ということになるでしょう。

 その最たる例が、本部のある千葉地区で展開中の量子生命科学の分野です。

――非常に興味深い分野ですね。

小安 私自身若き日に、分子生物学が研究分野として勃興し始めのときに同分野に触れ、これを突き詰めれば、生命とは何か、その根源が明らかになるのでは、と大きな期待を抱きました。しかしながら、今なお、自分たちで生命をつくれるかというとまだその域にまでは到っていないのも現実です。ならば、量子という視点により、全く新しい解明に繋がるのではないかという期待をもっています。

 量子と生命という関係性の中で、例としてよく挙げられるのが光合成と、渡り鳥の磁気受容です。

――渡り鳥の磁気受容と言いますと?

小安 渡り鳥はなぜ、目指すべき方角がわかるのか、という疑問への回答です。渡り鳥の脳内に存在する量子性を有しているタンパク質が微弱な磁気を感知し、方角を探知するという仕組みが解明されてきています。ヒトについて考えてみれば、生態機能を担っている酵素反応は常に37℃、1気圧の状態で起こります。常温常圧で全ての反応が起きているということは化学の見地からとてもすごいことです。それを可能にする構造的、システム的な特性を、量子の視点で説明することができるのであれば、新たな検出、分析方法を開発することにより新たな現象の解明も可能になると期待しています。将来は、生命を創造するという命題への解決に到るかもしれません。

 QST初代理事長の平野俊夫先生は早くから量子生命科学の重要性に着目し、量子生命科学研究所を設立、以後、国内外から多くの研究者が訪れています。生命の根源を追求したいという探求心から発していますが、その研究過程で明らかになった技術はおそらく、医療を中心とした他分野に応用されていくでしょう。重粒子線治療や認知症の理解促進はその端的な例です。

――政府の量子科学イノベーション戦略の具現化に向けて、QSTの役割はどのように。

小安 国の量子科学に関わる戦略である「量子技術イノベーション戦略」、「量子未来社会ビジョン」、そして「量子未来産業創出戦略」に基づき、QSTに量子生命と量子技術基盤の両拠点が設置され、強力に研究開発を推進しています。