2022/06/08
末松 酒井社長がご就任されてから、このように地域全体の振興に目を向けるよう意識改革していくまで、ご苦労もあったように思われますが。
酒井 財務的に厳しく、新たな事業にリソースを割くのが難しい状況が続いてきましたから、こうした地域振興への志向はありましたが、なかなか具体的に踏み出し難かったのは確かです。
ただ3ルートが開通した当時、四国の人口は4県計約420万人だったのですが、2020(令和2)年の国勢調査によると369万人に減少、国の予測によると20年後の40年段階では約300万人台になるとも推定されています。つまり、世界に冠たる長大橋を今後200年以上保持するという遠い未来を展望していますが、200年どころか100年しないうちに利用する人口が激減してしまう恐れがあります。ですので、維持管理は遠い未来を目指してしっかり行うとしても、一方で通行いただくお客さまを増やすための地域活性化の取り組みを事業の一部に組み込まないと、結局は何のための長大橋の維持管理なのか問われることになってしまいます。
末松 単純に、人口減と同じ比率で交通量も減っているのでしょうか。
酒井 逆に過去10年間に限っては、モータリゼーションの進展により物流も活発化し、交通量は年間1~2%ずつ増えてきました。それ故にむしろ将来予測を楽観する向きが社内にありました。このため私は、この数字に甘んじてはいけない、手をこまねいていては近々頭打ちになると警告を発しています。そうならないように、地域住民の皆さまだけでなく遠方の観光客にも来てもらうことが大事なのだ、と。観光をはじめとして地域経済が活性化すれば、人口減の速度も当初予測より緩やかになるかもしれません。
末松 この点こそ、長大橋がつなぐ自治体同士の連携が重要ですね。
酒井 はい、自転車・歩行者道が併設されていることから、今や国内では〝サイクリストの聖地〟とまで言われるしまなみ海道は、愛媛県と広島県が大変頑張られて、サイクリングの世界でも有名なルートとなりました。2年に1回、両県および今治市、尾道市の共催でしまなみ海道を舞台に国際サイクリング大会が開かれるのですが、その時は当日の午前中、車両を通行止めして自転車で高速道路を走れるようになっています。2018年開催では、抽選等で約7200人の方が参加されましたが、約1割の方が海外26カ国からのサイクリストであるなど、これも国際的に人気を博しています。
末松 サイクリングなどは適度に密を避けられてスポーツとしての効果もあるなど、アフター・コロナにうってつけの観光資源でしょうね。
酒井 それ故、今後はアフター・コロナを見据え、瀬戸内地域全体に存する多数のサイクリングロードをネットワーク化して、サイクリングで自由に周遊できるようにするとともに、共通したマナー啓発の呼びかけなど、安全利用も含めた受け入れ体制を整えるなどの統一的な動きを図ろうとしています。また最近は電動アシスト付き自転車が増えてきているため、本格的なサイクリストだけではなく幅広い層に、短い区間でもサイクリングを楽しんでもらえる機会が増えるものと考えています。しまなみ海道沿線の島々では各種多様な宿泊施設やグランピング施設も増えてきましたし、新しいビジネスを興すことを目指して都市圏からUターン、Iターンする若い人もいらっしゃいます。
末松 瀬戸内エリアの他の観光地との連携はいかがでしょうか。
酒井 瀬戸内海は日本最初の国立公園の一つとして1934(昭和9)年に指定されました。瀬戸内海は数多くの観光資源が広いエリアに点在していますので、それらをつないで周遊するツアーを企画できないか、県・市の観光局やDMO(観光地域づくり法人)、有識者、旅行業者さんらと連携し、2019(令和元)年から3ルートそれぞれにワークショップを設立し、そこで広域周遊のモデルルートの企画などに取り組んでいます。明石海峡大橋であれば橋のタワーに登るインフラツアーと併せ、淡路島の漁港で漁船に乗って地引網引き上げ体験を食事とセットで企画する、というプランです。このような多様なプランを数多く提供することで、地域活性化の起爆剤になれば、と期待しています。
酒井 また、香川大学と共に、高齢化・人口減が進む島々を船で訪れ、住民の方々から食事のおもてなしを受けたり、地域の歴史、文化、自然を体験するなど、ふれあいを重視した観光スタイルの〝島旅(しまたび)〟による地域の活性化に向けた取り組みを進めています。
末松 それにしても、行政機関やアカデミア、他業種と組んでツアーを計画するなどは、これまで無かった発想では?
酒井 はい、われわれ本四高速として、個別に募集して橋頂体験などのインフラツアーを実施することはあっても、旅行会社さんと相談して遠方からの観光客を呼び込む、という方式に着手したのは比較的新しい取り組みです。ですが、現在むしろこの連携による活性化事業の方が中心になりつつあります。それこそ、なぜ橋の会社が船の会社と組んで島に行かねばならないのか(笑)という声もありましたが、橋や道路の開通によってどこかが活性化したらその相反で船舶など他のどこかが停滞する、ということは望ましくありません。インフラの整備により地域全体が等しく活性化しなければならない、という発想がこれからは求められるのだと思います。
本州四国連絡橋公団は国の出資が3分の2、残る3分の1を沿岸の府県市を中心に出資していただいていたのに加え、橋の供用直後には料金収入が少なく債務の利子さえ払えない時代もあったのですが、その時にも各府県市から出資していただくなど、橋の利活用と各自治体との関係は切っても切れない強固な縁があるのです。そうした経緯がある以上、われわれとしても何としても各自治体とともに地域を盛り上げていきたいと強く感じています。
末松 冒頭でお話しいただいた、インフラの運営・維持管理という本来の事業に加えて、今お話しいただいた地域活性化に資するさまざまな展開を為されていることがよく分かりました。
酒井 ハードだけでなく、ソフトもつなげて皆でハッピーになりたい、これが目指すところです。
後続へのフロントランナーとして
末松 橋が本州と四国をつないだことによって、それまでできなかった新たな人流や物流などをどう伸ばすか。四国から京阪神へ行くのに便利になった、という片側の視点ではなく京阪神から四国にも来やすくなった、その双方向の流れがポイントになるわけですね。以前の宇高連絡船の時代から比べると格段に利便性、安全性とも向上したわけですから。
酒井 3ルート最後の供用となったしまなみ海道の開通からでも四半世紀という現在、若い世代にとっては、橋は有って当然、の存在なのです。それ故に通行だけにとどめてはいけない、巨大インフラが有する潜在力をもっと発揮しなければその存在意義が認識されなくなりつつあります。
昨年5月に策定された第5次社会資本整備計画で初めて〝インフラ経営〟の概念が打ち出されました。前述したように地域経済の厳しい現状、人口減、財政のひっ迫という地方が総じて抱える背景の中、各々建設したインフラの潜在的な魅力をどう引き出し、最大限活用して活性化につなげていく、というのがその眼目です。私は計画を一読して、まさに〝わが意を得たり〟という思いでした。まだ新規の建設計画のある他の高速道路会社さんに比べて主要インフラの建設を終えたわれわれにとっては、まさしく〝インフラ経営〟通り、この長大橋という資産を最大限活用する時代に入ったのです。
分野を問わず日本のあらゆるインフラは、遠からず建設から運営・維持管理へと移行していきます。つまり多くの事業主体が〝インフラ経営〟に取り組まざるを得ない時代になっていく。ならばわれわれは、そのフロントランナーとして先行事例になるのだ、と私は強く認識した次第です。
末松 確かに、御社の取り組みによって運営・維持管理事業者と周辺地域がともに活性化していくならば、その〝インフラ経営〟手法を他の事業主体も参照とすることでしょう。
酒井 とはいえ、われわれもまだトライ&エラーの只中です。仮に企画や構想が滞ることがあっても、社内はもちろん、地域で関わるプレイヤー皆があきらめることなく常に前進させていかねばなりません。3ルートの供用を開始した時でさえ、1ルートでも膨大なコストがかかるのに本当に3ルートも必要なのかと懐疑的に捉えられる向きもあり、その上経営的に厳しい時期もあったとなれば、インフラとしての存在意義が問われかねないところです。だからこそ、新しいことにチャレンジし、インフラを最大限活用して地域の活性化につなげ、存在意義を確立させていく必要があります。
社長に就任直後、デンマークにある世界第3位のグレートベルト橋を管理するストアベルト社と技術協力協定を結び、先方の会長が弊社を訪問する機会がありました。私が「供用から20年が過ぎ沿線人口も減少している」旨を話したところ、「デンマークの人口はもっと少ない、しかしまだまだつなげていかねばならない」と意気軒高に語っていたことが強く印象に残りました。あちらはEUとつながっているためわれわれとは条件が異なりますが、それでも将来に向けて維持管理のみに焦点を当てた考え方のみで良いのか、と自問したことも確かです。
末松 本日はありがとうございました。
(文中の図、写真の提供は本州四国連絡高速道路株式会社)
酒井社長からは特色あるSA・PA、目的地として訪れたくなるSA・PAを目指す旨のお話がありました。以前は各SAとも質の均一化を重視し、全国一律のサービス提供を図っていた時代もあったかと思われますが、現在はいかに地元の特色を打ち出すかが問われ、SA・PAは高速道路における観光と地域産物販売の拠点に生まれ変わりつあるようです。
対談中、しまなみ海道に関するお話に一定の時間を割きました。酒井社長のご解説によると、同エリアがサイクリストの聖地となったことで、多くの関連事業の需要が発生し、若者が新しいビジネスにチャレンジしているとのこと、インフラとしての橋や道路ではなく観光資源として活用している典型的な先行事例ではないでしょうか。
さらに酒井社長は繰り返し、重層的な意味で〝架け橋〟となることの重要性を指摘されました。その思いが利用者だけでなく他の事業者、さらには国民全般にまで周知・認識されることは非常に大きな意義があります。経営上の制約がある中で、単純に通行料を上げるだけではない、他にどのような手段を駆使すれば自社はもちろん、利用者も、さらには地域も全てハッピーになるのか、その方策を探るご努力が強く感じられます。三つの橋が架かって本土と四国がつながった、というハード面の効果だけでなく、ソフト面での新たな価値を生み出す一部として存在意義を高めること、そこに尽力されることはまさに〝インフラ経営〟の先陣を切るものだと言って過言ではないと思います。
(月刊『時評』2022年4月号掲載)
すえまつ・ひろゆき 昭和34年5月28日生まれ、埼玉県出身。東京大学法学部卒業。58年農林水産省入省、平成21年大臣官房政策課長、22年林野庁林政部長、23年筑波大学客員教授、26年関東農政局長、神戸大学客員教授、27年農村振興局長、28年経済産業省産業技術環境局長、30年農林水産事務次官。現在、東京農業大学教授、三井住友海上火災保険株式会社顧問、等。