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循環経済を国家戦略に/環境省 角倉一郎氏

環境省循環経済政策最前線

すみくら いちろう/石川県出身。東京大学法学部卒業、政策研究大学院大学博士課程修了、博士(政治・政策研究)。平成3年環境庁入庁、29年環境省地球環境局総務課長、令和元年大臣官房会計課長、2年秘書課長、3年内閣官房気候変動対策推進室参事官、環境省大臣官房政策立案総括審議官等、5年7月より現職。
すみくら いちろう/石川県出身。東京大学法学部卒業、政策研究大学院大学博士課程修了、博士(政治・政策研究)。平成3年環境庁入庁、29年環境省地球環境局総務課長、令和元年大臣官房会計課長、2年秘書課長、3年内閣官房気候変動対策推進室参事官、環境省大臣官房政策立案総括審議官等、5年7月より現職。

 国際的な循環型社会への移行が進む中、これを経済政策の観点から照射し、日本として“循環経済”の概念を確立する機運が急速に高まっている。リサイクルの枠にとどまらず、廃棄物から資源を再利用して付加価値を高めるというサイクルを構築し、世界の潮流に伍していくことが求められる。それには所管省庁の域を超え、循環経済を国家戦略として位置付け、総合的な推進を図る必要がる。角倉一郎次長から、表題の意義と必要性を詳細に解説してもらった。

                      環境再生・資源循環局次長 角倉一郎氏

所掌官庁による個別対応の終焉

 〝循環経済〟という言葉は2015年ごろから主にEUより発せられ、今では広く使われるようになった感があります。日本ではこの分野に関し、以前から3R(リデュース、リユース、リサイクル)の理念が確立され、2003年には循環型社会形成推進基本計画が策定されるなど、〝循環型社会〟という言葉を主に使ってきました。つまり循環経済とは、日本が従来進めてきた循環型社会に、経済・産業政策の側面から光を当てて捉えた概念であり、より詳しく言えば廃棄物を資源として捉え、循環させることによって付加価値を生み出し経済成長につなげていく、国を発展させる方向へ役立てる、という思想に基づいて発生した言葉であると言えるでしょう。これまではある意味、環境問題は独立した事象として認識されていたものの、例えば廃棄物・リサイクル分野にも産業政策や経済安全保障の側面を新たに投影して、環境面だけでなく経済・社会をより豊かにしていく方途を探っていく、これが循環経済の要諦であろうと受け止めています。

 今般、その循環経済を国家戦略に位置付けようとしている理由は、循環経済への移行はもはや環境省のみが取り組むべきではなく、もちろん他省庁が個別に担当するべき構想でもない、つまり所掌の観点で取り組むような時代は終わっている、という意識があるからです。すなわち国家戦略として各省の政策をどう統合して進めていくのが最善なのか、こういう観点で議論すべき時代になったのです。

 この点EUなどでは循環経済への移行を戦略的に進めており、環境保全はもちろん、いかにEU全体の経済成長・産業戦略につなげていくのか等を統合的に考えながら国際社会への理念浸透を図っています。ならば日本も早くそのステージ、つまり同じ土俵に立って伍していかねばなりません。これがわれわれとしての、強い危機意識となっています。

 さらに、国家戦略としての循環経済への移行は、大きく「環境制約」「資源制約」「成長機会」「地方創生」の重要課題への解決策となります。例えば「環境制約」であれば、温室効果ガス排出量の約36%は資源循環が排出削減に貢献できる余地がある分野です。「資源制約」であれば、海外から製品の一部として入ってくる資源を有効活用し日本のモノづくりに役立てつつ経済安全保障に貢献する、等々の課題解決へつながることが考えられます。例えば、日本への輸入製品に含まれるリチウムは、そのほとんどが海外輸出されるか廃棄されており、再利用がなかなか進んでいないとも言われています。それ故に国内循環サイクルを確立させれば、モノづくりにも経済安全保障にも大きく貢献すると考えられます。「成長機会」に関しては、世界的には各メーカーが再生材を積極的に活用し、それを自社の付加価値とする潮流が大きなうねりとなっています。日本でそれを可能とするには、国内再生材を使った部品・製品を供給できる資源循環の体制が必要です。「地方創生」においては、日本全国から排出される廃棄物を資源と捉えれば、全国から資源が産出されるということになるので、高いリサイクル技術等を有した地元の廃棄物・リサイクル業の活性化、それがひいては地域経済の活力につながるものと考えています。

 このように循環経済の移行をひもとくと、多方面へ裾野広くプラスの効果を波及することがご理解いただけると思います。この点こそ、個別所掌を抱える各省が戦略的に連携・統合することで、相乗的な効果を発揮するものと期待される所以なのです。

循環経済の重要性と相次ぐEUをはじめとする世界各国の戦略的取り組み

 では、個別の重要テーマと循環経済の関わりについて検証したいと思います。

 カーボンニュートラル(CN)の実現に向けて資源循環の加速化は不可欠、これは間違いありません。ただ、従来のCNは省エネ+再エネ+CCUS(分離・貯留した二酸化酸素の活用)という図式が主流でしたが、これにサーキュラーエコノミー(CE)を加えた図式へシフトすることが望ましいと捉えています。前述のようにアルミニウムやプラスチックを3Rして資源循環を進めると、日本の温室効果ガス排出量の約36%という少なくない割合の分野で削減できる余地があると見込まれる一方、バージン材を使用すると製造・精錬過程で相当のCO2が排出されるため、資源循環を進めない限り排出削減には限界があります。

 他方、循環経済は今後も大きな経済効果を生む可能性のある、成長が期待される分野です。世界全体では2030年に市場規模4・5兆ドルとも推定され、これに連動して政府は日本の循環経済関連ビジネス市場規模を、直近60兆円から2030年に80兆円以上とする目標を設定しています。また民間シンクタンクの試算によると、例えば焼却しているプラスチックのうち500万トンをプラ原料として利用するとナフサ1200万トンに相当する5500億円、最終処分として焼却される繊維のうち30万トンを繊維原料として利用すると衣服15万トンにあたる約4000億円の輸入減につながるという、付加価値還流が生じます。

 実際に多国籍企業では、資源循環・再生材利用を積極的に進める動きが活発化しているだけでなく、各国において資源循環に向けた戦略的取り組みを展開しています。EUでは2023年7月、新たなELV規則案こと自動車設計の循環性要件および廃自動車管理に関する規則案と、バッテリー規則が公表されました。前者は新車製造にプラスチック再生材25%(うち4分の1は廃車由来)の適用を義務化する内容です。31年から施行される想定であり、日本からの新車もこの要件を満たしていないとEU市場に入っていけません。同規則はさらに鉄鋼、アルミニウム、レアアース等へリサイクル義務対象が拡大されると見込まれます。後者は廃棄された携帯型バッテリーの回収率や原材料の再資源化率を示す内容となっており、この規則をクリアできない製品はやはりEU市場に入れません。輸出だけでなく、設計・製造共通化や一括購買等により、再生材使用は欧州向け以外の自動車も含めてサプライチェーン全体での対応が不可避となるなど、日本へのインパクトは極めて大きなものとなります。

 つまりこれらの規則は環境保全であると同時に、EU圏内の産業政策の一環と捉えることも可能かと思われます。環境保全に向けた高いハードルを掲げることでEU内の産業育成を促進するという、環境保全と競争力強化の一体化を図る戦略です。当然、日本としてもこれをクリアできないとEU市場に参入できなくなります。

 また希少金属や鉱物資源の資源循環についても、各国の戦略的取り組みが熾烈になっています。例えば、インドネシアはバッテリー製造に欠かせないニッケルの輸出を禁止し、同国内でニッケルを使用してバッテリーを製造することを促すなど、資源保有国では産業政策の観点も踏まえた資源戦略の動きが活発化しています。

 従って日本のように天然ニッケルを産出できない国は、国内で廃棄された使用済みバッテリーや輸入バッテリーの中からニッケルを取り出し、国内のバッテリー製造に使えるようにすることが求められます。逆に言えば資源循環のサイクルを早期に確立しておかないと、いずれモノづくりに重大な支障が生じる恐れがあります。それ故、日本国内に諸外国の電子スクラップなどの有用な廃棄物をできるだけ集めてそこからリサイクル材を抽出し、それをもとにモノづくりに活用して再生製品として輸出していく道を探るべきです。日本の高い技術力を発揮できる余地があり、同時に地球環境保全にも貢献する、こうした二兎を追う構図こそ今後求められると思われるからです。

 一方、EUは2020年時点でEU循環経済行動計画を策定し、バリューチェーン別の規制をかけると同時に、情報開示の義務化を図り、さらに廃棄物の輸出入規制も最近強化するなどトップダウンアプローチを相次いで打ち出しています。EUから諸外国に輸出される廃電子機器等についても規制を強化して、一定の要件を満たす国でないと輸出を認めないという非常に厳しい条件です。他方で資源はできるだけEU域内で循環する体制を構築し資源の流出を抑制する、こういう構図の下に攻勢をかけてきています。これまで保護貿易は主に製品が議論の対象となっていましたが、今後は廃棄物についても保護貿易的な動きが色濃くなっていくのではないでしょうか。日本としては、製品はもちろん資源循環においても自由貿易を推進することが世界全体の利益につながるとの立場であり、われわれはその前提でEU関係者とも議論していますが、この点でも世界的な潮流に戦略的に抗するには、やはり環境省だけでなく経済産業省などともワンチームとなって当たらねばなりません。

 他方、米国では22年に成立した、電気自動車税額控除に関し重要鉱物の国内調達を要求するIRAことインフレ抑制法が、極めて大きな影響を及ぼしています。これは主に脱炭素の面で注目されていますが、資源循環の観点からも同様で、投資促進を推進するに当たって、重要鉱物の国内調達を要求するなど、米国内での循環が進むような内容となっています。かつ米国の多国籍企業は、自分たちの製品に関しては自社のサプライチェーンの中で回収し資源を確保しやすい仕組みを構築しています。具体的にはスマートフォンなど自社製品の下取りを顧客サービスだけでなく資源の回収・再利用の手段として活用し、脱炭素と資源循環向上への取り組みをアピールしている、これがEUと一線を画している点だと思います。