2024/09/11
2050年カーボンニュートラルの実現に向けて、カギを握るとされるのが地方・地域における脱炭素推進の取り組みである。政府は現在、ゼロカーボンシティの実現を目指し、国と地方の協働による脱炭素先行100地域および脱炭素ドミノの創出に向けて、新たな交付金制度やファンドの設立等の施策を相次いで打ち出している。これら地域脱炭素推進の現状を、上田康治・大臣官房地域脱炭素推進総括官(当時)に解説してもらった。
前 環境省大臣官房地域脱炭素推進総括官
上田 康治氏
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転換点となったパリ協定
現在、環境省で進めている地域脱炭素の取り組みについて、施策の内容と背景をご説明します。地球は、太陽光が地表を照らして放射される熱を、温室効果ガスや雲が吸収して下向きに戻し、大気をあたためることで人が住める温度になっています。ところが温室効果ガスの増加により熱の吸収が増え、気温が上昇している、これが地球温暖化のメカニズムです。
この科学的知見は、長期的に進行している気温の上昇や、温室効果ガスの濃度の着実な上昇等のデータによって裏付けられています。また温室効果ガスの増加原因の中でも人為起源の排出量が、明らかに近年の工業化以降、特に戦後に急増していることから、地球温暖化は人為起源による影響であることが国際社会のコンセンサスとなっています。
世界気象機関と国連環境計画は、人為起源による地球温暖化の影響等に関して科学的、技術的、社会経済学的な見地から評価を行うため、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)を設置しました。現在は第6次報告書の公表プロセスが進行中です。これを踏まえて地球温暖化、気候変動対策が世界的に進められています。
1990年に出た第1次評価報告書は「人為起源の温室効果ガスは気候変動を生じさせる恐れがある」と位置付けました。これが発端の一つとなり、92年にリオで開催された地球サミットにおいて合意された、気候変動枠組条約につながりました。その後、先進国に対し削減目標を作る枠組みとして97年に「京都議定書」が採択されました。当時はCO2排出量の6割を先進国が占めていましたが、途上国の割合がさらに増えると予測され、途上国も含めた世界全体の気候変動抑制に関する枠組みとして出来たのがパリ協定です。このスタートラインとなったのが、2013~14年にかけて公表された第5次評価報告書です。
この報告書の鍵は、第1次報告書の「気候変動を生じさせる恐れがある」から「可能性が極めて高い」へと断定表現が強くなったことに加え、温暖化による具体的な影響が科学的知見からも明らかになり、気温の上昇は2度以内に抑えなければならないと議論が固まったことです。これにより、累積排出量が気温の上昇と比例関係にあるという新見解をあてはめると、2度に抑えるためには化石資源の燃焼に伴い発生するCO2をあと何ギガトン排出できるのかが見えてきて、先進国と途上国が同じ枠組の下で、排出量ゼロを目指さなければならないとの見解が広まり、パリ協定の合意に向けた原動力の一つとなったと考えます。
パリ協定では21世紀末までに温室効果ガス排出量ゼロを目指すという合意が採択され、脱炭素化に向けた転換点となり、日本も低炭素から脱炭素へと施策の質が大きく変わりました。さらに2018年に公表されたIPCCの1・5度特別報告書では、人類が快適で安全な生活を安定して享受するためには気温の上昇を2度ではなく1・5度に抑えなければならないという見解が示され、そのためには、2050年前後には温室効果ガス排出量を正味ゼロにする必要があると報告されたのです。
環境問題イコール経済問題の浸透
このように、科学的データが気候変動による世界の政治経済の出発点となっています。
また、企業活動の分野でも、環境(Environment)・社会(Social)・ガバナンス(Governance)情報を考慮した上で企業を評価し、投融資を行うESG金融の市場が拡大しており、近年は日本も大きな伸び率を示しています。世界が環境問題をイコール経済問題として捉えるようになった一例でしょう。
この他にも、事業者が自らの温室効果ガス排出量(Scope1)だけでなく、事業所で使用するエネルギーに伴う排出(Scope2)と、関連する上流下流の企業の排出(Scope3)も含めて排出量ゼロを目指す取り組みも例としてあげることができます。海外の先進的な企業は、取引先企業に対してカーボンニュートラルや再生可能エネルギーの使用を求めるといった動きがあり、金融面での取り組みも背景にあると考えます。
日本でも、大手金融機関だけでなく地銀でもESGに取り組み、環境分野で差異をつけようとする動きが多く見られ、環境省では環境プロジェクトについてリスクのシナリオ分析等で情報提供の協力をしています。
とはいえ今の技術だけでは2050年カーボンニュートラル達成は難しく、イノベーションの力に頼らなくてはなりません。いかに技術革新に向けて資金を回すか、民間だけでなく公的分野もリスクマネーを負う流れが世界でも進んでいます。CO2排出量が経済活動に与える制約を乗り越える技術にこそ大きなチャンスがあり、投資を進めているのです。
昨年開催されたCOP26(気候変動枠組条約会議)では、パリ協定の詳細ルールがすべて決まり、世界が一斉にスタートできる条件が整ったと言えます。各国からは首脳級が参加し、岸田総理も2030年までの期間を「勝負の10年」と位置付けて対策を進める、と世界に向けて決意表明しました。今年5月に行われたG7気候・エネルギー・環境大臣会合でも、1・5度目標と中長期的な再生可能エネルギーの推進、加えて気候変動だけではなく生物多様性や資源循環といった危機的状況にある環境問題も連携して取り組むことを確認しています。
しかし、国連環境計画UNEPがまとめたギャップ報告書によると、各国が削減目標を実施してもIPCCが求める2度目標、1・5度目標に整合する削減量にまだ足りません。科学的観点からすると世界の取り組みはまだ道半ばなのです。
日本では、2020年臨時国会で菅前総理が2050年カーボンニュートラル宣言をしました。以前はパリ協定に基づき50年に80%削減、今世紀後半の出来るだけ早期にカーボンニュートラル実現としていましたが、50年にゼロとしたことで30年の目標も26%減から46%減に引き上げました。今ある技術でどこまで出来るのか、コスト面も含めてチャレンジングな目標です。
ポイントは「大きな成長につながるという発想の転換が必要」という点です。温暖化対策を制約と捉えると経済も縮小し、国民の生活水準も下がります。新たなイノベーションを通じてビジネスチャンスを獲得し、成長につなげるという考えを基に、多くの省庁が施策を盛り込み、取り組んでいます。
政府はCO2排出量の分野とエネルギー分野で議論を進め、昨年10月に地球温暖化対策計画を改定しました。計画では30年に向けて「業務」と「家庭」の削減率が非常に大きくなっているため、現存の住宅やビル等のインフラ整備の進め方が課題となります。昨年の改正温対法に基づく再生可能エネルギーの促進区域を設定する施策は、再エネは森林伐採による土砂災害の危険性があるので不要だという考え方に対し、地域にメリットがあるような仕組みづくりを提供するものです。産業分野では、イノベーション支援に大規模な資金が必要との議論もあります。また通信分野では、今後5G、6Gと進むと大規模に通信量が増えるため、電力消費の大きいデータセンターをカーボンニュートラルに沿った形でいかに作るかも課題です。