2023/07/07
2022年12月16日、国家安全保障戦略、国家防衛戦略、防衛力整備計画が新たに策定された。この三文書は、わが国を取り巻く安全保障環境が激変する中、今後の安全保障と防衛の在り方についての基本方針となり、これにより日本の防衛戦略は大きな一歩を踏み出すことになる。その背景、基本方針のポイント、国民への情報発信について、鈴木敦夫事務次官に要諦を語ってもらった。
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三文書が新たに策定された背景
――昨年末、いわゆる安全保障・防衛の基本方針となる三文書が新たに策定されましたが、策定が求められた背景とはどのようなものでしょう。
鈴木 わが国は、戦後、最も厳しく複雑な安全保障環境に直面しています。これら三文書は、特定の国・地域等を脅威とみなして策定されたものではありませんが、わが国周辺では軍備増強が急速に進展し、力による一方的な現状変更の圧力が強まっているという現実があります。
また、近年、〝新しい戦い方〟が顕在化し、例えば、弾道・巡航ミサイルによる大規模な攻撃や、情報戦を含むハイブリッド戦の展開、さらには宇宙・サイバー・電磁波の領域や無人アセット等による非対称的な攻撃など、従来には見られなかった攻撃にも対処していかねばならず、今後の防衛体制を構築する上でも大きな課題となっています。今回の戦略三文書は、このような大きな問題意識の下で策定されました。
――2022年2月の、ロシアによるウクライナ侵攻が世界を震撼させましたが、一方で東アジア地域の情勢も予断を許さなくなっていると。
鈴木 国際社会は今、第二次大戦後最大の試練を迎え、既存の秩序が挑戦を受けている、つまり新たな危機の時代に突入していると認識しています。東アジアにおいても、戦後の安定した秩序の根幹を揺るがすような、深刻な事態が発生する可能性を排除できなくなりました。中国は透明性を欠いたまま、核・ミサイル戦力をはじめとした軍事力の質・量を広範かつ急速に強化させるとともに、東シナ海・南シナ海における力による一方的な現状変更やその試みを推し進め、北朝鮮は昨年以降かつてない高い頻度で弾道ミサイルを発射するなど行動をエスカレートさせており、本年4月13日には新型の固定燃料推進方式ICBM級ミサイルの発射も強行しています。そしてロシアはウクライナ侵略において核による威嚇と受け取れる言動を繰り返しつつ、極東地域においても活発な活動を継続しています。
このように、インド太平洋地域における軍事活動の活発化が、地域はもとより、ひいては国際社会全体にどのような影響を及ぼすかを注視していく必要があります。そして、これらの情勢を踏まえた今後のわが国の安全保障・防衛政策の在り方が、地域と国際社会の平和と安定に直結するのです。
――日本の防衛力の抜本的強化は、日本だけでなくインド太平洋地域、さらには世界の平和につながるということですね。
鈴木 はい、わが国の安全保障・防衛に関する三文書が新たに策定された背景には、このように日本の防衛力を抜本的に強化していくことが、国際秩序維持に不可欠、という認識の高まりがあるのです。事実、三文書策定の折には国際社会から大きな注目を集めました。
〝三つの防衛目標〟と〝三つのアプローチ〟
――では、三文書の概要とポイントについて解説をお願いいたします。
鈴木 まず、国家安全保障戦略は、外交、防衛に加え、経済安保、技術、サイバー、情報等の国家安全保障に関連する分野の政策の戦略的指針であり、国家安全保障に関する最上位の文書として位置付けられています。
次に、国家防衛戦略は、防衛目標とその達成のためのアプローチと手段を示した防衛の戦略的指針となるものであり、〝三つの防衛目標〟と〝三つのアプローチ〟によって構成されています。これまで、防衛力の整備・維持・運用の基本的方針や、保有すべき防衛力の水準としての自衛隊の体制等を示す文書として、防衛計画の大綱がありましたが、今回は、これに代えて、より戦略的要素を盛り込んだ国家防衛戦略を示すこととしました。防衛省としては今後、この国家防衛戦略に基づいて各施策を進めていくこととなります。
――〝三つの防衛目標〟、〝三つのアプローチ〟とはどのようなものでしょう。
鈴木 防衛目標の一つ目が「力による一方的な現状変更を許さない安全保障環境を創出」、二つ目が「力による一方的な現状変更やその試みを、同盟国・同志国等と協力・連携して抑止・対処」、三つ目が「我が国への侵攻が生起する場合、我が国が主たる責任をもって対処し、同盟国等の支援を受けつつ、阻止・排除」、です。
そして、これらの目標を具体的に達成していくためのアプローチとして、①我が国自身の防衛体制の強化、②日米同盟の抑止力と対処力の強化、③同志国等との連携の強化、を掲げています。
――アプローチに関しては、これまでにない概念が導入されているようですね。
鈴木 そうですね、例えば①に関しては、わが国の防衛力の抜本的強化とともに、国全体の防衛体制の強化が含まれています。国民の命と暮らしを守り抜くためには、「最後の砦」となる防衛力、つまり自衛隊の力を抜本的に強化することが不可欠ですが、わが国全体で連携しなければ、わが国を守ることはできません。こうした考え方の下、自衛隊の力を抜本的に強化・向上させていくことに加え、研究開発、公共インフラ、サイバー安全保障、国際協力など、防衛省以外の他の官公庁の取り組みや各種政策を体系的に組み合わせて、外交力、情報力、経済力、技術力といった国のあらゆる力を統合し、それにより国全体の防衛体制を強化していくことを明記しています。
――まさに、オールジャパンで防衛力強化に臨む、というところですね。
鈴木 はい、目標の具体化に向けたこれらのアプローチが、国家防衛戦略における重要なポイントとも言えるでしょう。
――では最後の、防衛力整備計画についてはいかがでしょう。
鈴木 同計画は、おおむね10年後の自衛隊の体制、5カ年の経費の総額・主要装備品の整備数量など、中長期的な整備計画を示したもので、当面
23~27年度の防衛力の抜本的強化のために必要な5年間の支出額として43兆円程度を決定しました。
――わが国の防衛力の抜本的強化、これが重要な核となる部分だと思われますが、具体的にはどのような点から取り組みを進めるのでしょう。
鈴木 重視する能力・機能として、七つの柱を挙げています。すなわち、①スタンド・オフ防衛能力、②統合防空ミサイル防衛能力、③無人アセット防衛能力、④領域横断作戦能力、⑤指揮統制・情報関連機能、⑥機動展開能力・国民保護、⑦持続性・強靱性、です。スタンド・オフ防衛能力と無人アセット防衛能力などは、将来の中核となる能力だと考えています。
――具体的にはどのような能力なのでしょうか。
鈴木 スタンド・オフ防衛能力は、端的に言えば「相手から攻撃されない安全な距離から、相手部隊に対処する能力」ということです。東西南北、それぞれ約3000キロに及ぶわが国領域を守り抜くためには、自衛隊員の安全を確保しつつ遠方から対処できる、こうした長射程のスタンド・オフ・ミサイルが必要不可欠なのです。また、これらを活用する「反撃能力」は、わが国への侵攻を抑止する上でのカギとなるものだと考えています。質・量ともにミサイル戦力が著しく増強され、ミサイル攻撃の可能性も現実の脅威となる中で、ミサイル防衛能力の強化だけでは対処が困難になりつつあります。わが国に対するミサイル攻撃について、ミサイル防衛システムを用いて迎撃しつつ、反撃能力を持つことにより、ミサイル防衛と相まってミサイル攻撃そのものを抑止していく、これが統合防空ミサイル防衛能力を強化する目的です。
と同時に、持続性・強靱性も重視しています。現有装備品を最大限有効活用するために、可動率の向上や弾薬・燃料の確保、主要な防衛施設の強靱化への投資を加速化させていかねばなりません。その意味において持続性・強靱性は前記七つの柱の中でも特に重視している点であり、スタンド・オフ防衛能力などの将来の中核となる能力の強化とあわせて、今後5年間で取り組む最優先課題となっています。