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激甚化・頻発化する自然災害への備えとしての港湾政策/国土交通省 上原修二氏

―令和6年能登半島地震を踏まえた港湾の減災・防災対策―

うえはら しゅうじ/昭和46年3月生まれ、兵庫県出身。東京大学工学部土木工学科卒業。平成6年運輸省入省。25年港湾局港湾経済課港湾経済企画官、27年東北地方整備局酒田港湾事務所長、29年港湾局港湾経済課港湾物流戦略室長、令和元年港湾局計画課企画室長、3年近畿地方整備局港湾空港部長、4年防衛省大臣官房参事官を経て、5年7月より現職。
うえはら しゅうじ/昭和46年3月生まれ、兵庫県出身。東京大学工学部土木工学科卒業。平成6年運輸省入省。25年港湾局港湾経済課港湾経済企画官、27年東北地方整備局酒田港湾事務所長、29年港湾局港湾経済課港湾物流戦略室長、令和元年港湾局計画課企画室長、3年近畿地方整備局港湾空港部長、4年防衛省大臣官房参事官を経て、5年7月より現職。

 人口や産業が集中し、エネルギーや物資などさまざまな物が輸出入される重要拠点でもある港湾・臨海部。しかし沿岸部に位置することから自然災害リスクが顕在化しやすい特性も持っている。気候変動の影響もあって自然災害が激甚化・頻発化する中、国土交通省ではこれまでさまざまな対策を講じてきているが、具体的な取り組みにはどういったものがあるのか。また対策が講じられる中で発生した「令和6年能登半島地震」を踏まえて検討された新たな取り組みとはどういった対策なのか。産業や国民生活を支える港湾・臨海部の防災対策について国土交通省港湾局海岸・防災課の上原課長に話を聞いた。

国土交通省港湾局海岸・防災課長 上原 修二氏

港湾・臨海部の重要性と自然災害のリスク

――気候変動の影響もあり、近年、自然災害が激甚化・頻発化しています。世界有数の海洋国家であるわが国において、港湾・臨海部は人口や産業の集積地であるとともに資源・エネルギーなど各種物資が輸出入される重要拠点でもあります。しかし、沿岸域に存在するため、台風や地震、津波などの被害が顕在化しやすいといった特性も持っています。改めて港湾・臨海部の重要性、そして激しさを増す自然災害のリスクについてお聞かせください。

上原 港湾・臨海部の重要性についてですが、まず港がある市区町村は、面積ベースで全国の32%である中、人口ベースでは47%、製造品出荷額ベースでは46%を占めています。臨海工業地帯を想起すれば分かるように重要な産業は港湾地域に多く立地しています。

また、港湾の最も根幹的な役割は物流・人流機能です。日本の貿易の99・5%(重量ベース)が港湾を通じて行われていますので、産業や国民生活において港湾は欠くべからざる存在でもあります。加えて本年1月に発生した令和6年能登半島地震でも明らかになりましたが、半島部や離島にとって海上ルートは生命線であり、その重要性については言うまでもありません。

 港湾・臨海部が直面する自然災害リスクは大きく二つあると考えています。一つ目が台風などによる高潮・高波に起因する災害リスクです。2018年9月の台風21号では、神戸港でコンテナが海に流出したり、大阪港でクレーンが倒れたりといった被害が発生しましたし、翌19年9月の房総半島台風や10月の東日本台風では高波によって横浜港の護岸が倒壊するなどの被害がありました。

 二つ目が大規模地震・津波による災害リスクです。東日本大震災や能登半島地震もそうですが、ここ数年、非常に大きな地震が頻発していますし、今後30年以内にマグニチュード8~9クラスの南海トラフ地震が7~8割、マグニチュード7クラスの首都直下地震が7割の確率で発生するといった想定もあります。ちなみに港湾機能の停止に伴う経済活動損失額は南海トラフ地震で20兆1000億円、首都直下地震で4兆5000億円と見込まれており、リスクは非常に大きいと考えています。

港湾・臨海部における防災・減災対策

――では、そうした港湾・臨海部における自然災害リスクへの備えとして、どういった防災・減災対策に取り組まれてきたのでしょうか。

上原 自然災害リスクに対する港湾・臨海部の防災対策については二つの観点からお話します。まず一つ目が、「港湾や、その背後地を守る」とい
う点です。ハード面の対策としては、外洋の波から港内を守る防波堤や高潮や津波が陸上に侵入するのを防ぐ防潮堤の整備があります。東日本大震災では津波により防波堤が倒壊する事態が発生しましたので、それ以降、津波が防波堤を超えても倒壊しないような「粘り強い」構造の防波堤・防潮堤の整備を進めています。また、津波などの災害発生時に港湾にいる人の命を守るため、日ごろから避難訓練の実施を推進したり、避難タワーや避難施設を整備したりといったソフト面の対策も進めています。

 そして二つ目が、「海上輸送ネットワークを維持する」です。港湾の重要な役割として物流機能がある点については先ほど触れましたが、物流機能を維持するために重要になるのが、大地震の後でも岸壁が使えることです。このため、地震でも壊れない「耐震強化岸壁」の整備がハード面の対策としての基本的な取り組みになります。他方、ソフト面の対策として重要な取り組みには、港湾BCP(港湾における事業継続計画)があります。港湾BCPは、地震などで被害を受けても港湾が最低限の機能を維持できるよう、具体的な対応などを示した文書・計画になります。ここで大事なのは、BCPを策定して終わりとするのではなく、社会経済状況に応じて不断の見直しを行うとともに、BCPに沿った訓練を行うなど、BCPを形骸化させない取り組みです。また、これは能登半島地震でも実施しましたが、災害時などに、港湾管理者から要請があった場合には、港湾の管理の一部を国が行うことで緊急支援物資などの輸送ネットワークを確保するといった制度も設けられています。

最近の防災・減災対策 ―協働防護の取り組み

――港湾局では、港湾・臨海部における自然災害リスクに備えるため、どういった施策に取り組もうとしているのでしょうか。

上原 まず、近年の気候変動への適応方策を検討するため、交通政策審議会港湾分科会防災部会より昨年7月に答申を頂きました。本年3月には、これをより具体化するものとして、「港湾における気候変動適応策の実装方針」を公表し、「協働防護」の概念を示しました。

 気候変動への対策には一般的に緩和策と適応策があります。植林やブルーカーボンの推進といった温室効果ガスを減らすための取り組みが緩和策ですが、それに対して、避けることのできない気候変動にどう適応していくか、どのような対策を行うかの取り組みが適応策であり、港湾局が適応策として取り組もうとしているのが「協働防護」です。

 本取り組みでは、2100年までに気温が2度上昇するシナリオを前提として、海面や波の上昇について三つの要素から予測しています。要素の一つ目が平均海面水位の上昇で、気温が上昇すると南極やグリーンランドの氷が溶けたり、海水そのものが熱膨張したりすることで、海面水位が上昇します。二つ目が潮位偏差の増加で、気温の上昇に伴い台風が強大化しますが、強力な台風ほど気圧が低くなりますので海水面を押さえつける力が弱くなる、すなわち海水面が吸い上げられることとなります。そして三つ目が波高の増加で、台風の強大化に伴い風が強くなり、必然的に波も高くなります。つまり、海面が上昇した上に、海面が吸い上げられ、波も高くなるという三つの要素の合わせ技によってこれまで以上に厳しい高潮・高波に襲われる可能性が高くなります。

 なお、2100年までに気温が2度上昇するシナリオですが、気温は2100年にわたって少しずつ上昇するわけではなく、2040年くらいまでに急激に上昇し、その後横ばいになると見込まれています。気温の上昇が横ばいになっても、極地の氷解や海水膨張などによる海面上昇は2100年まで遅れて徐々に進みますが、台風の強大化は気温上昇と同時に進むため、潮位偏差や波高の上昇は2040年頃までに急激に進むものと見込まれています。現在、東京都が気候変動を踏まえた防潮堤の必要嵩上げ高さを、2100年で最大1・4㍍と試算しています。この嵩上げ高さ1・4㍍を元に、先述の考え方を当てはめて換算すると、2040年頃には最大1㍍ほど海沿いの護岸を嵩上げしなければならないこととなります。

 さて、港湾のある臨海部にはコンテナを取り扱う岸壁など国や港湾管理者などの公共セクターが整備・所有するものもあれば、工場や倉庫などの民間が所有する護岸もあります。これらは供用開始時期や改良・補修時期が異なるとともに、各主体によって将来リスクや投資への考え方も異なりますので、一体となって気候変動への備えに取り組めない場合もあります。

 しかし高潮や高波は、こういった事情の違いなどお構いなしに襲ってきますので、対応が遅れていたり、老朽化により強度の低い護岸があったりすれば、そこから浸水が広がり背後地域全体の機能が低下する恐れがあります。そうした事態を防ぐためには港湾内の一連の施設群を含む地域内において、関係者が、気候変動への適応水準や適応時期についての共通認識を持ち、全体として整合の取れた対策を進めていく必要があります。このように、各関係者が互いに協働して、地域を守るためのハード・ソフト両面からの対応を実施する取り組みが「協働防護」になります。

 具体的な取り組みについては、①高潮・高波から用地を守るための護岸の整備嵩上げ、②ハザードマップの作成や避難訓練の実施など災害から逃れる対策、③関係者が相互に助け合うための災害時応援協定や施設の改良時期・規模に関する協定の締結――など、「守る」「逃れる」「助け合う」の三本柱で取り組んでいきたいと考えています。

(資料:国土交通省)
(資料:国土交通省)