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海事・海運分野におけるカーボンニュートラル実現に向けた取り組み/国土交通省 河合 崇氏

――そして「次世代船舶の開発」プロジェクトでは、これまでの開発・実証を踏まえ、本年より新たに開始される研究開発テーマがあるとも伺っています。

河合 「次世代船舶の開発」プロジェクトは、グリーンイノベーション基金(10年間で350億円)を活用し、水素・アンモニアなどを燃料とするゼロエミッション船の開発プロジェクトになります。2021年7月に実施者を公募し、同年10月、国土交通省と新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)は、①舶用水素エンジン及びMHFS(舶用水素燃料タンク及び燃料供給システム)の開発、②アンモニア燃料国産エンジン搭載船舶の開発、③アンモニア燃料船開発と社会実装の一体型プロジェクト、④触媒とエンジン改良によるLNG燃料船からのメタンスリップ削減技術の開発――といった四つの具体的なテーマと実施者を選定し、開発と実船実証を行い、早いもの(②のうち内航船)では2025年度には商業化に向けた実証運航に入れるよう取り組みを進めています。

 また本年度、追加研究開発として⑤N2O排出対策技術の開発(アンモニア燃焼時に排出されるN2Oを除去するための技術・装置の開発及び実証)と⑥アンモニア燃料補給時の残留アンモニア分離回収・再液化システムの開発(アンモニアの燃料補給(バンカリング)時の安全対策を図るための残留アンモニアの高感度検知、回収及び再利用システム等の開発及び実証)――というアンモニア燃料エンジン開発に関係する2件が追加されました。今回、研究開発が追加された背景には、冒頭触れたIMOのGHG削減戦略が昨年7月に改訂され、より早期の排出ゼロ目標が合意されたことも理由の一つになります。

 では本年度より追加された「アンモニア燃料船の開発」の2件について触れておきます。まず一つ目(⑤)N2O排出対策技術の開発ですが、アンモニアエンジン使用時、排出ガスには亜酸化窒素(N2O)が含まれます。このN2OはCO2の約300倍の温暖化係数をもっているため、これを除去するための技術や装置を開発するという研究になります。エンジン側でもある程度のN2O対応は可能ですが、先ほど述べた通りN2Oの温暖化係数が非常に高いため、除去しきれないガスへの対応としてN2Oリアクターや処理装置の開発は必須であるとともに、わが国の国際競争力の強みとなるとして追加された項目です。

 そして二つ目(⑥)が、アンモニア燃料補給時の残留アンモニア分離回収・再液化システムの開発になります。アンモニア燃料船には、燃料を補給する船(バンカリング船)が必要になりますが、燃料であるアンモニア供給時に管に残留したアンモニアを回収し、再び使えるように再液化する装置の開発が本研究です。また、毒性の強いアンモニアの取り扱いは慎重を期すべきものであり、安全対策としての漏洩センサーの開発などにも取り組んでいるところです。

(資料:国土交通省)
(資料:国土交通省)

新造船導入に向けた筋道と国際協調の取り組み

――では、アンモニア・水素燃料船の導入に向けた道筋、今後の方向性についてお聞かせください。

河合 アンモニア・水素燃料船の建造・市場導入にあたっては、①エンジン等の技術開発・実証、②機器・部品のサプライチェーンの構築を含む造船・船用工業の生産基盤構築、③海運事業者による新造船発注の投資促進、④燃料供給(バンカリング)体制の構築、国際ルール策定等の運航環境の整備――といった取り組みを並行して進めていくことが必要になります。

 そのためには、グリーンイノベーション基金によるゼロエミッション船の開発推進や、本年度よりGX経済移行債を活用した造船所・サプライヤーのゼロエミッション船建造に必要となる生産施設への投資支援が開始されますので、制度を活用してゼロエミッション船を建造するための設備の導入・増強が進むことが期待されます。加えて現状、船舶建造自体へのGX経済移行債の活用は行われていませんが、引き続きGX経済移行債が船舶建造にも使えるよう要求していく予定です。

 またアンモニア・水素燃料船の円滑な運用を図るべく、アンモニア・水素の供給体制・サプライチェーンを構築するための企業間協力を促す取り組みや、アンモニア・水素燃料船の安全基準の策定にわが国としても積極的にIMOでの議論に貢献し、イニシアティブをとっていきたいと考えています。

(資料:国土交通省)
(資料:国土交通省)

――また、それら以外の国際的な協調や枠組みなどがあればお聞かせください。

河合 近年、「グリーン海運回廊」という言葉を耳にする機会が増えました。IMOでは全加盟国が議論して基準を決めていくため、革新的な取り組みを実施するには時間がかかってしまうこともあります。「グリーン海運回廊」は、当該2国間で、「この港と港を運航する船の一部をゼロエミッション船にしよう」といった取り決めができますので、取りかかりとしては面白い枠組みではないかと思っています。

 現在、具体的な航路は決まっていませんが、「2030年までに2~3の低・ゼロエミッションのグリーン海運航路を設置することを目指す」ことにQUAD(日米豪印)では合意していますので、それ以外の航路でも積極的に進めていきたいと考えています。

(資料:国土交通省)
(資料:国土交通省)

――世界有数の海洋国家でもあるわが国において、海事・海運分野におけるカーボンニュートラル実現に向けた取り組みは非常に重要です。国際的な協調や産業分野との協働など困難な部分もありますが、施策・取り組みの実現に向けた意気込み、また今後の展望についてお聞かせください。

河合 カーボンニュートラルの実現に向けて、海事・海運分野も大きく変わろうとしています。目標達成に向けては、まず燃料の転換という困難な舵取りを求められる中、これをチャンスと捉えて官民協調してわが国の国際競争力を高めつつ、GHG排出削減を達成していくことが必要です。

 また想定される2050年までに環境に適応した燃料が一つに統一される可能性は低く、複数の燃料が使用されていると思っています。そうしたこともあって、グリーンイノベーション基金で開発しているアンモニア・水素燃料船に加え、開発要素は少ないかもしれませんがメタノール燃料船などの導入支援にも注力してきたいと考えています。もちろん、船舶燃料は統一した方が開発・運用する企業にとってメリットが多いことは確かですが、他分野も含めた需要量に対する供給量やコストなどを考えると、現時点で全世界の船舶燃料がどのようになっていくかを予見するのは難しいと言わざるを得ません。そのため、まずはすべての燃料に対応できるような施策を打つとともに、予見性を高める情報を共有することにより、国際海運のカーボンニュートラルの実現とわが国海事産業の競争力強化の実現に向けて精一杯努めていきたいと考えています。

――本日はありがとうございました。
                                                (月刊『時評』2024年8月号掲載)