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インフラシステム海外展開の現状と今後/国土交通省 田中由紀氏

国交省行動計画四つの重点分野

 政府の戦略を踏まえ、国土交通省では毎年行動計画を策定しています。令和5年版の「国土交通省インフラシステム海外展開行動計画」では、重点分野を四つ掲げました。

 一つ目は「O&M(運営・維持管理)の参画推進による継続的関与の強化」です。インフラ整備が進むアジアでは、インフラのO&Mの案件も増えていますが、近年は民間資金を活用した官民連携方式のO&M案件も増えてきています。民間資金を活用したO&Mは、いかに質を維持していくかが課題になることもあります。日本企業が建設し、2000年に開業したマニラの「MRT3号線」は、完成後12年間日本企業が維持管理を担った後、フィリピン政府は費用抑制の観点から、維持管理の委託先をローカル企業等に変更しました。その結果、運行中断や故障などトラブルが頻発して数年で社会問題に発展したために、フィリピン政府は再度日本企業にリハビリと維持管理を依頼し、日本企業が立て直しを行ったという経緯をたどりました。

 現在マニラでは、地下鉄や南北通勤鉄道が建設中で、完成後は民営化されるため、O&Mを含めた運営に日本企業が関わるチャンスがあります。これらの路線は、開業後しばらくはまだ需要が十分でないため、開業当初から運賃収受リスクを民間企業が背負うのは現実的でありません。フィリピン政府はPPPにおける需要リスク軽減策を検討しているものの、運営を担うことになる民間企業にとっては、国会の承認が出ない、現地の政権が変わった場合の保証がないという支払いリスクや政治リスクが課題になります。リスク分担を現地政府も含め、官民で適切に行わないと、インフラの維持管理がおざなりになり、質の高いインフラやサービスの提供が困難になる恐れがあります。このため、このような民間資金等を活用したO&Mに日本企業が参画する場合、政府がどのようにリスク分担の支援をできるか、官民連携パッケージを検討していくことも重要です。

 国交省行動計画の重点分野二つ目「『技術と意欲のある企業』の案件形成・支援」で意図しているように、海外展開の勝機が潜在するのは必ずしも大企業だけではありません。中堅・中小の建設企業が集まる「中堅・中小建設企業海外展開促進協議(JASMOC)」の参加企業を中心とした海外訪問団の派遣を行い、現地でのプロモーションなど海外展開へ直結する施策に力を入れてきました。また、2014年に発足した政府系インフラファンド「海外交通・都市開発事業支援機構(JOIN)」でも中小企業・スタートアップの海外進出の支援を強化しています。JOINは世界各国の政府機関や自治体、企業等と協力覚書を27件締結しており、案件に関する情報を早い段階で入手できます。このグローバルネットワークを生かして官民共同出資を行うほか、役員や技術者を派遣する「ハンズオン支援」も実施してきました。地方企業の海外展開も支援するため、国内で地方ブロックごとにも説明会を開催しています。

 案件獲得のためには日本企業が国際基準に対応することが重要になりますが、日本の技術・システム自体を国際スタンダードにすることで、相手国政府が受け入れやすくなります。官民連携で取り組む「国際標準化の推進と戦略的活用」を、今回の国交省行動計画において三つ目の重点分野として位置付けました。例えば冷凍・冷蔵物を安全に運送する「コールドチェーン物流サービス」はモデルケースと言えるでしょう。アジアの所得水準に比例して冷蔵食品需要が高まる一方で、物流事業者が一定の温度管理の技術を有していないと、健康被害や食材廃棄が問題となります。こうしたことから、国交省が中心となって日本のコールドチェーン物流の技術・サービスの国際標準化に取り組み、ISOの国際規格を取得しました。この結果、日本の事業者による質の高いコールドチェーン物流が現地で受け入れられやすくなり、現地の人々は安全なサービスを享受できるという、まさにWin-Winの形が実現しました。

 四つ目の重点分野は「デジタル・脱炭素技術の活用」です。世界でDX・GXへのニーズが急騰しており、今後成長するスマートシティにとっても重要な要素です。

(資料:国土交通省)
(資料:国土交通省)

インフラシステムの海外展開を支援するさまざまな仕組み

 インフラシステムの海外展開を進めるための枠組みについてもいくつか紹介したいと思います。スマートシティは世界的に大きな成長が見込まれる分野ですが、中でもASEANはスマートシティに関心を高めており魅力的な市場と言えるでしょう。国交省では、ASEAN内のスマートシティ分野の連携プラットフォームである、「ASEANスマートシティ・ネットワーク」と連携し、「日ASEANスマートシティ・ネットワーク ハイレベル会合」を19年から開催しているほか、日本とASEANの協力を促進するため「日ASEANスマートシティ・ネットワーク官民協議会(JASCA)」を設立し、日ASEANの官民関係者間の情報共有や日本の技術・サービスのマッチング支援といった取り組みを行っています。20年には「日ASEAN相互協力によるスマートシティ支援策(SmartJAMP)」を発表し、①海外スマートシティにおける具体的案件形成調査の加速化、②海外スマートシティプロジェクトへの投融資等の促進、③海外スマートシティに関する対応強化、④海外スマートシティに関する情報発信の強化、の4項目の支援策を実施しています。

 交通政策においても、デジタル技術の活用は世界的に重要になってきています。AIを活用した最適経路による配車サービス等の〝ソフトインフラ〟技術も積極的に日本企業の海外案件を形成したい分野の一つです。22年に「交通ソフトインフラ海外展開支援協議会(JAST)」を発足させ、MaaSやAIオンデマンド交通、配車サービス、カーシェアリングなどを手がける各企業とともに官民連携体制を整えています。

国際社会が迫る新しい議論

 本日は、インフラシステムの海外展開という形で国際協力を提供する政府の戦略等を説明してきましたが、国際的な状況を見ていると、国内外で議論に温度差があり、日本企業が出遅れる危険を感じる場面もあります。国際的な議論から日本が学べることも多くあると思います。

 東南アジアでは全てがスマホで完結するライフスタイルが定着しており、SNSの利用時間も日本人より多いので、商品やサービスのプロモーションはWebサイトを構築するよりチャットを通じた双方向マーケティングの方が効率的である場合があります。以前、交通ソフトインフラのマッチングセミナーをベトナムで開催する際、当省の職員がベトナム運輸省に送ったメールに返答がなく難航したのですが、現地で日本でいうLINEのようなチャットアプリ「Zalo」が普及していると聞いて使ってみたら、すぐにコミュニケーションがとれたという出来事がありました。このような状況では、交通ソフトインフラは日本国内よりも早く普及していく可能性もあるでしょう。

 また、近年諸外国では女性にも意思決定過程への参画を促して影響や評価を政策に反映していく「ジェンダー・メインストリーミング」の議論が活発になっています。都市計画や交通政策にもこの概念を取り入れる国が増え、データ収集や政策当局のジェンダーバランス等、政策に女性の視点を積極的に取り入れていないと女性のニーズに合ったサービスが提供されないという議論が頻繁に展開されています。66カ国(2024年4月現在)の交通大臣を中心に世界全体としての交通政策を議論するOECD傘下の「国際交通フォーラム(ITF)」では、各国の交通政策にジェンダーの視点がどの程度反映されているかのチェックリストが策定されましたし、途上国ではジェンダー問題と貧困との関係が注目され、世界銀行やアジア開発銀行が投資の際にジェンダーの視点の反映状況を判断材料とする動きもあります。

 日本では政策にジェンダーの視点を取り入れるという政策議論はあまり一般化していませんが、日本のアイデアである女性専用車両がインド・デリーの地下鉄やバングラデシュのMRTなどに取り入れられて女性が安全に都心へ働きに行けるようになったという好事例もあります。国際的議論の動向を把握し国内にフィードバックしていくことで、日本の国際貢献の幅を広げるだけでなく、日本国内の政策もさらに強化していくことができるのではないでしょうか。
                                               (月刊『時評』2024年6月号掲載)