2024/11/04
政府が推進する重要な成長戦略の一つ「インフラシステム海外展開戦略」を踏まえ、国土交通省では「国際標準化の推進」「デジタル・脱炭素技術の活用」等の強化・支援策、重視すべきアプローチなどを策定し、推進を図っている。国家間の競争が熾烈を極める中、わが国企業が継続的に海外インフラ事業に参入するには解決しなければならない課題も山積しているが、国はどのような戦略を立てているのか。現状と課題、対応について、田中国際統括官に解説してもらった。
国土交通省国際統括官 田中 由紀氏
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なぜ今インフラ海外展開が重要なのか
インフラの海外展開は、かつては日本の技術による国際貢献や国際社会でのプレゼンス向上といった側面が強かったのですが、時代とともに変化してきています。少子化に伴い国内市場が縮小していく中では、拡大していく世界のインフラ需要を取り込むことは、わが国経済を支えるという観点から重要であり、2010年代からは日本の成長戦略の柱とされてきています。わが国では国内のインフラ整備は成熟期に入りひと段落していますが、たとえば東南アジアなどは、一人当たりのGDPがかつての日本の高度経済成長期のレベルに達して成長を続けており、これからしばらくインフラ整備のラッシュが続くと考えられます。
国際情勢の変化に伴うインフラ海外展開の重要性
このように、国内市場の縮小傾向を見据えた産業競争力強化の文脈でインフラシステムの海外展開が捉えられるようになってきましたが、近年は、新たな国際情勢が日本のインフラ海外展開の重要性を押し上げています。特に、国際秩序をめぐる中国の動きの活発化とそれに伴う各国の対応は、世界のインフラ整備の地図に影響を及ぼしています。
中国では習国家主席が2013年に広域経済圏構想「一帯一路」戦略を提唱し、国際開発金融機関「アジアインフラ投資銀行」の発足を主導しました。中国の攻勢を警戒した米国はオバマ政権下でアジア地域を重視する方針へ回帰、トランプ政権は17年にインド太平洋構想を公表し、その流れは現バイデン政権に継承されています。また、2010年代後半には、日米豪印の対話の枠組みQUADもスタートしました。
日本がFOIPで示す姿勢
こうした国際情勢を踏まえてわが国は、「自由で開かれたインド太平洋戦略」を打ち出しました。これは、東南アジアから中東アフリカまでを含むインド太平洋地域の連結性を向上させて、地域全体の安定と繁栄を促進させていくという構想で、当時の安倍晋三首相が16年8月に開催された第6回アフリカ開発会議で発表しました。その後「戦略」の文言は削除して「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」と言われるようになりますが、その要諦は日本が〝質の高い〟インフラ整備や人材育成などを通じて途上国の国づくりを支援し、秩序を維持・強化しようというものです。
インド太平洋地域は、海賊、テロ、自然災害、違法操業などさまざまな脅威にさらされています。FOIPの根底には、この地域において、法の支配に基づく自由で開かれた秩序を維持・強化することを通じて、この地域をいずれの国にも分け隔てなく安定と繁栄をもたらす「国際公共財」とするという考え方があります。FOIPは、国際スタンダードに則した質の高いインフラ整備等を通じて連結性を強化し、経済的繁栄を進めるものであり、インフラ海外展開を支える理念でもあります。
東南アジア諸国を取り巻く情勢
わが国のインフラ海外展開においては、ASEAN諸国に対する案件が件数、金額ともに大きいことから、この地域を取り巻く国際情勢の動向も重要です。1967年にインドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイを原加盟国として発足したASEANは、経済協力を本格化させ、共同体の構築の動きを進める中で「ASEAN連結性」の強化を重視してきました。2016年に発表された「ASEAN連結性に関するマスタープラン2025」では、物理的・制度的・人的連結性の概念を示しつつ、持続性あるインフラ等の戦略領域を設定しています。
この間、国際秩序をめぐる大国の動きが活発化してきますが、ASEANにおいては、中国をはじめとする大国との距離感は国ごとに異なるのが実情です。カンボジア・ラオスは中国と対立する理由がなく、政治的にも物理的な位置からも欧米からの支援は限界があります。ミャンマーは軍事クーデターにより西側との関係が断絶したため、中国・ロシアとの連携に傾倒しがちです。他方、インドネシア・マレーシア・タイ・シンガポールなどは、中国の軍事的な海洋進出に警戒感を示しつつも、米中双方との関係を維持したい思惑がありますし、南シナ海で中国と領有権を争うフィリピンやベトナムは米国と連携を強めています。
こうしたことから、ASEANは2019年には「ASEANインド太平洋アウトルック(AOIP)」を発出し、大国主導のFOIPに対して、多様な包含的なメンバーによる協力を強調する新たなインド太平洋のあり方を提示するなど、独自の対外戦略を模索しています。ASEANにおいては、影響力が一国だけに集中しないようバランスをとるというASEANの伝統的な外交戦略の土台があり、ASEAN自身が基軸となって多国間連携を築くというASEANの〝中心性〟が重視されるのです。
ASEANの「連結性」を支援
日本とASEANの関係は、1977年に当時の福田総理が発表した「福田ドクトリン」が基軸となり、連携を強めてきました。これは、①ASEANと世界の平和と繁栄に貢献する、②ASEAN諸国との間に「心と心の触れ合う」相互信頼関係を構築する、③対等なパートナーとして加盟国の連帯と強靱性強化に協力する、という日本の意思を表明したものです。日ASEAN友好協力50周年の2023年には、9月に岸田文雄首相が「日・ASEAN包括的連結性イニシアティブ」を発表し、〝連結性〟の認識を高度化させて、交通インフラ整備に加えデジタル、海洋協力、サプライチェーン、電力、人・知の6分野での連結性を高めるために協力すると宣言しました。
このイニシアティブの中では、金額・案件数ともに交通インフラ整備が重要な位置を占めており、円借款の主要な交通プロジェクトを合計すると約2兆8000億円にのぼります。地政学的に重要な拠点を〝質の高い〟インフラでつなぐことは、ASEAN地域全体の連結性を高め、成長や安定への貢献につながります。
交通分野では03年に「日・ASEAN交通連携」が創設され、毎年の交通大臣会合を通じて協力関係が強化されています。昨年はラオスで大臣会合を開き、33年までの10年間を見据えた「ルアンパバーン・アクションプラン」を採択しました。このアクションプランも〝連結性〟の強化を重視し、①人と人との連結性強化、②強靱なサプライチェーン、③包摂的でアクセシブルな交通④安全安心な交通、⑤脱炭素・持続可能な交通の五つの柱で構成されています。
近年ASEAN側からSAF(持続可能な航空燃料)や船舶の代替燃料への支援を強く求められるなど、交通分野でも環境問題が〝待ったなし〟の状況となっており、アクションプランで初めて脱炭素・持続可能な交通という文言が柱として取り入れられています。また、これまでも交通連携の枠組みで人材育成に力を入れてきましたが、今回のアクションプランにおいても、5本柱の下でスタートする合計26件のプロジェクトでそれぞれ人材育成のプログラムを導入し、ODAを卒業した国も参加できるようになっています。
アップデートされたインフラシステム海外展開戦略
海外展開における政府の役割は〝川上から川下まで〟、つまり受注から完成後の管理まで政府が関与していくことが重要になります。売り込みの段階から政府がトップセールスを行うなど官民一体となって案件を獲得する努力をしていますが、その際にわが国の強みとして、〝質の高いインフラ〟の考え方をアピールしています。
私たちは、日本の〝質の高いインフラ〟には四つの強みがあると説明しています。まずホスト国に理解してもらいたいのは、〝ライフサイクルコスト〟の概念です。建設費だけでなく、壊れにくいこと、修理のしやすさなど中長期的にかかる費用を含めて考えれば、日本のインフラはコスト面で他国に劣るものではありません。二つ目は〝技術移転〟で、完成した後の維持管理のための人材育成も担えることが日本の強みです。それから、建設中に事故や災害が起きてもしっかりと工期を守れる〝確実性〟が高いという実績。四つ目が〝高い技術力〟で、環境問題への対応やデジタル技術の活用、防災や安全性など、相手国のニーズや時代の要請に応える技術もあると説明しています。
インフラシステムの海外展開には、このような政府の一貫した関与が欠かせないことから、政府では13年に最初の「インフラシステム海外展開戦略」を策定して以来、戦略に基づき官民一体の取り組みを進めてきました。この戦略は20年に改訂し、DX、GX、SDGsといった新たなニーズやコロナ禍への対応、FOIPの実現も盛り込み、インフラ受注額を25兆円から25年までに34兆円に伸ばすというKPI(重要達成度指標)を設定しました。その後23年6月に戦略の「追補」が閣議決定されていますが、この追補は「インフラシステム海外展開」の大枠は維持しつつ、コロナ禍後にさらに重視されているDXやカーボンニュートラルに対する対応強化や、台頭してきたグローバルサウスへの対応、22年2月に始まったロシアのウクライナ侵攻等、高まる地政学的リスクに対応する体制強化等も取り込みました。なお、ロシアのウクライナ侵攻に関しては、23年に、日本で開催されたG7交通大臣会合にウクライナ前復興担当副首相も参加して、ウクライナ国内の交通インフラをより強靱で持続可能な形で復興することの重要性について確認しました。今年2月には「日・ウクライナ経済復興推進会議」を開き、両国の首相が登壇して復興へ向けた56本の協力文書を締結しており、引き続き政府全体で復興支援に取り組んでいます。