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増加する自然災害と対策としての砂防政策/国土交通省 草野 愼一氏

災害対策としての砂防政策とみどり(自然)の活用

――「流域治水」についてのお話がありましたが、流域治水時代の砂防事業の展開として、いくつかの取り組みを進めていると伺いました。この点についてはいかがでしょうか。

草野 土砂・洪水氾濫や流木対策についてですが、被害を最小限に抑えるためには、災害がいつ・どこで発生するのか、発生しやすい地域・場所(エリア)はどこになるのか――をある程度きちんと調査し、抽出しておく必要があります。国土交通省ではそのためのマニュアル作りを行い、現在は全国の都道府県でマニュアルに基づいた調査を実施してもらっています。また流木対策としては、林野庁と連携して流木が発生しないように健全な山林の育成・管理が進むように調整も行っています。

 それ以外にも、「いのち」を守る、「くらし」を守る、「みどり」で守るといった標語を掲げて砂防事業を進めています。災害対策ですので「いのち」や「くらし」を守ることの重要性については言うまでもありません。まずは人命第一であり、その上で家屋はもちろん、生活に不可欠な重要インフラである道路や電気施設に被害を及ぼさないことが重要になります。

 そして「みどり」で守るについてですが、これは別に山林を土砂災害から守るといった意味ではありません。意味合いとしてはみどり=自然を活用することで被害を抑える、今でいうグリーンインフラやEco-DRR(Ecosystem-based DisasterRisk Reduction)、自然の力を使うNbS(Nature-based Solutions)などがあてはまると考えています。こうした自然の力、みどりの力を生かした取り組み、そういった手法をもう少し見直してもいいのではないかと思っています。

(資料:国土交通省)
(資料:国土交通省)

――世界的な潮流として環境保全や自然保護に関心が高まる中、みどり=自然の力を活用した防災政策というのは素晴らしいと思います。何か具体的な取り組みはあるのでしょうか。

草野 そうですね。砂防事業としては若干古いものではありますが、代表的な取り組みとしては「六甲山系グリーンベルト整備事業」が該当します。「六甲山系グリーンベルト整備事業」は1995(平成7)年に発生した阪神・淡路大震災によって斜面崩落や地すべりの危険性が高まった六甲山系を、一連の樹林帯(グリーンベルト)を守り育てることで土砂災害の発生を抑制するとともに、緑豊かな都市環境、景観を作り出そうという構想です。

 今後の「グリーンインフラ」については、自然の持つ機能や仕組みをインフラ整備に取り入れる方法ですので、砂防事業においてはグリーンベルト整備事業のように土砂災害防止に向けた樹林帯の活用や砂防堰堤の設置と周辺樹林を調和させるといった取り組みをイメージしています。

――これまでの砂防政策の効果として、土砂災害などによる被害の拡大を防ぐ砂防関係施設の効果事例も報告されていますが、代表的な事例としてはどういった施設があるのでしょうか。

草野 代表的な事例というわけではありませんが、私自身の現場経験の中で非常に効果があったと感じた事例に「梨子沢第2砂防堰堤」があります。長野県南木曽町に設置された堰堤ですが、2014年3月末の完成から4カ月後の7月9日に土石流が発生。当初の計画では3万7000㎥の土砂堆積を想定していましたが、実際の災害では5万4000㎥という大量の土砂をせき止めてくれました。この時の土石流でお一人が亡くなられ、災害を完全に防ぐことができなかったのは非常に残念でした。しかし、この堰堤の完成が少しでも遅れていれば、さらに甚大な被害が発生したことは明らかであったと思います。

(資料:国土交通省)
(資料:国土交通省)

 また17年の「九州北部豪雨」では、福岡県朝倉市や東峰村で41名の方が土砂・洪水氾濫によって亡くなりました。以後、土砂・洪水氾濫が発生した赤谷川周辺に新たに30基の砂防堰堤が設置されました。その後、昨年7月に雨の規模としては九州北部豪雨と同程度の雨が降りましたが、新設された堰堤のうち19基が土砂をせき止め、本件による死者、そして家屋被害もゼロという効果があがっています。

(資料:国土交通省)
(資料:国土交通省)

防災意識の向上に向けたソフト対策

――激甚化・頻発化する自然災害に対し、防災知識の普及・促進、また防災意識を高めることは災害対策としても非常に有効だと伺っています。では、そのための施策・取り組みなどがありましたらお聞かせください。

草野 防災においてハード対策は重要ですが、防災意識を高めるソフト対策も非常に重要になります。そのため国土交通省では、まずは一番大切な
いのちを守るためには何が必要か、どういった行動が求められるのか、そうした防災意識を向上させるための取り組みとして、毎年6月を「土砂災害防止月間」と定めて全国でさまざまなイベントを開催しています。そうしたイベントの一つに毎年全国持ち回りで実施している「全国の集い」があり、42回目となる今年は広島県で開催することになっています。この全国の集いでは有識者などによる基調講演やパネルディスカッションが行われますが、最新の災害対策に触れる良い機会であり、意識向上という点では大きな意義があると思っています。

 それ以外に近年、注力している取り組みとして、砂防堰堤などを実際に見て、学び、体験できる「ダイナミックSABOプロジェクト」があります。堰堤などの砂防施設は山間奥地などに設置されているので通常であれば目にする機会はあまりありません。しかし、きちんと安全を確保した上で、施設を見学し、体験することができる本プロジェクトであれば、防災意識を高めるとともに観光的な要素もあるので地域活性化にも役に立つのではないかと期待をしています。

――これから本格的に雨(梅雨)、台風の季節を迎えます。最後に防災や土砂災害対策(砂防政策)の実現に向けた国土交通省(砂防部)の取り組み、その実現に向けた想いや意気込みについてお聞かせください。

草野 改めて言葉にするまでもありませんが、災害はいつ起こるかわかりません。もし発生時期を正確に予見できれば、防災施設などは発生に間に合うよう建造すればいいことになりますが、そんな正確な予測技術は存在していません。他方で、南木曽町の「梨子沢第2砂防堰堤」の事例のように、施設の完成時期が数カ月違うだけで甚大な被害が生じることも現実です。

 土砂災害はいつ起こるかわからない。だからこそハード施設の整備については完成目標を定めたならば、それを簡単に延期することなく着実に計画的に進めていくことが重要だと思います。

 加えてソフト対策です。防災意識の向上など個々の意識改革は継続的な取り組みが必要なテーマになります。そのために引き続き情報発信に努めるとともに、「ダイナミックSABOプロジェクト」のような新しい取り組みも加えながら「避難してもらうこと」、あるいは「危険な場所から安全な場所に移り住んでもらうこと」などについての施策を国土交通省としてこれからも進めていきたいと考えています。

――本日はありがとうございました。
                                                (月刊『時評』2024年6月号掲載)