2024/12/20
――①の改正に関し、3歳以後において事業者が措置するメニュー5項目の中にテレワークがありました。テレワークはコロナ禍以前から導入が求められてきましたが、今般においてはより重きをなしているように思われます。
菱谷 ご指摘の通りです。通勤時間を要しないテレワークならではのメリットは確実にあると思います。このため、今回の改正では、0~3歳までの期間について、テレワークを一律努力義務とした上で、当該期間中の事業主に措置義務として設けてきた短時間勤務制度について、同制度を設けられない事業者が講じる代替措置の選択肢の一つとしてテレワークを追加しました。
また、3歳以後は柔軟な働き方を実現するための措置の五つの選択肢のうちの一つという位置付けです。テレワークできない仕事、職種もあるとは思いますが、可能なところについては、是非積極的に取り組んでいただきたいと思います。
――男性社員育休取得率低迷の主因として指摘された、取得に伴う収入減へ対応はどのように。
菱谷 これまでは、育休を取得した場合、育児休業給付金として180日までは賃金の67%、180日経過後は50%が支給されていました。とはいえ、この期間は社会保険料が免除になり、育児休業給付金も非課税なので、67%といっても実質手取りは8割相当でした。それを今回の改正では、子の出生直後の一定期間以内に男女がともに14日以上の育児休業を取得した場合に、最大28日間、給付率を80%(手取りで10割相当)に引き上げ、休業取得前の収入と同水準を確保できるように改めました。
また、短時間勤務制度を選択した場合も賃金が下がりますので、2歳未満の子を養育するため、時短勤務をしている場合の新たな給付として、育児時短就業給付を創設しました。給付率は、時短勤務中に支払われた賃金額の10%です。これら育児休業給付の給付率引上げ、育児時短就業給付とも2025(令和7)年4月1日から開始予定です。
――お伺いしますと、新たな義務化などの大きな改正点が多々ありますが、これら一連の制度改正について課長のご所感はいかがでしょうか。
菱谷 私は、以前、当課の前身である職業家庭両立課に在籍し、平成21年改正法に携わったことがあり、今回、15年ぶりに課長として戻ってみると、当時と比べ状況が改善していることが多々ある反面、出産か就業継続かを選択する二者択一構造は未だ払しょくしきれていない、またL字カーブも解消されていないなどの状況をみて、今回の改正を実効たらしめるなど、もう一押しの対策が必要との思いを強くしました。
仕事を代替する人への支援を
――各種改正の効果については、少し中長期に捉えるべきでしょうか。
菱谷 そうですね、例えば育児・介護休業法改正の目的は少子化対策ですよね、というお訊ねを良く受けるのですが、正誤相半ばというところです。妊娠・出産・育児という人生の重要イベントに当たって、当該労働者が希望するキャリアの継続ができるよう、法律的に措置したのが育児・介護休業法であり、第一義的には、こうした雇用環境の整備に向けた取り組みを進めていくのがわれわれの仕事だと認識しています。ことに人口減少、労働力人口減少時代に向け、介護の問題も含め、それぞれ家庭状況を異にする社員・労働者が安心してその能力を発揮していける環境を整備しなければなりません。
共働きが一般化する中、育児・介護休業法によって労働者が安心して出産・育児できるようになれば、それは間違いなく少子化対策にも資するでしょうから、非常に大切な取り組みだと思っています。
――今後の順次施行に当たって、課題となりそうな点などはいかがでしょうか。制度は設けても運用面での実効性、あるいは経営者・上司だけでなく職場全体の制度に対する理解など、有形無形の課題も想定されるかと。
菱谷 育児・介護休業法もだいぶ産業界に膾炙した感がありますが、取組状況を見ると大企業と中小企業とで差があるのも事実です。従って今後、中小企業において今回の改正をどう実行していただくかが課題だと思っています。
このため、周知広報に注力していくのはもちろんのこととして、中小企業の実態として、育休取得者が出ると人的にカバーしきれない、そのしわ寄せが他の職員に及ぶ等の点から、社員間で育休を取りにくい雰囲気になっているような実態への対応が必要と考えています。業務効率化などトップのマネジメントも重要ですが、それにも限界はあるでしょう。
そこで、今回、中小企業向けの両立支援等助成金を大幅に拡充しています。特に、育休中等業務代替支援コースとして、育休を取得した当人に代わり、業務を代替する周囲の労働者に対して、企業が手当金などを支給した場合にその4分の3を助成するなどの支援を行っていくこととしています。予算額も、令和5年度が100億円、6年度は181億円でしたが、令和7年度概算要求では358億円に大幅拡充しており、是非、積極的な活用を図ってほしいと考えています。
人的資本経営の観点から
――社員が育休を取得し、柔軟に働いている企業ほど市場の価値や評価が上がるようであれば、さらに育児と仕事の両立について理解が進むところです。
菱谷 まさしく仕事と育児・介護の両立支援の取り組みは、企業にとって人材不足に対するリスクマネジメントであり、SDGsの理念であるサステナビリティそのものです。また、2023年3月決算以降から、「有価証券報告書」において人的資本の情報開示が義務化され、女性管理職比率や男女間賃金格差等とともに、男性の育休の取得状況なども開示項目に記載されました。
今年6月に行った調査では、学生を対象に育休取得の実績が無い企業に就職したいかどうか問うたところ、大半からNoの回答が寄せられました。男性の育休取得率の公表義務の対象も拡大していく中で、優秀な人材の確保に当たって柔軟な働き方のできない組織、両立支援が整備されていない企業は若者から忌避されるでしょう。人的資本経営の中で両立支援施策を打ち出していくのは、今後の企業の人材戦略において非常に重要だと言えます。
――今般の施策施行に当たり、関係省庁との連携などはどのように。
菱谷 育児休業、介護休業等については、やはり保育所や病児保育、放課後児童クラブ等や、介護施設、デイサービス等の体制整備と非常に密接に関係しています。
待機児童問題は言うまでもありませんが、地域におけるこれらの体制整備が前提となる部分も大きく、全てを企業や個人の働き方に負わせることはできません。子育て施策や介護施策と、企業における環境整備がうまく連動していけるように、こども家庭庁や省内の関係部局などとの連携も重要です。また、介護に関しては、利用できるサービスと、企業における柔軟な働き方をどう組み合わせるか、というソフト面での相談支援体制なども重要だと考えています。人々の生き方、働き方、暮らし方の相関とも言うべき構図の中で、こうした方々を支えられるような仕組みにしていく必要があります。
――産業界を中心に、誌面を通じてメッセージなどございましたら。
菱谷 労働力人口が減少し、人手不足が恒常化していく中、仕事と育児の両立環境を整備するのは企業にとって必須の要件として求められていくでしょう。両立環境を整えることは、優秀な人材を繋ぎとめる術の一つでもあります。持続的な企業活動のためにも、そこで能力を発揮し、生き生きと働こうとする人々のためにも、ぜひ両立支援に積極的に取り組んでいただきたいですね。国においても各種支援措置を講じていますので、大いに活用していただければと思います。
――本日はありがとうございました。
(月刊『時評』2024年11月号掲載)