2024/12/20
少子化に拍車をかける主因の一つに、仕事と子育ての両立の難しさ、家事・育児の負担が依然として女性に偏っている状況などがある。各家庭の事情に合わせた柔軟な働き方が認められていない、母親への育児負担が過重になる、あるいは育休を取得した間の収入減がネックになる等々の重層的状況により、継続就業を断念したり、出産の希望が抑制されるという課題が未だ解決されていない。そこで、本年、これらの課題解決に向け、共働き・共育ての実現に向けた育児・介護休業法が改正された。2025(令和7)年4月からの順次施行を前に、そのポイントを菱谷課長に解説してもらった。
厚生労働省 雇用環境・均等局職業生活両立課長 菱谷文彦氏
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男性が育休をもっと取得するために
――今年の通常国会で、「育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律(以下、育児・介護休業法)及び次世代育成支援対策推進法の一部を改正する法律」が成立しました。改正の背景には、育児・介護に関わる働き方の課題があろうと思われます。今回の特集では「育児」に焦点を当てることとしていますので、まずは背景となる現状から教えていただけましたら。
菱谷 わが国の主要課題である少子化への対応については、共働きが一般的になっているにもかかわらず、仕事をしながら子どもを産み育てる環境、つまり育児世代の働き方のありようや、家庭内における家事・育児分担に見直すべき点があるのでは、との指摘があります。
以前と比べ、「結婚」を機に離職する女性は少なくなりましたが、現在でも「出産」を契機として仕事を辞める女性が3割おり、とくに非正規雇用の方は6割が離職しています。また、女性の年齢階級別就業率を見ると、子育て世代が離職するいわゆる「M字カーブ」は解消されつつありますが、その内訳をみていくと、正規雇用労働者比率は25~29歳をピークに下がり続け、年齢が上昇していくにつれ非正規雇用労働者の割合が増加する、いわゆる「L字カーブ」が固着化しています。
――継続就業への主たる阻害要因というと。
菱谷 出産・育児を理由に離職した女性のニーズをみた調査によれば、「仕事を続けたかったが、仕事と育児の両立が難しかった」という声が最も多く、特に正社員だった女性は、「勤務先に短時間勤務制度や残業を免除する制度など両立できる働き方の制度が整備されていなかった」が最多となっています。働き方をめぐるルールにも、家庭内の家事・育児分担にも、それぞれに課題があるのだろうと思います。ちなみに、6歳未満の子がいる世帯で共働き夫婦の家事関連時間を比較すると、妻が1日6時間32分であるのに対し夫は1時間57分と3・4倍の差があり、また国際的にも日本は女性が家事分担をより負担する傾向にあります。一方で、夫の家事・育児時間が長いほど妻の継続就業率が高いことや、第2子以降の出生割合が高いことが統計に表れています。つまり、女性だけに家事・育児の分担が偏ってしまうと、継続就業が難しかったり、第2、第3子の出産につながらない遠因にもなっています。
――それ故、夫ももっと育休を取得して家事をすることが求められるわけですね。最近では男性社員の育休取得も進んでいるようですが。
菱谷 2023(令和5)年12月に閣議決定された「こども未来戦略」では、共働き・共育てを定着させていくための第一歩が「男性育休の取得促進」であると位置付けています。男性の育休取得率は長らく低迷していましたが、近年は上昇基調をたどり、直近の調査では取得率30・1%まで上昇しました。そのきっかけは「令和3(2021)年育児・介護休業法改正」により、労働者が職場で妊娠・出産の申出をした段階で、事業主はその労働者に個別周知、すなわち育休制度や育児休業給付があることを知らせるとともに、それを取得するかどうか意向確認するよう義務付けた点にあると考えています。おめでとう、と言われるだけではなく、制度があると伝えられ、それを取るつもりがあるか聞かれるわけですから、以前に比べて取得しやすくなっているのは間違いないと思います。しかし、同戦略では、男性の育児休業取得率について2025(令和7)年に50%、30(令和12)年に85%という高い目標を掲げていること、女性の取得率84%に比べれば、まだまだ差があることを踏まえれば、さらなる取得率向上が必要です。
――男性社員が育休を取らない主な理由と言いますと。
菱谷 複数回答のアンケート調査によると「収入を減らしたくない」が約4割、「職場が育休を取得しづらい雰囲気、取得に対する上司や職場の理解が無い」22・5%等が上位を占めています。従って、こうした現状の課題に対し、制度面から改善を図り、解消に努める必要があります。
このため、同戦略では「共働き・共育ての推進」を、主要な柱の一つとして位置付けた上で、出生後の一定期間に男女で育休を取得することを促進するため給付率を手取り10割相当にすることや、育児期を通じた柔軟な働き方の推進に関する取り組みが掲げられ、これらの実現を目指して今般、育児・介護休業法等や子ども・子育て支援法等の改正を行い、それぞれ本年5月末、6月に公布されました。
新たに3歳以降に柔軟な働き方を実現するための措置を義務化
――では前述の現状を踏まえ、どのような改正を行ったのでしょう。
菱谷 概要としては、①子の年齢に応じた柔軟な働き方を実現するための措置の拡充、②育児休業の取得状況の公表義務の拡大や次世代育成支援体制推進・強化。これは次世代育成支援対策推進法にも関連しています。③介護離職防止のための仕事と介護の両立支援制度の強化等、の3点で成り立っています。こども関連では、①、②について大きな制度改正を行いました。
まず、①子の年齢に応じた柔軟な働き方を実現するための措置の拡充について。現在は、原則1歳までの子を持つ労働者は育児休業を取得でき、0~3歳までの子を持つ労働者が時短勤務を選べるよう事業主が措置することを義務付けています。このように、出産後当初は育児休業を取ったり、短時間勤務で復職したとしても、子の成長過程に応じてフルタイムで働きたいが、フレックスタイム制度などの「柔軟な働き方」を希望する割合も高くなっています。そこで、3歳から小学校就学前までの子を持つ労働者の柔軟な働き方を実現するため、事業主に、始業時刻等の変更やフレックスタイム制度、テレワーク等(10日/月)、保育施設の設置運営等、新たな休暇の付与(10日/年)、短時間勤務制度、の五つの選択肢の中から、二つ以上の制度を選択して措置することを義務付けました。労働者はその二つ以上の制度の中から一つ選ぶことが可能となります。
――働き方について事業主が複数を選択して措置する義務を課したというのは、大きな改正点ですね。
菱谷 そのほか、0~3歳までの子を持つ労働者が申し出れば所定外労働の制限、すなわち残業免除が認められるのですが、3歳以降は労働者の権利とはなっていませんでした。そこで今回、3歳から小学校就学前までの子を持つ労働者についても所定外労働の制限が認められるよう、対象となる子の年齢の範囲を拡大しています。
さらに、前述のとおり、令和3年改正では労働者からの妊娠・出産等の申出段階で育休制度等の個別周知と意向確認を義務付けたことが、男性の育休取得率の向上に効果を上げましたが、今回の改正ではさらに一歩進めました。具体的には、3歳になるまでの適切な時期に、3歳からの柔軟な働き方を実現するための措置の制度等に関する個別周知とその利用の意向確認を義務付けるとともに、妊娠・出産等の申出時と3歳になるまでの適切な時期に、子や各家庭の事情に応じた仕事と育児の両立に関して労働者の意向を個別に聴取することを事業主の新たな義務とするとともに、その意向に応じて業務量の調整や労働条件の見直し等について配慮しなければならないこととしています。これらの措置により、社員個々の多様な育児事情に対して離職を防ぎ、柔軟かつ継続的な働き方が実現できるようになることを期待しています。
――②育児休業の取得状況の公表義務の拡大や次世代育成支援体制推進・進化についてはいかがでしょう。
菱谷 大きなところでは、男性社員の育児休業取得率の公表義務が課される企業の規模を、1000人超から300人超の事業主に拡大しました。企業自らが、男性社員の育休取得率向上に向けて取り組んでいただければと期待しています。
また、次世代育成対策推進法は、有効期限を10年延長するとともに、仕事と育児の両立を図るために策定する「一般事業主行動計画」を策定・変更する際に、男性の育児休業取得率や労働時間等の状況を把握し、改善すべき事情について分析した上で、数値目標を設定していただくなど、PDCAサイクルを確立する仕組みを設けています。