2024/12/20
――なるほど、異なる考え、価値観の人と議論する過程で、他者の意見を尊重する意識も育まれますね。
安井 はい、こうした他者を価値のある存在として尊重し協働する学習は、将来の社会の創り手の育成にも繋がります。知力の養成にとどまらず、同じ社会の担い手として他者を包摂する人格形成も期待したいと思います。
もう一つ、〝探究的な学び〟の充実にも取り組んでいます。これは「正解主義」から脱し、答えのない難しい課題の解決に取り組む主体的な人材の育成のため、与えられた課題への正解を覚える学びではなく、自分で課題を見つけて、その解決に向けて他者とも協働しながら解決策を自ら思考する学習を充実していくものです。変化の激しい現代社会において、こどもの探求学習の充実が今後ますます重要になっていくでしょう。
――具体的には、既存のカリキュラムとは別個に議論や探求機会の枠を新たに設けていくようなイメージで?
安井 各教科の枠の中でも、前述のような新たなアプローチを深めていくことは可能です。またご指摘のような、教科の枠にとらわれない取り組みという点では、「総合的な学習の時間」が設定されています。高等学校でも、今回の学習指導要領において特に探究的な学習が充実されました。このように全体として学校の教育課程自体も、探究を重視した方向へ向かっています。
――新たな価値やイノベーションの創造、多様な意見との議論、知の探究など、日本の将来において期待の高まる内容ばかりですね。
安井 これまでの学校教育における指導の蓄積の上に、こうした目標設定が成り立つものととらえています。もちろん、教室の現場において従来の指導方法を充実するためには、教師がこどもたち一人一人の状況をより的確に把握し、それを踏まえて適切な課題や学習環境を設定するという、個に応じた指導や学習を実現する必要があります。そのためにも一人一人の興味・関心、理解度や特性を把握して、きめ細かい学習を行うことができる教員の指導体制を整備していかねばなりません。
――GIGAスクール構想による端末普及が、個別最適・協働的な学び、あるいは探究型の学びに与える影響についてはいかがでしょうか。
安井 こども達が端末を活用することで、自分のペースで学習を進めていくことができる、あるいは課題について自分で調べる習慣が身に付くことが期待されます。画像や音声も活用しながら学習理解を進めることも可能です。さらに自分の意見や考えを、誰かに発信したり共有することも端末の活用によって円滑化します。そういう意味で個別最適な学び、協働的な学びの具現化に向けて、効果的な状況が整備されたと思います。
――学校現場でデジタルに過度に依拠すると、むしろ人間関係が希薄化するのでは、と懸念を示す向きもあるようですが。
安井 学校教育の中でのGIGA端末の活用は、多様な他者の考えに触れたり、人とのつながり、コミュニケーションを促進するための手段として活用されるものだと認識しています。これまでは授業で学習成果を共有するには黒板に板書しなければならなかったのが、相手と共有したいと思うことを、端末によって直ちに効果的に表現できるようになっていますし、物理的距離を越えた海外との交流も可能です。むしろこれまでの物理的制約の中で得られなかった、異なる文化との交流も期待されるという点で、デジタルを活用していければと思います。
――成長過程で情報リテラシーについて学べるのも大変良い機会ですね。
安井 進展する社会のデジタル化の中で、自分たちの人生、生活を豊かにしていくために、学校教育の段階からツールや技術を活用できる知識に加え、情報社会での行動に責任をもち、自他の権利を尊重する態度を、こどもたちが身に付けられるようにしていくことが必要です。
「主体的・対話的で深い学び」の実践で課題解決に臨む
――現在、学びをめぐる各種社会問題については、どのような施策で対応を図っているのでしょうか。
安井 前述したこどもの貧困の関係では、まず教育費の負担軽減に取り組んでいます。高校段階については、就学支援金による授業料支援や、低所得世帯の授業料以外の教育費負担軽減のための奨学給付金が充実されています。また令和元年10月から幼児教育・保育の無償化もスタートしました。
さらに学校教育と福祉の連携、という点では学校におけるスクールカウンセラー、スクールソーシャルワーカーの配置を充実させながら、教育相談の機能を高めています。また、家庭の社会経済的背景が学力に影響するのは、経済面だけでなく文化的状況の違いが学力に影響している面があります。この点は学校の学習活動を充実させることで格差の是正を図ることができるので、公教育の責務として学力保障をしていく必要があります。国の学力調査においても、「主体的・対話的で深い学び」に取り組んだ学校の児童生徒は、仮に低いSESであっても、高いSESながら「深い学び」の充実に取り組めていない児童生徒より、各教科の正答率が高いことが明らかになっています。
――家庭の状況は影響しつつも、学校での学びによってそれを変えることができる、ということですね。
安井 それ故に、経済的に困難な状況にあるこどもの多い学校に、教師のより重点的な配置を行い、学力保障のための学びの充実の実践を図っています。
不登校の問題については、昨春から「誰一人取り残されない学びの保障に向けた不登校対策」( COCOLOプラン)を開始しました。不登校のこどもたちに学びの機会を提供するために、特別なカリキュラムを設定した「学びの多様化学校」を各地に設置しています。また、通常の教室では登校しにくくとも、まずは学校に来て学習できるよう、校内教育支援センターの設置を進めており、全国1万2000校あまりに拡大しています。GIGA端末を活用してこどもたちの「心の健康観察・教育相談」も進めているところです。そのほか、日本語指導が必要なこどもたちが増えていることに対しては、日本語の指導を行う教員を配置するよう法改正しました。
――こどもは社会の宝ですので、学校・地域で大切に育成しなければなりませんね。
安井 冒頭で申しましたように、日本は欧米に比べて学校が担う役割が幅広く、こどもの育成に関して大きな比重を占めています。一方でそれが学校・教師の業務拡大につながる面がありますので、学校・教師が最も注力するべき業務を改めて見定め、教師が教師でなければできないことに集中して指導の質を高めていくことが学校教育の質の向上にもつながります。従って保護者、地域一体となって、学校・家庭・地域の役割分担を考えながら教員の働き方を変えていく必要があろうと思います。
また現在の学習指導要領においては、「社会に開かれた教育課程」を掲げています。すなわち、学校で学ぶ内容の素材やテーマを、より地域に密着したリアルな学びに近づけ、また人材面でも先生だけでなく地域や産業界の方々に参画してもらって、実社会につながるような学びに高めていくことを目指しています。
――課長から、誌面を通じて自治体へのメッセージなどをぜひ。
安井 学校の設置者は各地方自治体であり、学校教育は自治体の方々との緊密な連携なしには進められません。
地域のさまざまな問題を学習課題とすることで、こどもたちの学びが実社会に即したリアルなものとなり自分の問題として探求的な学びが充実すると同時に、地域のことをより深く知り課題意識を持つことで、将来の地域社会を支える人材の育成に繋がります。地域や社会との密接な関わりの中で学校教育を充実し、こどもたちの育成に向けて、最善の努力を尽くしたいと思います。
――本日はありがとうございました。
(月刊『時評』2024年11月号掲載)