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“ 探究的な学び” で新たな時代の学びの転換を/文部科学省 安井順一郎氏

特集:わが国のこども政策をめぐる展望

やすい じゅんいちろう/昭和49年3月生まれ、大阪府出身。京都大学法学部卒業。平成9年文部省入省、29年文部科学省高等教育局高等教育企画課大学設置室長、31年大臣官房人事課人事企画官、令和3年文化庁参事官(文化創造担当)、4年初等中等教育局教科書課長、5年8月より現職。
やすい じゅんいちろう/昭和49年3月生まれ、大阪府出身。京都大学法学部卒業。平成9年文部省入省、29年文部科学省高等教育局高等教育企画課大学設置室長、31年大臣官房人事課人事企画官、令和3年文化庁参事官(文化創造担当)、4年初等中等教育局教科書課長、5年8月より現職。

 少子化人口減が進むわが国において、次代を担うこどもの教育を担う学校の重要性はますます高く、またその役割は多岐にわたる。こどもをめぐる社会環境の変化、そして課題も多様化する中、文部科学省ではデジタルも駆使しながら、新たな観点から一人一人に対するきめ細かな教育を実現するべく施策を展開している。今回は安井課長に、2023年(令和5年)度からスタートした新たな「教育振興基本計画」の内容を中心に、今般の初等中等教育の方向性について解説してもらった。

文部科学省 初等中等教育局財務課長 安井順一郎氏

日本の学校が果たす三つの役割

――学校教育のありようは、時代を問わず常に社会の注目を集めます。改めて、学校教育の意義についてお願いできましたら。

安井 こどもたちが将来、次世代の社会で自立して幸福に生きていくことをどのように支えていくか、そして一人一人の資質・能力を高めていくことによって、将来のわが国の発展を支える社会の担い手を育成することが教育の使命であろうと思います。学校がこのような社会の負託にこたえるべく努力してきた結果の一つの表れとして、OECDのPISA2022(生徒の学習到達度調査)では、日本の生徒の数学的リテラシーおよび科学的リテラシーは加盟国中第1位と世界トップレベルの水準を示していますが、こうした知力の面はもちろんながら、日本の学校は大きく三つの役割を果たしていると考えられます。

――その役割とはどのようなものでしょう。

安井 一つ目はこどもたちに学習の機会と学力を保障する、二つ目は全人的な発達を保障する、三つ目が、人と安全・安心につながることができる居場所としての福祉的役割を担う、という3点です。この点、教科の学習指導に限定されることの多い欧米の学校とは、大きく一線を画しています。〝知・徳・体〟の語に代表されるように、子どもたちの存在をトータルに捉え、全人格的な成長を図るところが、日本の学校教育の大きな強みであり、こどもたちの育成に教育がより大きな役割を果たしていると言えるでしょう。コロナ禍による休校を経験し、これらの学校教育の役割の重要性が改めて認識されたと思います。

――他方で現在、学校を取り巻く社会環境の変化によって、さまざまな課題や問題点なども生じています。

安井 将来予測が難しいこの時代、答えのない問いにどう対峙し、自ら担い手として社会の発展に寄与するような人材を、学校はいかに育成していくべきか。知識の習得にとどまらず、自ら解決すべき課題を見出して主体的に思考し、他者と協働しながら解を導き出していく資質・能力をどう涵養するかが問われるところです。

 とはいえ、これらの理念を全てのこどもたちに実現する上で、こどもの貧困などさまざまな問題点が指摘されているのも確かです。こどもの貧困に関しては、直近の調査で貧困率11・5%(厚生労働省「国民生活基礎調査」(2022年))という状況です。家庭の社会経済的背景(SES)がこどもの学力に影響を与えることは、国内外の調査においても確認されており、これら社会的背景が教育の成果にも影響し、それが世代間で固定化することが懸念されるところです。個人の能力発揮ができない環境にあることは社会の損失でもあります。

 不登校についても、小中学校合計で約30万人という過去最多を記録し、このうち学校内外で相談を受けていないなど、十分な支援が行き届かず多くのこどもたちが学びにアクセスできていないという実態も浮き彫りになっています。さらに、いじめの重大事案件数も過去最高という状況です。

 また、グローバル化と在留外国人の増加に伴い、日本の学校で日本語指導を要するこどもが日本国籍・外国籍を問わず、ここ10年でほぼ倍増しています。今後の日本社会で対応を求められる課題の縮図が、学校の教室に反映されていると言える状況です。

個別最適な学びと協働的な学び

――こうした現状を踏まえ、新たな「教育振興基本計画」(令和5年度~9年度)ではどのような教育政策を実施しているのでしょう。

安井 大きなコンセプトとして二つの柱を掲げています。まず、「2040年以降の社会を見据えた持続可能な社会の創り手の育成」。将来の予測が困難な時代において、未来に向けて自らが社会の創り手となり、課題解決などを通じて、持続可能な社会を維持・発展させていく人材の育成を目指します。そのためには知識の習得にとどまらず論理的な思考力、表現力を備えた上で課題発見・解決の力・創造力・主体性をどう発揮できるかが問われています。もう一つが、「日本社会に根差したウェルビーイングの向上」です。これらのコンセプトをもとに、今後の教育政策を充実させていきたいと考えています。

――同コンセプトに則り、具体的に五つの「今後の教育政策に関する基本的な方針」が示されていますね。

安井 ①グローバル化する社会の持続的な発展に向けて学び続ける人材の育成、②誰一人取り残されず、全ての人の可能性を引き出す共生社会の実現に向けた教育の推進、③地域や家庭で共に学び支え合う社会の実現に向けた教育の推進、④教育デジタルトランスフォーメーション(DX)の推進、⑤計画の実効性確保のための基盤整備・対話、の五つです。

(資料:文部科学省)
(資料:文部科学省)

――教育DXなどは、GIGAスクール構想に代表されるようにかなり先行・進展しているように思われますが。

安井 そうですね、ハード面における一人一台端末の整備が実現するなど、条件整備に努めてきました。ハードの充実とともに、どのような教育を実現していくためにGIGAスクール構想を推進していくのか、というソフトの部分も重視したいと考えています。

 その意味では、持続的な人材の育成に関連して、〝学びの質の向上〟に重点を置いています。現在の学習指導要領では、「主体的対話的で深い学び」の実現を目指しており、その実践として〝個別最適な学び〟と〝協働的な学び〟の一体的充実を図っています。

 「個別最適な学び」は、こども一人一人の状況に応じたきめ細かな学習を目指すものです。これまでの大規模なクラスの授業ですと、効率性の観点から平均的な学力を基準に、より多くのこどもたちに対する一斉指導方式を採ることが多かったですが、学習の質の向上を目指すためには、これまで以上にこども個人の特性を鑑みながら、学習の進度や到達度に応じて指導方法や教材、学習時間等をより柔軟に設定した学習の在り方にしたいと考えています。また、こどもの興味の喚起や将来のキャリア形成の方向性に応じて、学習の活動や課題をそれぞれ別個に設定することも考えられます。

 「協働的な学び」は、こどもたちが多様な他者との学び合いを通じて、自らの考えを深め創造力を発揮するためのものです。学校で行う学習の在り方も、現実社会で新たな知識や価値、イノベーションが生み出されるプロセスを踏まえて充実していくことが必要です。個別最適な学びを進めつつも、孤立した学びとならないよう、こども同士、あるいは多様な立場の人と議論し、自分とは異なる多様な考えと建設的な対話を行い、学び合う過程を通じて、自己の思考領域を深化・拡大させていく、こういう協働的な学びを一体的に充実させるよう取り組んでいます。