お問い合わせはこちら

産業界からの注目度を増す高専人材/文部科学省 梅原弘史氏

アントレプレナーの先達が後進の指導も

 高専はアントレプレナーシップ教育にも力を入れています。高専の卒業生には起業した人が多く、そうした方々はじめ社会の最前線にいる方にスタートアップ関連の授業をしていただいたり、また寄附講座を設けたりもしています。アントレプレナーのマインドを若い段階から育てていくことは重要であり、学生の起業意識の醸成にも繋がっていると思います。

 徳島県の私立神山まるごと高専は開校して2年目になります。この高専では「起業」を進路の一つに想定しており、卒業後は約4割の学生に起業してもらうことを目指しています。Sansan株式会社の寺田親弘社長が理事長を務めており、さまざまな企業が拠出した110億円を学生への奨学金用の基金として運用することで、学費・寮費を実質無償という形を実現しています。大企業の幹部や起業された方々が来て授業をするなど、普通の高校とも高専とも違う、さらに大学でもなかなか出来ないユニークな教育に取り組まれています。

 令和4年度補正予算ではスタートアップ教育環境整備事業として60億円の予算を措置しました。それぞれの高専に1億円程度補助し、3Dプリンターなど、学生の発想をすぐに試作につなげられる環境が各高専で整備されています

 大学との連携強化については九州沖縄地区が先行して進めています。専攻科の2年間を九州大学工学部の3・4年生と共通課程にして、卒業すると九州大学の学士号と高専専攻科の終了証が双方授与されるというプログラムです。

 高専は技術者にとって必要となる幅広い基礎教育を行いますが、大学工学部はより専門的な見地から工学教育を深めますので、連携プログラムを通じて、より専門性と実践力を兼ね備えた人材を育てていくことができると考えます。現在、他の地域でも高専と大学で連携プログラムの導入を進めているところです。

 また、地域連携の取り組みも進展しています。例えば、徳島の阿南高専は、もともと地域に立地する日亜化学工業などとの連携を進めていましたが、徳島大学や地方公共団体、金融機関なども入って産学官金が連携し、地域一体となって人材育成をしています。

 とはいえ、まずは高専に入学してもらわなければ始まりません。高専生は産業界からは非常に人気が高いのですが、中学校を卒業して高専に入学してもらうことに関しては、まだまだ課題の多い状況です。選ばれる高専づくりとして、小・中学生へのアプローチも積極的に行っています。例えば、小・中学校では新たにプログラミングが必修となっていますが、興味を持った子どもたちに参加してもらえるようなプログラミングコンテストを高専が地域と共同で主催して、技術が好きな子どもを育てていくといった取り組みをしています。また、九州では高専が中心となって半導体教育の普及活動を行っており、それを全国に展開するよう進めているところです。

 進路決定には、本人の意志とともに親の意識が非常に重要であり、親の皆さんにもアプローチして、高専教育の良さをご理解いただき、進路として意識していただきたいと思っています。

海外から、システムの輸入を求める声

 高専は国際展開についてもさまざまな取り組みを進めています。今は国内に閉じたエンジニアでは通用しませんので、グローバルエンジニアとしての価値を高めていけるような教育が重要だと考えています。まず、15~20歳までのうちに留学やインターンシップなどの形で海外に行ってもらう。最初は英語ができなくても、例え短期間でもいいので、とにかく若いうちに海外で刺激をもらって、これから自分たちはグローバルな環境でやっていくのだという意識や気概を育むことに価値があるという方針です。例えば、海外のロボットコンテストに参加して、アウェイの環境で海外の学生たちと競うといった経験は、勝敗を超えて大変貴重なことです。

 また、高専という日本の技術者養成システムはアジア・アフリカ諸国を中心に非常に高い注目を集めています。システムそのものを輸入したいという要請も多く、現在、モンゴル、ベトナム、タイの3カ国で日本型の高専システムが「KOSEN」の名で導入され、それぞれの国の教育体系に根付いています。タイ政府は円借款事業の枠組みの中で1人あたり約100万円の奨学金を毎年出しており、タイ高専の志願倍率は50倍になったこともあります。今年初めて卒業生を24名出しましたが、英語・日本語・タイ語を話し、理論と実践の双方を習得した技術者の卵に対して、現地の日系企業も競って採用したようです。

 モンゴルの高専は今年10年目を迎えます。もともとモンゴルから日本の高専に多くの留学生が来ており、帰国後も産業界などで枢要なポジションに就いている方が多いようです。仙台高専に留学していた学生が教育大臣に就任された例もありました。現在は、10年前に設立されたウランバートルの3校に加え、昨年、地方都市にも3校設立され、計6校になっています。育まれた高度な技術者の中には日本で就職する方も多く、日本における外国人の高度人材の確保に高専が貢献している側面もあります。

 ベトナム政府もかなりの熱意を持って日本型高専システムを導入され、一期生が来年卒業予定です。これら3カ国以外にも多くの国から導入したいというお話をいただいておりますが、導入の際は多くの現職の日本の教員が支援の任に就く必要があり、そもそも国内の教員が不足する中では難しい事情があります。退職教員の活用など工夫をしていますが、海外からのニーズの増加にどのように対応していくかが今後の課題です。

   DCONダイジェスト版
   DCONダイジェスト版


近年、報道等の機会も増えるなど、高専はますます社会が注目する存在となっています。NHKで放映されるロボコンなどのコンテストは世の中に高専を知っていただく機会にもなっていますが、ロボコンの他にも、AI研究で有名な東京大学教授の松尾豊さんが実行委員長を務める「DCON(ディーコン)」も今年で5回目を迎えるなど、さまざまなコンテストが盛り上がりをみせています。

 「DCON」は、高専生がディープラーニングと社会課題解決を結び付けたビジネスプランを提案するコンテストで、優勝すると起業資金が賞金として出されます。各チームが提案した事業は審査員によって企業評価額が決められ、優勝作品の評価額は3億円、4億円にもなる場合があります。実際の投資家の方々が評価しますので、かなりシビアに審査されるコンテストです。他にも、海外チームが参加するなど国際的な広がりを見せている「プログラミングコンテスト」や、主に土木建築系の学生が建物の構造デザインなどを競う「デザインコンテスト」、最近ではSDGsに注目した社会課題解決のための「GCON(ジーコン)」もあります。各コンテストは高専生にとっての〝甲子園〟であり、学生も最大限の情熱を注いで参加していますし、多くの企業が協賛に加わるなど高専生の人気の高さもうかがえます。

産業界から支援を求む

 日本の大学で理系の学位を取得する学生の割合は約35%、そのうち女性の割合はOECD諸国の中でも圧倒的に低い状況です。少子高齢化の中で、今後ますます需要が高まるデジタル人材などについても、このままでは確実に人材不足に陥るでしょう。

 欧米やアジア諸国では、もともと多くの国で日本より理系割合が高く、近年は人材の供給を成長分野にシフトしています。日本政府も、理系学生の割合を世界トップレベルの5割程度まで増やそうと取り組んでおり、3000億円の基金を創設し、大学、高専における理系への学部再編やコース新設といった機能強化への支援を行っています。

      高専紹介動画
      高専紹介動画

 高専は、創造性と実践性を兼ね備えたエンジニアを育成するという高い理念のもと、限られたリソースの中で、教員も学生も本当に頑張っています。高専の熱気と活躍の状況を広く知っていただいて、産業界の皆さまには教育活動への積極的な支援を検討していただければ嬉しく思います。
                                     (月刊『時評』2024年8月号掲載)