2024/12/09
次に二番目の柱、DXでは、①製造現場のDXの活用(スマートマニュファクチュアリング)、②DX活用による経営体制の変革(CX:コーポレート・トランスフォーメーション)、③産業データ連携の導入、が主要課題となっています。
まず①に関しては、個別工程の改善への取り組みは多いのですが、生産工程全体の改善、さらに設計、開発、調達、物流、営業といった広い意味での製造機能の全体最適への取り組みがなかなか進んでいません。各部門を越えて品質、原価、納期、環境管理などを全体最適化する際に参考となる〝考えるための物差し〟として、本年6月、DX関連では初の業務変革に関するガイドラインを策定しました。
自動車、航空機、化学等では、モデルベース開発、AIを用いたシミュレーションの活用、マテリアルインフォマティクスなど、業界を挙げた開発スピード向上のためのDX活用の取り組みも見られます。
次に②は、多様な製品を作り、多くの国で活動しているグローバル企業の経営管理やリソース配分を最適化し、文字通り一つの会社として運営するよう会社を作り替えるCXを進めるためのDXの活用という課題になります。製造業全体の0・6%、資本金10億円超の約1800社が売上の約6割、利益の約8割を上げていますが、海外現地法人や製造子会社が各々独自に経営管理しているケースが多いのが実情です。一方、強いコーポレートを持つワールドクラスの海外大手企業では、地理的・物理的な境界に縛られない最適なレポートラインや権限が設計された組織体に移行しているケースが多くなっています。マーケティングの責任者が拠点の別を問わず各国法人全てのマーケティングを統括する、人事の責任者が各拠点枢要ポストの人事を決定する、という具合です。その前提として、DXを活用し会社の各拠点や各機能を効率的に把握し、全社ベースでの理想的な経営判断・リソース配分に繋げることが必要です。ファイナンス、HRといった部署はバックオフィス機能よりもビジネス担当部署に提案するパートナーとしての役割に重点が置かれ、CFOはCEOへの登竜門と位置付けられています。
③は、多くの企業からデータを収集し加工して、ビジネスや行政で利用する取り組みです。例えば、複数企業が入力したデータに基づき製品のCFPを算定し、取引先がその製品を調達するかを判断する、補助金等の支援対象とするかを決める参考にします。その際の課題は、各社が保有するデータの秘匿性をどう担保するかです。日本企業は、従来、欧州特にドイツ等と比べてデータの共有・連携が苦手でしたが、IPA((独)情報処理推進機構)が「ウラノス」という秘匿性を確保しつつデータを集計する仕組みを開発しました。蓄電池のCFPの算定や化学物質管理の分野などでデータ連携が既に進んでいるほか、自動車業界ではこの夏より自動車のCO2のライフサイクルアセスメント(LCA)の実証に着手するなど、今後のユースケース拡張に向けて徐々に進展が図られています。
最後にDXが製品の競争力、産業構造の変革に直結している分野を紹介します。
まず、自動車ですが、従来のエンジンや蓄電池に加えて、ソフトウェアが車の性能を左右するソフトウェア・ディファインド・ビークル(SDV)が登場し、自動運転の社会実装も進展しています。本年5月に「モビリティDX戦略」を経産省・国交省で策定し、2030年および35年のSDVの世界シェア3割の目標を設定し、技術開発、社会実装、人材育成等を支援していくこととしたところです。
次に、宇宙産業では、小型衛星を小型ロケットで大量に打ち上げ一体運用する産業構造の変革が生じ、衛星が取得する地球に関するデータの取得量・通信量が飛躍的に増加しています。スタートアップ企業等が衛星の製造やロケットの打ち上げ、衛星データの活用、通信分野で新たな社会価値・ビジネスモデルを生み出し、政府もJAXA基金を創設する等、ダイナミックな動きが見られる注目すべき分野となっています。
自国の問題を自国で解決する能力を
主要三本柱の最後、経済安全保障をめぐる国際情勢と政策の方向性を紹介します。現在の厳しい地政学的状況の下で、わが国の企業活動の自律性、優位性、不可欠性を担保する、要は自国の経済の支障となり得る問題を自国および有志国との協力で解決する能力を持とう、というのが経済安全保障の基本的な目標になります。産業支援策(プロモーション)、産業防衛策(プロテクション)、国際枠組みの構築・産業対話(パートナーシップ)を組み合わせて取り組んでいきます。
世界的に開発競争が激しく技術優位を確保することが将来的に大いに有利になる分野、例えばコンピューティングやクリーンテック、バイオ等は基本的に開発を支援し技術優位性を創出する、既に優位性を持つ分野では機微技術の流出・拡散防止を図る、特定国に過度に依存してしまっている分野では自国ないし有志国との協力で代替供給源を開発する、といったことが主な取り組み内容になります。
こうした中で、何が重要な物資・技術に該当するのか、脅威は何かについて共通認識を形成するべく、産業界との対話を進めています。同業種でも技術の重要性の認識に齟齬があり、そのうちの一企業が特定国企業に当該技術を売ってしまえば、同業他社の損害に繋がるケースもあります。サプライチェーン全体での対話も非常に重要です。上流の鉱物や素材の重要性が川下の完成品の企業に理解されていないと、鉱物や素材に十分な価格がつかないために上流に投資されず、結果的に特定国への過剰依存、サプライチェーンの崩壊に繋がる懸念があります。
経済安全保障の対象として大事な分野に半導体や蓄電池が含まれることは異論のないところですが、そのために不可欠な重要鉱物、例えばリチウム、コバルト、黒鉛、ガリウム、レアアースは、その供給を特定国に依存しているケースが多いため、依存度を下げ自国および有志国からの供給を増やす取り組みが非常に重要になっています。この問題を解決するためには、基本的に、①供給途絶に備えた十分な備蓄量の確保、②有志国との連携による上流開発プロジェクトの組成やリサイクルを通じた供給源の多角化、③中下流での価格転嫁も含む長期調達コミットも踏まえた競争力ある価格での供給、に取り組むことが必要です。過去のレアアースショックの事例では、2009年に特定国に85%供給依存していましたが、供給源多角化を図った結果、依存度を現在58%まで引き下げました。
最後に、銅の重要性について。DX・GXの本格化により銅の需要は、今後、飛躍的に増加します。日本企業が権益を持つ南米等での新規銅鉱山の発見は著しく減少し、価格は右肩上がりになっています。地域別ではアフリカが有望視されていますが、さまざまなリスクを乗り越えていく必要があります。JOGMECを通じた資金面も含めたサポートにより、アフリカ含めたフロンティア地域での日本企業の参加を促進し権益獲得に繋げていきたい、日本経済・国民生活の将来のため、新たなフロンティアの開拓に乗り出せればと考えています。
(月刊『時評』2024年11月号掲載)