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製造業をめぐる現状と課題/経済産業省製造産業局長 伊吹英明氏

――今後の政策の方向性を展望する――

いぶき ひであき/昭和42年7月2日生まれ、東京都出身。東京大学経済学部卒業。平成3年通商産業省入省、26年製造産業局自動車課長、29年中小企業庁長官官房総務課長、令和元年内閣官房内閣審議官 兼 東京オリンピック競技大会・東京パラリンピック競技大会推進本部事務局企画・推進統括官、3年経済産業省近畿経済産業局長、5年7月より現職 兼 大臣官房グリーン戦略推進室長。
いぶき ひであき/昭和42年7月2日生まれ、東京都出身。東京大学経済学部卒業。平成3年通商産業省入省、26年製造産業局自動車課長、29年中小企業庁長官官房総務課長、令和元年内閣官房内閣審議官 兼 東京オリンピック競技大会・東京パラリンピック競技大会推進本部事務局企画・推進統括官、3年経済産業省近畿経済産業局長、5年7月より現職 兼 大臣官房グリーン戦略推進室長。

 わが国経済の基幹を為す“モノづくり”すなわち製造業は常に時代の変化、外部環境の変動に左右されながらも高い技術と品質を維持し、今では海外展開が活況を呈している。今後、製造業がグローバルな潮流の中でさらに確固たる位置付けを守るためには、GX、DX、経済安全保障への対応が不可欠だ。個別産業群もそれぞれ重要な政策が策定されているものの、まずは今回、伊吹局長に製造業をめぐる概況と、この主要な命題について方向性を示してもらった。


日本経済の潮目の変化:国内投資、賃上げの好転と海外展開の進展

 幅広い分野を所管する製造産業局ですが、現在、大きな政策テーマとしては、「GX」(グリーントランスフォーメーション)、「DX」(デジタルトランスフォーメーション)、「経済安全保障」が主要三本柱となります。今回は主にこの三つの柱を中心にお話ししたいと思います。

 まず国内投資の状況を見てみると、2023年度の設備投資は、半導体、蓄電池への投資を中心に初めて100兆円の大台を超え潮目の変化が見られます。経団連では27年度目途に115兆円との目標を設定しています。政府ではこうした目標も踏まえて「国内投資促進パッケージ」を取りまとめ、当時の岸田総理は官民連携でこの目標を達成すると表明されました。現在の経済政策は、国内投資を促進し、生産性・収益を上げて、賃上げに繋げる好循環を生み出すことを基本方針としており、主要な投資テーマであるGX等三本柱に関する投資を活発化させ、製造業の競争力強化、サプライチェーンの強靱化を図っていきます。

 実質賃金を見てみますと、過去30年間横ばいを続け、それに伴い個人消費も低迷してきました。マクロ経済の観点からは、実質賃金を上げ、消費の喚起に繋げていく必要があります。23年の春季労使交渉での賃上げ率3・58%に続き、24年には5・1%、中小企業でも4・45%と30年振りの高い賃上げ率となりました。一方、中小企業では人手確保のために防衛的に賃上げをせざるを得ない状況にあるとの見方もあり、国内投資に加え、適切な価格転嫁を行い、中小が持続的な利益を確保した上で適正な賃上げをできるようにすることが重要です。

 その中で、わが国の製造業は、売上高は400兆円程度でここ30年ほど横ばいを続けています。純利益はリーマンショック等の時期に一時的に落ち込みましたが、全体的には右肩上がりで上昇し、直近では利益額、利益率とも1990年代の倍のレベルに達し、最高益の更新を継続しています。デフレの時期には選択と集中に取り組み収益を確保することが経営上の主要な課題でしたが、インフレ、成長型経済への潮目の変化を迎えている現時点では、売上げのトップラインを引き上げることが大きな経営課題となってきています。

 収益の構造を見てみると、営業外損益が2000年代半ばから大きく上昇しており、製造業の海外展開が企業の収益に大きく貢献している姿が見てとれます。主要500社の海外売上比率で見ても53%と5割を超え、従業員数全体の6割超を海外法人で占める状況となっています。

 こうしたデータを踏まえると、グローバルに活躍する製造業は、今後の競争力の糧となるGX、DX、経済安全保障関連に国内でしっかり投資しつつ、グローバル展開を進め成長する海外市場で売り上げと収益の果実を上げていくのが基本的な戦略になると考えられます。

多排出(Hard-to-Abate)産業におけるGXがカギ

 では、主要三本柱での取り組みを製造業での事例も踏まえて紹介していきます。

 まず、GX、すなわちカーボンニュートラル(CN)への対応について。わが国のCO2排出量は2020年度時点で10・4億トン、そのうち製造業からの排出が36%占め、鉄鋼、化学、窯業・セメント、紙・パルプなど素材産業で2・5億トン、製造業全体の約7割にのぼります。これら多排出(Hard-to-Abate)産業のGXが日本全体のCN実現へ向けた重要な課題と位置付けられています。

 GX政策は、国による先行投資支援と、カーボンプライシングを含めた規制・制度を政策の両輪として、CNの実現と産業競争力の強化の両立を進めていくものです。GXの実現には、技術開発の加速化、生産プロセスの転換のために巨額の投資が必要となります。そのため国から20兆円規模の支援を行い、官民合わせて計150兆円超の投資の実現に繋げていきます。将来的には、炭素価格が各商品の価格に反映されるカーボンプライシングにより、GX関連製品・事業の競争力を高めることを目指しますが、移行期において消費者がどう受け入れるかがポイントとなるため、各種規制の導入や、消費者向け導入補助金、グリーン調達などにより、グリーン製品の市場を作っていく政策も重要になります。またカーボンプライシングは、政府の先行投資20兆円の財源としての意味もあり、先に投資をして後から回収する手法を取っているということになります。

 2023年5月に閣議決定されたGX基本方針に基づき、国の複数年度にわたるコミットメント、規制・制度的措置の見通しを示すべく、同年12月に22の産業分野において「道行き」を分野別投資戦略として提示しました。

 「素材」分野は、鉄鋼、化学、紙パルプ、セメントの4業種で構成され、例えば鉄鋼では、従来の高炉から大型革新電炉への転換による高付加価値鋼板の生産、現在の炭素還元を将来的に水素還元に変える研究開発への支援等の方針が示されています。化学では、化石燃料からアンモニア等への燃料転換、バイオ利用やケミカルリサイクル等の原料転換が方向性として示されています。紙パルプでは、石炭から黒液等への燃料転換、バイオリファイナリー産業への転換を支援していく方針です。セメントは、ボイラーの燃料の石炭から廃棄物への転換、カーボンリサイクルセメントの生産拡大を図るのが大きな柱となるでしょう。

 次に、わが国の排出量の18%を占める運輸分野のGXをどう推進するか、特に運輸部門の9割を占める自動車関連のGXをどう進めるかが重要な課題です。自動車産業は水素や合成燃料も含めた多様な取り組み(マルチパスウェイ)でCNの実現を目指していますが、その中で「EVでも勝つ」べく、蓄電池の開発・生産、電動車の開発・生産を進めるとともに、電動車の購入支援や充電インフラの整備を進めていくこととしています。また航空機では、SAF(持続可能な航空燃料)の供給能力の構築に加え、今年策定した「航空機産業戦略」に基づき次期単通路機市場の獲得、次世代航空機のコア技術開発等を進める方針としています。

 今回の分野別投資戦略により、前述した政府による先行投資支援の20兆円のうち、約13兆円を投資する分野が明らかになったこととなります。

「戦略分野国内生産促進税制」を創設

 また、生産プロセスの転換により生産段階でのコストが高くなる分野について、世界に伍して競争できる環境を整備するため、今年度より新たに「戦略分野国内生産促進税制」を創設し、国内での生産・販売への強いインセンティブを用意しました。例えばEVを製造した場合、法人税に対して1台40万円の税額控除が受けられる仕組みとなっており、グリーンスチール、グリーンケミカル、SAF、半導体にも適用されます。

 さらに、独占禁止法の運用における予見可能性の向上を図ります。化学・鉄鋼・自動車など排出量の多い部門での複数社連携を進めるためのものです。典型的には化学分野において、複数社で形成されている各地域のコンビナート群の中で、GXの観点から将来的に例えばナフサクラッカーを統合したり一部閉鎖したりといったスリム化を図る場合に各企業間の協議が必要となります。その際、独占禁止法に抵触することを懸念して話し合いが滞ることがないよう、公正取引委員会と相談して今年3月にガイドラインを作成してもらいました。これによりGXに向けた複数社連携が、クリアな形で進行できるという効果が期待できます。

 GX政策を進める基盤は、何がグリーン製品なのかを明確、公平に評価する基準、仕組みを整備することです。一番分かりやすいのはカーボンフットプリント(CFP=製品のライフサイクルで排出しているCO2量を表す数値)ですが、ライフサイクル全体で排出量を評価することが重要です。自動車の例では、自動車そのものの製造段階での排出量への評価に加え、原料である鉄をCO2の少ない方法で生産されたものを使う、低燃費車への切り替えで使用段階でのCO2を減らすことに取り組めば、ライフサイクルでのグリーン化に貢献していると評価します。CFPに加え、削減実績量、およびその製品を使っている間に社会全体でどれだけCO2を減らしたかカウントする削減貢献量といった取り組み主体の努力を評価する仕組みもきちんと位置付け削減努力を促していくべきだと考えています。

(資料:経済産業省)
(資料:経済産業省)

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