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商務情報政策、24年度の主要施策とは/経済産業省 野原 諭氏

先端ロジック半導体の供給不足に備えて

 各種半導体の中でも特に先端ロジック半導体は、2022年時点での世界需要7兆円から30年時点での世界需要53兆円へと7倍増し、ロジック半導体市場の約4割を占めると想定されています。同時に今後の需要に対する供給不足が将来予想されることから、供給力の確保が喫緊の課題となっています。米国は、CHIPS 法の施行により達成を目指す主要な政策目標として、米国内に先端ロジック半導体のクラスターを二つ以上構築することを掲げ、インテル、TSMC、サムスンの工場誘致を進めています。欧州では、ドイツがインテルやTSMCの工場誘致を進めています。これらはいずれも、先端ロジック半導体の将来の供給不足に今から備え、域内に供給拠点を確保しておこうとする動きです。日本ではラピダスと熊本のTSMC/JASMが、このような先端ロジック半導体の将来の供給不足リスクに対する備えとなる国内供給拠点を整備するプロジェクトです。コロナ禍のときにマスクに対する需要が爆発的に増え、供給が足りなかったように、何であれ全世界で特定の物資が不足した場合、各国は、まず自国内への供給を優先するので、同盟国、有志国同士であっても融通が困難になると想定されるため、国内に供給拠点が無いと供給を受けられなくなるリスクがあります。

 21年秋の国会で、先端半導体の製造基盤整備への投資を後押しすべく、5G促進法およびNEDO法を改正し、22年3月に施行されました。これらの法律に基づき、直近のTSMC/JASM熊本2号棟を含め、これまで計6件の投資案件について支援を実施しました。現在のところ、この熊本におけるTSMCがリーディングケースとなっており、23年度の九州7県全体の設備投資額が前年比61・7%増の1兆105億円という、1956年の調査開始以降で最大の伸び率となっています。TSMCの月給は全国平均より5万円以上高く、これを起点に賃上げが波及していくことが期待されています。

 また、経済安保推進法に基づき、従来型半導体や製造装置、部素材、原料等についても設備投資に対する支援を行っています。日本は製造装置や部素材に強みを有しているほか、従来型半導体についても供給能力を持っていますので、同盟国・有志国に対する供給責任を果たしていくことが求められます。ことに生成AIの登場により半導体の世界市場がさらに増大すると目されることから、市場の伸長に合わせて日本が強みをもつ製造装置や部素材、従来型半導体の分野で供給能力を増強させていく必要があります。そのためにも積極的な投資を促進・支援することが不可欠です。これが前述した三つのアプローチのうち、ステップ1:IoT用半導体生産基盤の強化にあたります。

 次いでステップ2にあたる、ラピダスプロジェクトについて。ここでは世界最先端のGAA(Gate-ALL-Around)型ロジック半導体を、開発かつ量産化しようという非常にチャレンジングな目標を立てております。先端ロジック半導体の量産ビジネスを行っている会社は、世界でもTSMC、サムスン、インテルの3社しかおりませんが、GAA半導体は製造プロセス技術が非常に難しく、これらの3社も研究開発中で、まだ本格的に量産を開始しておりません。今は旧来技術から新技術に移行する技術の境目の時期に当たります。また、これから世界市場が大きく成長し、需要に対して供給が足りない状態となることが予想されています。従って、先端半導体で遅れた日本が、次世代半導体に参入してこれまでの遅れを取り戻す機会がそこにあるとも言えるでしょう。今回のラピダスの挑戦は、世界的に見ても、実に約15年ぶりの新規参入となります。22年度に700億円、23年度に2600億円を財政支援することを決定しつつ、毎年度進捗を点検し予算を追加していく方式を採用しています。

 最後に、グローバル連携について。22年5月に日米両国間で「半導体協力基本原則」が合意されました。日米および同志国・地域でサプライチェーンを強化するという目的を共有し、日米がそれぞれの強みを持ち寄って相互補完的に協力していこう、具体的には、半導体製造能力の強化や人材育成、半導体不足など緊急時の対応などで協力していこう、と確認しています。同原則に基づき次世代半導体開発の日米共同タスクフォースの設置が日米首脳間で合意され、米商務省の担当次官補と私を共同議長として、活動しています。

 この日米間の取り組みをテンプレートとして、日EUにおいても23年7月に協力覚書を結んだほか、日英、日蘭、日印とも同様の枠組みを相次いで結んでいます。欧州委員会とは、サプライチェーンに混乱が発生したときの早期警戒メカニズムの構築や人材育成、ユースケースの創出などでの協力が主な内容です。

 また23年5月、G7広島サミット開催前日に、岸田総理主宰で半導体の外資系企業トップとの意見交換会を官邸で実施しました。出席した各社トップから、日本に対し積極的に投資を行う旨の意思表明があり、一部の社から、具体的な投資計画の発表がなされました。同年11月には、米国サンフランシスコにおいて経産大臣主宰で日米の主要関係企業のトップとのAI・次世代半導体ラウンドテーブルを開きました。今後AIが半導体の大きな需要を創出すると見込まれることから、参加者とAI・半導体分野の協力を具体化していくことで一致しました。

 半導体は非常に大きな投資を行いますので、日本各地で半導体投資を起点に地域経済の浮揚につなげていくこと、雇用の創出と同時に人材育成を行っていくこと等が期待されています。各地方経産局を事務局に各地で人材コンソーシアムを立ち上げ、産官学連携の下、地域の大学・高専に半導体専門のプログラムを作成してもらい、そこで育った人材が大型投資によって生まれた地元の雇用に応じて採用される、こういうメカニズムをつくりあげていくことを念頭に、各地における半導体関連の投資案件の実現化に取り組んでいるところです。

GPUの大量確保・円滑供給を

 最後に、AI政策に関する国の取り組み状況について。霞が関でAI分野の所掌が各省庁に散らばり、多くの関係省庁がある中で、経産省は主にAIの開発力の強化を担当しています。特にAIエンジンの開発に不可欠な、高性能コンピューターサービスの確保、高性能コンピューターに不可欠なAI用半導体の確保を担っています。従来型のAIはもっぱら画像認識、人物認証などに使われていたのですが、生成AIの登場後は人間の指示に対して、学習したデータをもとに文章・画像・音楽等を作れるようになりました。今はまだAIが示したアウトプットの正誤を人間がチェックする必要がありますが、今後さらに精度が上がっていけば、いわゆるホワイトカラーが担ってきたような作業の一部をAIが代わりに行う時代がやってくることが想定されています。

 この生成AIを開発・利用するには、高性能コンピューターを一定期間占有する必要があります。以前は日本国内最大のAI用コンピューターである産業技術総合研究所のABCI(AI橋渡しコンピューター)を約3000者で利用していたのですが、1者あたりの計算資源が非常に少なく、それだけ小さいAIエンジンしか開発できないという構造的な課題を抱えていました。このため経産省では、AI開発に用いられる高性能コンピューターサービスの確保を主な役割として、AI用半導体の調達・確保や日本国内でAI開発に用いることができる高性能コンピューターサービスをビジネス展開する事業者の育成・支援を行っています。

 現在、AI開発に欠かせないGPU(画像処理半導体)については、米国のエヌビディアが世界市場における設計の9割、製造はTSMCがほぼ100%に近いシェアを有しているという状況ですので、経産省でエヌビディア社と一括調達交渉を行い、日本国内でAI開発に用いることができる高性能コンピューターサービスをビジネス展開する事業者に対して、必要となるAI半導体を調達・確保できるよう支援しているところです。

 また、日本のAIスタートアップによるAI開発を足下から加速していくため、経産省では、高性能コンピューターサービスをサブスクリプションで提供する事業者から一括調達を行い、それを日本国内のAIスタートアップ各社に安価に提供する施策も展開しています。24年3月現在、計7社が同施策による支援対象に選定されており、AIモデル開発が進められています。
                                               (月刊『時評』2024年6月号掲載)

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