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スタートアップの力で、社会課題解決と経済成長を加速する/経済産業省 南 知果氏

◆経済産業省スタートアップ政策最前線

みなみ ちか/平成24年京都大学法学部卒業、26年京都大学法科大学院修了、同年司法試験合格、28年西村あさひ法律事務所入所。30年法律事務所ZeLo参画。令和4年ペンシルベニア大学ロースクール修了。同年経済産業省入省、11月より現職。著書に『ルールメイキングの戦略と実務』(商事法務、2021年)など。
みなみ ちか/平成24年京都大学法学部卒業、26年京都大学法科大学院修了、同年司法試験合格、28年西村あさひ法律事務所入所。30年法律事務所ZeLo参画。令和4年ペンシルベニア大学ロースクール修了。同年経済産業省入省、11月より現職。著書に『ルールメイキングの戦略と実務』(商事法務、2021年)など。

 2022年年頭の「スタートアップ創出元年」の宣言以来、現在「スタートアップ育成5か年計画」の過程にある。税制改正や人材育成、ネットワークの構築などその支援施策は多様を極め、次世代の経済成長エンジンとしてのスタートアップに対する期待の高さがうかがえる。今回、その多岐にわたる施策内容について南総括企画調整官に、包括的な解説をしてもらった。

経済産業省大臣官房 スタートアップ創出推進室総括企画調整官
南 知果氏

育成5か年計画の、三つの柱

 今般、政府はスタートアップの育成に向けて非常に力を入れておりますが、そもそもスタートアップとはどのような企業でしょうか。明確な定義はありませんが、一般には、①新しい企業、②新技術やビジネスモデル(イノベーション)を有する、③急成長を目指す企業、と言えると思います。では、なぜ政府がスタートアップ政策に力を入れるのか。それは、①経済成長のドライバーであり、将来の所得や財政を支える新たな担い手として期待されている。②雇用創出に大きな役割を果たす。③新たな社会課題を解決する主体としても重要、等々の意義があるからだと考えています。

 実際に、日米における直近10年間の株価の推移を比較しても、GAFAMを除けば日米間にそれほど大きな差異はありません。逆に言えば米国経済をけん引しているのはGAFAMのような新興企業であり、そうした企業を日本でもぜひ生み出していくべく、力を入れているという次第です。特に新たな社会課題に対しては、斬新な発想と技術で解決に役立つ事業を展開する企業も既に出てきています。

 2022年1月、岸田総理は年頭の記者会見で「スタートアップ創出元年」を宣言しました。同年6月にいわゆる〝骨太の方針〟においてスタートアップへの投資が重点投資分野の一つに位置付けられ、続く11月の「スタートアップ育成5か年計画」の発表を受けて、年末の第2次補正予算でスタートアップ支援の施策が過去最高の約1兆円規模で計上されたほか、令和5年度税制改正では、スタートアップ・エコシステムの抜本強化に向けて七つの税制が改正されています。23年も引き続きスタートアップは重点分野に位置付けられ、令和6年度税制改正では、五つの税制改正を行いました。

 「スタートアップ育成5か年計画」は、「人材・ネットワークの構築」「資金供給の強化と出口戦略の多様化」「オープンイノベーションの推進」を三つの柱として、5年間でスタートアップへの投資額を10倍に増やすことを大きな目標として掲げている計画です。やはりスタートアップで最も重要なのは人、つまり起業する人とそこで働く人が不可欠ですので、担い手を育成していきます。またスタートアップが成長するには資金が必要となるため、ベンチャーキャピタルや個人からの投資の拡大を図ります。そして、スタートアップが大企業のリソースも活用して大きく成長するためにも大企業とスタートアップとのオープンイノベーションの推進が求められます。これらの柱を軸に、起業数の増加、規模の拡大を目指し、ユニコーン企業の創出を図っていくことを目指しています。

 日本のスタートアップは現在、着実にその「芽」が育っており、資金調達額は2013年の877億円から23年で8500億円程度へ、10年で約10倍に成長しました。大学発ベンチャー企業数も毎年増加傾向で、22年には3781社となり、過去最高の伸びを記録しています。そして15年段階で1社もなかった時価総額10億ドル以上のユニコーン企業が23年時点では7社に増えました。

大胆な税制改正の数々

 こうした背景と政策の方向性に基づき、前述のとおり令和5~6年度にかけて数々の税制改正を行っています。以下、順番にご紹介したいと思います。

 まずはストックオプション税制です。多くのスタートアップが従業員を採用するとき、ストックオプション(株式報酬)を発行します。ストックオプションとは、会社法上の新株予約権、すなわちあらかじめ定めた価格で将来株を買える権利を従業員に渡す仕組みです。例えば株価が100円のときに社員が同額で株をもらえる権利を持つとして、その後会社が成長し、株価が1000円になった段階で、当時の100円の価格で1000円の株を受け取れる権利です。この仕組みは会社が従業員に対し無償で権利を付与するため、本来であれば1000円の株を受け取った時点で差額に対し最大55%の給与所得課税がかかるところなのですが、特例的に譲渡所得課税に位置付け税率を下げています。また、権利を行使して株を手に入れても、その時点で従業員の手元にキャッシュがあるわけではないので、株を売って具体的利益を得た段階まで課税のタイミングを繰り延べています。

 これら既存の仕組みに対し、令和6年度の税制改正において、次のように制度改正されました。まず、発行会社自身による株式管理スキームを創設しました。従前は株に変えた後は証券会社がこれを管理することになっていたのですが、未上場時点では扱ってくれる証券会社が少ない等の問題があり、未上場の段階で株に変えるのが難しい点がありました。そこで新たに、発行会社自身で管理していればこの税制の対象になれるようにしたのです。また、年間の権利行使価格額の限度額を現行の1200万円から、最大で3倍となる3600万円へ引き上げます。そのほか、ストックオプションは原則として社内の従業員を対象とするところ、認定制度を使って社外の人にも付与することができるのですが、その付与要件を緩和するなどの拡充を行います。スタートアップによくみられる、外部からの副業人材の活用に対し、ストックオプションを付与しやすくした、というわけです。

 次に、エンジェル税制につきましても、令和6年度税制改正において制度改正されました。スタートアップが起業したばかりの時はまず先輩起業家などから投資してもらうケースが多く、株主であると同時にビジネス上のアドバイスを行うこれら先達を含めた、創業間もないスタートアップへ投資を行う個人を〝エンジェル投資家〟と呼んでいます。ですが、創業間もないスタートアップへの投資のリスクは非常に大きいことから、経済産業省では、その投資を促進するために株式投資時点と株式譲渡時点の二つの時点で所得税の優遇を行うエンジェル税制を措置しています。このエンジェル税制について、令和5年度の税制改正で、一度起業してエグジットした後にもう一度起業する連続起業家等、起業家が株式譲渡益を元手に起業する場合や、エンジェル投資家が株式譲渡益を元手にプレシード・シード期のスタートアップへ投資する場合は、その投資額に応じて株式譲渡益から控除し、非課税にするという大胆な措置を行いました。米国では連続起業で成功している例が多々あり、本改正によって日本での連続起業や創業最初期のスタートアップへのエンジェル投資を促進したいと考えております。また、続く令和6年度税制改正では、有償新株予約権の取得金額も税制の対象である株式の取得金額に加えるほか、信託を通じた投資も対象化されました。

 また、この令和6年度の改正ではオープンイノベーション促進税制の適用期限が延長されました。国内事業会社が、オープンイノベーションを目的として、スタートアップ企業に新規出資やM&Aを行う場合、取得価額の25%を課税所得から控除する制度で、既に大変多く活用してもらっています。適用期限が令和5年度末から令和7年度末まで2年間延長されましたので、さらに多くの事業会社に同制度を使っていただきたいと思います。

 次にパーシャルスピンオフ税制です。子会社が一気に独立するのではなく、元親会社に持ち分を20%未満残すパーシャルスピンオフにおいて、一定の要件を満たした場合に再編時の譲渡損益課税を繰り延べ、みなし配当に対する課税を対象外とする特例措置を設けていますが、事業再編に数年を要するケースが多いことから、これも令和6年度税制改正において適用期限が4年間延長されております。

 続いて、暗号資産への課税について。これまで、暗号資産を保有しているだけで利益が実現していないにもかかわらず、含み益に対して課税を行うという取り扱いがなされていたため、令和5年度税制改正では、発行法人自らが暗号資産を保有する場合に、譲渡制限等の一定の要件を満たすものについては期末時価評価課税の対象外としたところ、令和6年度税制改正では新たに、発行法人以外の第三者についても同様の見直しがされたところです。

 また、イノベーション拠点税制の創設が今年度決まり、令和7年度から開始される見込みです。わが国のイノベーション拠点の立地競争力を強化する観点から、特許権やAI関連プログラムの著作権から生じるライセンス所得や譲渡所得を対象に、所得控除30%を措置する制度です。