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地域経済最前線/関東経済産業局長 太田 雄彦氏

変化の兆しを逃さず、「成長型経済」転換の年へ

おおた たけひこ/昭和40年9月12日生まれ、長崎県出身。東京大学工学部卒業。平成2年通産省入省、30年経済産業省製造産業局総務課長、令和元年大臣官房調査統計グループ長(併)政策統括調整官(併)経済産業研修所長、2年大臣官房技術総括・ 保安審議官(併)産業保安グループ長、4年7月より現職。
おおた たけひこ/昭和40年9月12日生まれ、長崎県出身。東京大学工学部卒業。平成2年通産省入省、30年経済産業省製造産業局総務課長、令和元年大臣官房調査統計グループ長(併)政策統括調整官(併)経済産業研修所長、2年大臣官房技術総括・ 保安審議官(併)産業保安グループ長、4年7月より現職。

 昨年から今年は長期化したコロナ禍からの反転攻勢を期す時期になるはずだった。が、新年元日に発生した能登半島地震は、被災地への甚大な影響はもちろん日本全体に大きな不安を投げかけた。一方、太田局長は、日本経済は中長期的に過去最高水準の国内投資を見通し、高水準の賃上げの実現など、従来型経済に対して潮目の変化が生じていると展望、そして「現場力」が必要だと指摘する。その要諦について解説してもらった。



液状化を招いた能登半島地震の影響

――本年1月1日に能登半島地震が発生し、北陸地方沿岸を中心に甚大な被害が発生しました。まず管内の被災状況、影響等についてお願いします。

太田 今回の令和6年能登半島地震において、亡くなられた方々に心からお悔やみを申し上げるとともに、被災された全ての方々にお見舞いを申し上げます。当局としては、被災自治体にこれまでに11名(2/15現在)の職員を派遣し、被災地域の方々に寄り添いながら、災害対策に取り組んでいるところです。

 管内では新潟県が被災し、製造設備や建物・倉庫に被害が出ました。私も現地に向かい、被災状況と事業者の声を伺ったところ、地盤の特質等により液状化が顕著であることがわかりました。家屋や事業所の倒壊を免れても、地盤が緩んで微妙に建屋が傾いて、通常生活や事業活動を送る上で物質・精神両面で不安定化していること、また次の大型地震発生時の影響が懸念されるなど不安な状況下に置かれていました。

 当局としては、中小企業やサプライチェーンの実態把握など管内経済への影響を注視するとともに、被災企業の施設復旧支援等、その対応に万全を期してまいります。

――今後の影響が懸念されるところですね。では、管内の景気状況を教えてください。

太田 全般的には、緩やかな回復が継続するものと期待される一方で、海外経済の先行きや物価高の影響等が懸念されています。生産については、部品供給制約の緩和から輸送機械工業等では回復の動きが続いているものの、一部メーカーの認証不正問題や能登半島地震によるサプライチェーンの影響、外需の下振れ等から足下では一進一退の状況に弱さがみられます。2024年は、半導体市場の復調等により堅調に推移することが期待されますが、海外経済減速、地政学的リスクにより生産が下振れする懸念もあります。

――2020年以来のコロナ禍が23年5月に5類移行したことで、消費の回復が期待されましたが、この1年近くの傾向はいかがでしょうか。

太田 はい、新型コロナ5類移行後、社会経済活動が活発化し、外出機会、インバウンドの増加等により、堅調に推移しています。24年は物価上昇基調が前年より弱まりつつある中で、賃上げによる消費者マインドの改善が期待されますが、依然として物価高の影響が懸念されることから、今後の消費動向には注意が必要です。

 中長期的な視点でみると、わが国経済は、過去最高水準の国内投資を見通し、高水準の賃上げの実現など、従来型経済に対して潮目の変化が生じています。一方、エネルギーコストの上昇や賃上げが物価高に追いつかず、消費と投資の好循環に繋がりにくいという構造的な課題により、厳しい状況にある事業者が多くいることも事実です。この点は引き続き対応すべき課題となるでしょう。今年こそ、変化の兆しを逃すことなく、「コストカット型経済」から「投資も賃金も物価も伸びる成長型経済」への転換を実現していくことが重要だと捉えています。

賃上げ実現への道

――局長ご指摘の通り、賃上げは長年にわたるテーマとして、依然大きな課題ですね。

太田 デフレ脱却、経済の成長局面への移行にあたっては、物価高を上回る賃上げが実現できるかがカギとなります。特に中小企業の賃上げの実現は喫緊の課題です。そうした中、2023年9月の「価格交渉促進月間」における、価格転嫁等の実施状況に関する下請中小企業からの調査結果を見ると、「価格交渉を希望したが、交渉が行われなかった割合」は前回調査より10ポイント程度低下していることが明らかになりました。つまり価格交渉ができる雰囲気が徐々に醸成されつつあることを示しています。

 一方、原材料費に比べて、エネルギー費や労務費については価格転嫁率が低く、特に「労務費の転嫁が難しい」という声が上がっています。昨年11月に内閣官房・公正取引委員会より「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」が公表されたところです。当局としても積極的に同指針の周知を通じて労務費の価格転嫁を促進するとともに、引き続き、①下請Gメンによる取引実態の調査、②自治体・経済団体との連携による価格転嫁の実効性確保に向けた取り組み等を行い、サプライチェーン全体での共存共栄、ひいては中小企業の賃上げ原資の確保にも繋がるよう、価格転嫁・取引適正化を推進していきたいと考えています。

 加えて、地域の雇用を支える中堅・中小企業が、成長していくことを目指して行う投資を促進することで、地方においても持続的な賃上げを実現していくことも重要です。そのため、地方においても賃上げが可能となるよう、当省では生産性向上・成長投資の呼び水となる補助制度を新たに創設しました。

――補助制度の内容についてお願いします。

太田 大きく三つの柱で構成されています。一つめが、中小企業が面倒な申請書類や面倒な手続きなしに、商品を「カタログ」から選ぶように省力化のための汎用製品を選べば補助を受けられる「中小企業省力化投資補助金」、二つめが「ものづくり補助金」のオーダーメイド枠の創設、三つめが、中小企業のみならず、中堅企業も対象とした「大規模成長投資補助金」(投資額10億円以上)を措置しています。

 これらの補助制度により、成長投資と生産性向上を促進することで、中堅・中小企業の賃上げに繋がることを期待します。

――人手不足への対応はいかがでしょう。こちらも特に地方における少子化の影響で慢性的な問題となっていますが。

太田 やはり人手不足を補う上でも省力化が欠かせません。そのためにも、DX推進やロボットの活用は必須です。中小企業においては、IoT・AI・ロボット等のデジタル技術を上手に導入・活用し、効率化から高付加価値化創出へとその取り組みを発展させることが、ビジネス競争力を維持・拡大していく際の重要な手段になり得ると想定されます。

 当局では、地域企業のデジタル化・DXの推進に向け、デジタル未導入といった初期段階から、業務効率化に取り組む中期段階、新ビジネスの創出といった高度な段階まで、各企業のデジタル技術活用状況に合わせた、きめ細やかな支援を実施しています。引き続き、各企業に寄り添いつつ、X(トランスフォーメーション)を意識した支援を実施していきたいと思います。

顕在化する人手不足に対して

――まさにこの4月1日より適用が始まる、トラックドライバーの時間外労働の上限規制、いわゆる「物流の2024年問題」が始まりました。その背景となる物流面での人手不足について、今後どのような影響が生じると想定されるでしょう。

太田 深刻な輸送力の不足が今後ますます懸念されます。このまま取り組みを行わなかった場合、2030年には19年比で約34%の輸送能力が不足すると言われています。

 この問題に対応するため、荷主事業者、物流事業者、一般消費者が協力して、「商慣行の見直し」・「物流の効率化」・「荷主・消費者の行動変容」に取り組むことが重要です。当局としては、商慣行の見直しや、荷主の行動変容を促すために、関係省庁と連携し、取引環境改善に向けた要請を行っているほか、トラックGメンと連携した調査等を実施しています。

――この問題は都市部と地方、すなわち自治体においても大きな問題だと思います。

太田 ご指摘の通り、自治体との連携も推進を図ります。例えば、長野県とは、県内経済団体やトラック協会、関係行政機関等との意見交換会の実施や、物流2024年問題の克服に向けた共同宣言を採択しました。関係機関等と連携しながら物流業務の効率化・合理化、労働時間の適正化といった物流事業者の取り組み、適正な価格転嫁への理解といった荷主事業者等の取り組み、物流に関する理解・意識変容、再配達削減といった消費者の取り組みを、実施、促進してまいります。

 さらに、物流の省力化・効率化のためには、物流DXの推進が不可欠です。当省では、荷主事業者の物流施設の設備投資を後押しするために、補正予算にて55億円を措置しています。本事業により荷主事業者の先進的な取り組みを支援していくと共に、荷主・物流事業者の物流効率化・省力化のために、あらゆる支援策の活用を促進していきたいと思います。