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経済産業省素材産業政策最前線/土屋 博史氏

化学、紙・パルプ、セメント産業における分野別投資戦略

――産業ごとの投資戦略が示されたわけですね。具体的に各産業(化学、紙・パルプ、セメント)ではどういった検討がされたのでしょうか

土屋 まず化学産業については、カーボンニュートラルを実現しつつ国際競争力を強化するべく、ナフサ分解炉の熱源や石炭火力などの燃料をアンモニアなどの脱炭素燃料へ切り替える「燃料転換」と、ナフサ由来の原料から転換する「原料転換」が鍵になります。これらの課題解決につながるトップランナー案件に対して支援することで、化学業界のGX化を促進し、脱炭素化を通じた高付加価値化学品を生成して国際競争力の維持・強化につなげる方向です。

 そのため、これら取り組みを通じて最適なコンビナートの再構成を手掛けながら脱炭素化を進めるなど、構造転換の礎となる案件に対して特に重点的に支援していくこととしています。

 また紙・パルプ産業については、石炭火力などの燃料を「黒液(木材からパルプを製造する際の副生物)」などへ切り替える「燃料転換」や、安定的に調達できるパルプを軸にバイオリファイナリー産業への事業展開(セルロース製品、バイオエタノールなどの製造)を並行して進めていくことが重要になります。紙・パルプ業界がバイオリファイナリー分野においても勝ち戦となる「業界構造」に変革していく。そして、その際に異業種と連携してスケールメリットを獲得できる体制を構築していくことが有効です。

土屋 そしてセメント産業については、焼成工程や石炭火力などの燃料を廃棄物やバイオマスなどへ切り替える「燃料転換」と、廃コンクリートなどをリサイクルし、CO2の回収・再利用を伴う「原料転換」によるカーボンニュートラルセメントの生産拡大を並行して進めることが鍵となります。セメント業界のGX化に当たっては、国内における国土強靱化の強化、および廃棄物処理といった社会機能に貢献している点もしっかりと踏まえつつ、製造プロセスにおけるCO2回収技術の社会実行を図るとしています。

 このようなGX投資に果敢に取り組む素材産業事業者に対して、先行投資支援を行うとともに削減効果などのGX価値の見える化やCO2排出削減のインセンティブ設計などのグリーン市場の創出に取り組むことで、既存市場で利益を上げながら、同時にグリーン市場を開拓していくことを目指しています。これらを含めた官民による戦略については、GX実行会議において道行きが示される中で、化学、紙・パルプ、セメントといった素材産業の産業競争力強化と排出削減の両立を実現できるよう取り組んでいきたいと考えています。

 これらの取り組みの立案と実行に当たっては、諸外国の政策も踏まえて検討していく必要があります。例えばアメリカではインフレ削減法(IRA法)により、ランニングコストを含む事業投資全体に対する支援などを実施しています。また鉄鋼、アルミニウム、セメント、化学、紙・パルプ、ガラスなどの素材産業の製造施設を対象に、多排出産業の先進産業施設導入補助金プログラムとして10 年間で53億ドルの補助を実行するとしています。ドイツでは、エネルギー多消費型産業の企業が低炭素な生産プロセスや技術に投資することを支援するための補助金制度を創設。今後、15年間で7兆9000億円の助成金を投じるとしています。

 一方、化学製品の製造に関して、アメリカでは、ガス由来の競争力のあるエチレンを製造することが可能です。わが国では原油由来のナフサからエチレンを製造し、エチレン価格が約800ドル/トンであるのに対して、アメリカのエチレン価格は約400ドル/トンと約半額。しかしガスからはエチレン以外のブタジエン、イソプレン、芳香族などを得ることは難しいといった課題があります。

 こうした点を踏まえ、わが国はエチレン以外の基礎化学品の製造も含めて、付加価値のある化学品を製造し、国際競争力の強化を図るべく、日本化学メーカーの持続的な国内立地を促していくことが必要です。これはコンビナートの川下への化学品の安定供給に加え、サプライチェーン全体の雇用維持にもつながります。

さらなる革新に向けて

――これら以外にも素材産業の革新に向けた取り組みなどがあればお聞かせください。

土屋 2050年のカーボンニュートラル実現を目指しつつ、あわせて経済安全保障の状況などを踏まえて取り組みを進めていくことが重要です。

 安定供給を支えるサプライチェーン確保の必要性を踏まえ、国民生活や経済社会の運営に不可欠な素材については、サプライチェーン全体が円滑に機能していくべく、必要な部素材や製品の安定供給の役割を果たすことや資源循環を確実にする取り組みを並行して推進することも必要になります。

 その際、国民生活への影響や経済社会における不可欠性を見極め、代替供給の確保、備蓄、代替物質開発などの対策を検討するなど、影響の程度や状況に応じた対策を講じることも重要になります。また、供給ルートの複線化といった観点から、一定量を国内生産することも視野に入れて、具体策を検討していく必要もあります。なお、こうした取り組みを行うにあたっては、単に当該素材を生産する素材産業のみならず、ユーザー産業も含め、川上から川下までのサプライチェーン全体で連携し、対応していくことが求められます。

――カーボンニュートラルの実現に向けた変革が本格化してきています。最後に素材産業の今後の展望、そして素材産業革新に向けた想いや意気込みについてお聞かせください。

土屋 カーボンニュートラル実現に向けた取り組みは、素材産業においても挑戦的なものですが、この変化をチャンスに変えて競争力を高めていく取り組みがわが国においてGXを進めていくことの意義だといえます。

 今後、GX移行債などを活用した投資促進策を進めていく予定になっています。2050年カーボンニュートラルの実現に向けて、より重要なのは実現に向けたプロセスです。冒頭触れたように素材産業は地域経済とも密接に関係しており、それぞれの企業・産業・地域の個性的な得意技を最大限に生かし、GXの取り組みを通じて、それぞれの強みを伸ばしていくことが重要です。

 今回、化学や紙・パルプ、セメント産業の取り組みについてお話しましたが、このほかにも、日本にはファインセラミックスなど強みのある素材が多々あります。こうした中、一社単独で取り組める内容が限られ、企業・産業・地域・国内外をまたぐ連携が増えてきており、これら連携についてもしっかりフォローし、2050年カーボンニュートラル実現をチャンスにできるように素材産業の国際競争力強化につなげていきたいと考えています。

――本日はありがとうございました。
                                                (月刊『時評』2023年12月号掲載)

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