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GX実現に向けた取り組みについて/経済産業省 飯田祐二氏

GX基本方針を閣議決定

 クリーンエネルギー戦略の議論を進めていた矢先、ロシアがウクライナに侵略し、世界中でエネルギー資源の安定確保や経済効率性が打撃を受けました。とりわけ日本は、震災後に原子力発電が止まり、中東やロシアなどからの輸入に頼る化石燃料に大きく依存しているため、エネルギー自給率が13%まで下落しており、急激な原油価格上昇や円安によって国富の流出が深刻化しています。政府の議論でも当然のことながら、「グリーン」を安定供給確保と経済性を両立しながら進める「トランスフォーメーション」をどう実現するかが重要になりました。化石燃料への依存を減らしつつ、国内でエネルギーを確保する手を打たねばなりません。

 昨年7月、官邸で総理を議長とするGX実行会議が発足しました。本年2月に「GX実現に向けた基本方針」(以下、GX基本方針)を閣議決定しました。これを軸に関連法案を今年の通常国会で成立させ、制度改革を進めています。

 GX基本方針を構成するのは主に2項目で、①50年を目途にエネルギー安定供給のために技術開発や施設整備を進める内容、②成長志向型のカーボンプライシング構想、です。

 項目①では、化石燃料依存からの脱却を強化することを前提に技術面からのアプローチとして、省エネ徹底、再エネ主力電源化、原子力活用、その他重要事項を盛り込んでいます。併せて、特に産業界と歩調を合わせたい22分野で50年までのロードマップをつくり公表しました。「今後の道行き」として目標・戦略、目標実現に向けて必要な投資額、規制・支援措置、国際戦略など具体的政策を示しています。

(資料:経済産業省)
(資料:経済産業省)

 再エネでは、大量導入を想定した方針を掲げました。まず送電網増強のために次の10年で過去10年の8倍以上のペースで整備すること。送電ネットワークの「マスタープラン」を策定すること。再エネの適地が多い北海道から新たな海底直流送電でつなぎ、大消費地・東京へエネルギーを運ぶ計画、さらに需給バランスの調整力を確保するため、電力系統への蓄電池の導入を急ぐことなどです。昨年の補正予算で、蓄電池製造拠点の立地支援のために3300億円規模の枠を確保しています。

 また、環境破壊への懸念から再エネ発電設備の立地を条例で抑制する自治体が増えてきたことを受け、本方針でも再エネの社会実装において地域との共生を重要課題としました。例えば太陽光発電では固定価格買取制度(FIT法)による売電事業の認定において地元調整を要件にしたり、洋上風力では初期段階に民間ではなく独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)が風況や地質構造の調査を実施し、調査データを発電事業者へ提供して公募を行う「日本版セントラル方式」を形成します。

 原子力に関し、本方針では原子力発電所の再稼働と共に、これまで想定していなかった原子力発電所の廃炉を決定した敷地内での建て替えを具体的に検討することや、安全性の高い「革新軽水炉」「SMR」「高速炉」など次世代の原子炉の研究開発を国内で推進することにも触れています。運転期間の在り方の見直しや、最終処分地の決定についても、国が責任を持って進めていく考えです。

 CO2に価格を付けて、それによって排出者の行動を変化させるために導入する政策手法がカーボンプライシングで、既に欧州をはじめ中国や韓国もそれぞれの制度を開始しています。日本では経済成長と両立する「成長志向型カーボンプライシング」構想をまとめ、その内容を示した「GX推進法」が今年の通常国会で成立しました。

 具体的には、化石燃料輸入業者等に課す「化石燃料賦課金」と、発電事業者を対象とするCO2排出枠の「排出量取引制度」を設け、排出枠は有償オークション(特定事業者負担金)によって発電事業者へ割り当てられます。運営や賦課金の徴収業務を担うのは新たに創設する「GX推進機構」で、準備期間をおいて少額から開始し、徐々に引き上げていきます。現行のFIT法によって、国が発電事業者から電気を買い取るための財源は再エネ賦課金として回収していますが、これが33年度から減っていくタイミングで発電事業者へ負担をお願いするわけです。

 将来のカーボンプライシングによる財源を活用して、今から先行投資支援していくコンセプトで、新たに今後の10年間で「GX経済移行債」を20兆円規模発行し、これを呼び水にして民間投資を引き出すことで、官民合わせて150兆円超の投資を目指すことにしました。GXの主要分野には素材・機械など日本の得意分野が多く、10年間徹底的に支援することでカーボンニュートラル実現に資する産業が強く育つはずです。

 他方、民間企業が自主的に参加できる排出量取引制度として経産省が昨年提唱した「GXリーグ」が今年度中にスタートする見込みです。既に、日本の温室効果ガス排出量の約40%以上にあたる600社以上が賛同を表明してくれています。

(資料:経済産業省)
(資料:経済産業省)

実情に応じた多様なトランジション

 私が産業技術環境局長だった時、英国政府幹部の方から「英国も石炭への依存度が高かったが脱却できたのだから日本もできるはず」と指摘されました。確かに、英国は90年に石炭依存度が65%だったところ、現在ではほとんどゼロに近い状態となっており、目覚ましい成果だと思います。ただ、英国ではそもそもの発電電力量が日本の3分の1程度であり、その上で北海で産出可能になった天然ガスや、遠浅の海という洋上風力の適地を日本の8倍も有する地形を生かして石炭の代替エネルギーを得ていますし、原子力発電所を維持している点も見逃せません。まだ十分に代替エネルギーを確保していない日本の状態では、化石電源抑制策の強度を間違えると電力安定供給を損なう危険があります。

 本年4月に札幌で行われたG7札幌気候・エネルギー・環境大臣会合でも化石燃料の扱いが焦点になりました。例えばアンモニア混焼によって石炭火力のCO2排出量を抑え、CCS技術で大気へのCO2放出を防ぐことができればカーボンニュートラルへは近づいていけます。国の地理的特質を踏まえれば、日本では特定のエネルギーに依存せず全体でバランスを最適化する「ベストミックス」が理想です。カーボンニュートラルという頂上までたどり着けるなら、登頂ルートは複数存在しても良いのではないでしょうか。

 22年1月に岸田文雄首相が提唱した「アジア・ゼロエミッション共同体構想」は、アジア独自の地理的条件や発展途上国の割合など実情を踏まえてカーボンニュートラルを達成する道のりを描いたロードマップを提示するもので、アジア諸国から信頼されるリーダー、パートナーとして気候変動問題に向き合っていこうとする立場を鮮明にしました。日本の技術やノウハウを活用し、アジア各国と連携をとって基準作りやファイナンス面の支援も行っていきます。

 カーボンニュートラルへの挑戦は、産業構造全体の劇的な変化を引き起こします。成長産業を育てる一方で、縮小する産業の企業やそこで働く人、関わる地域が取り残されないようにする「公正な移行」を実現せねばなりません。まずは全雇用の70%を抱える中小企業のGXに対する理解促進が肝要で、プッシュ型での政府発信や支援が第一歩ですが、サプライチェーンのトップ企業による牽引も必須でしょう。

 世界ではGX投資の成否をかけ、既に大競争が始まりました。〝ここで負けたら日本の未来はない〟。それくらい真剣に、企業経営者の皆さんと本音で話し、道を拓いていきたいと思っています。
                                               (月刊『時評』2023年7月号掲載)