2023/07/20
現実としてわが国の食料自給率は漸減傾向をたどっており、現在カロリーベースで38%です。この数値は諸外国と比較してもやはり低い水準にあります。では何故、この数値は下がっているのか。大まかに言えば、国民が食べる食料の内容が変わってきたことが主因です。1965年度当時、普段食べているもののカロリーの45%程度が米でした。つまりわれわれは主にほぼ全て自給できるお米からカロリーを摂っていたことになります。そのため当時の自給率は73%でした。それが2021年度にはこれに占める米の割合が2割そこそこに大きく減少し、代わりに日本では自給できない畜産物や油脂類の比重が増えています。つまり、自国で自給できるものを国民があまり食べなくなった、それが自給率の低下を招いている、という構図です。即ち食料供給はこうした食生活の変化も考慮しておく必要があります。
仮に、日本人が今食べているものを全て、国内自給で賄うことは可能なのか。穀物や油糧種子等について、その輸入量を生産するために必要な海外の農地面積は日本の農地面積の2・1倍に相当します。つまり、日本の農地を全部足しても、日々食べているものを生産するのに必要な農地のおよそ3分の1にしかなりません。従って海外からの輸入を堅実に維持していくことが不可欠なのです。
食料品アクセス困難人口の増加
ただ、食料安全保障を考える時、自給率のような分かりやすい指標だけではなく、もっと掘り下げた観点も必要だと思います。FAO(国連食糧農業機関)が示した食料安全保障の定義では「全ての人がいかなる時にも、活動的で健康的な生活に必要な食生活上のニーズと嗜好を満たすために、十分で安全かつ栄養ある食料を、物理的にも社会的にも経済的にも入手可能であるときに達成される」とされ、要素としては①適切な品質の食料が十分に供給されているか、②安全で栄養価の高い食料を摂取できるか、③栄養ある食料を入手するための合法的、政治的、経済的、社会的な権利を持ちうるか、④いつ何時でも適切な食料を入手できる安定性はあるか、の4点によって成り立つとしています。
この定義に従って日本の状況を見つめ直してみると、実は食料品アクセス困難人口が一貫して増加傾向をたどっています。アクセス困難人口とは、店舗まで500メートル以上かつ自動車利用困難な65歳以上高齢者を指しており、その数は2005年時点で全国で6784人、15年では8246人でした。わが国の超高齢化人口減社会の進行を背景に、いわゆる〝買い物難民〟が地方のみならず都市圏でも増加しているのが大きな課題となっています。
これを物理的アクセスとするならば、経済的なアクセスの動向はどうか。つまり貧困率(等価可処分所得の中央値の半分に満たない世帯員の割合)の増加によって食料の購入が困難な状態に陥ってないか、です。日本における貧困率は2018年で15・7%、数字自体は横ばいで推移していますが、数字そのものは各国と比較しても高止まりしています。97年時点と比べて、富裕層が減る一方、低所得者層が増加しています。食料安全保障を考える上ではこうした側面もまた見つめていくべきだと思います。
最近では、生産・流通・消費などの過程で発生する未利用食品を、食品企業や農家などから寄付を受け、必要としている人や施設に提供する取り組み、すなわちフードバンクが日本でも急速に広がりを見せ、現在は全国で約180団体が活動しています。ただ、諸外国ではフードバンクがその国の政策にも位置付けられ、さまざまな取り組みが展開されているのに比べると、まだまだ始まったばかりです。
食料安全保障について今後の参考になると思われるのが、2020年英国農業法です。英国はEUを離脱する際に農業法を定め、その中で食料安全保障についても新しい観点を取り入れました。例えば食料安全保障に関するレポートを3年に1回作成する、しかも世界の食料供給能力やフードサプライチェーンの強靱性、食料に対する家計支出など、複数の要素をチェックして自国の食料安全保障の弱み強みを明確化しようとしています。さらに世界の人口増加と対比させ食料増産のトレンドや気候変動などを複合的に検証し、英国が世界の食料状況にアクセスしていく上で重要なポイントは何なのか、食の安全性への信頼は担保されているのか等、国際社会の傾向から家庭の食卓レベルまであらゆる段階での食料の動向を分析しています。
このような法体系も参照して、われわれも観念的に食料安全保障を言葉にするだけではなく、食料をめぐるさまざまな諸相に関し戦略的な観点から幅広く分析していかねばならないと考えています。
初の総合的な検証と見直しに向けて
そして21年9月から審議会を開いて基本法検証部会を設置し、食料・農業・農村基本法の見直しに向けた検討を始めています。1999年に同法が制定されて以来20
年余り、初めての総合的な検証と見直しになります。制定当初、同法では①食料の安定供給の確保、②農業の有する多面的機能の発揮、③農業の持続的な発展と④その基盤としての農村の振興、を理念として掲げていました。同法が、全ての農政の根幹に位置付けられています。
しかし、その後の世界的な食料情勢や気候変動、海外の食市場の拡大等の今日的な課題に対応していくには、同法の見直しもまた不可欠です。食料安全保障一つとってみても、20年前はある程度、日本が条件面でリードしながら食料調達を図ることができましたが、現在はかなり揺らいでいます。
具体的な方向性は今後の議論を待ちたいと思いますが、いずれにしても見直しの第一のキーワードは、食料安全保障です。食料を取り巻く外部環境の不安定化を踏まえ、不足時だけではなく、平時にこそ食料安全保障をどう強化していくのか、真剣に考えていかねばならない時機に来ています。
他方、世界の農産物市場が大きく拡大するにつれ、加工品や畜産物を中心に日本の農林水産物・食品の輸出額は堅調に伸びており、2021年には1兆円を突破、毎年過去最高を更新しています。国内の生産基盤を維持するためにも、今後も海外市場は重要な命題となります。
また農業を営む上で環境負荷低減を図っていくことも、現代の農業において重要な使命です。農林水産省では2021年5月に「みどりの食料システム戦略」を策定し、また有機食品市場の伸びなども勘案して、環境と調和の取れた食料システムの確立を目指しています。
最後に農業担い手の将来像について。農業従事者の高齢化が進む中、これまでは経営者一人がいろいろな仕事をこなすのが農業の一般的なイメージでしたが最近では少し様相が変化しており、ある部分はアウトソーシングするなど分業化も進んでいます。今後は、多様なサポート形式を取り揃えた農業支援サービスを活用していくことなども一つのポイントでしょう。われわれとしても今後さらに、分野の別なく食料・農業の今後について、幅広く議論を深めていきたいと思います。
(月刊『時評』2023年2月号掲載)