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わが国の食料安全保障と食料・農業・農村基本法について

◆農林水産省食料安全保障政策最前線

こばやし だいき/昭和45年7月24日生まれ、兵庫県出身。東京大学法学部卒業。平成5年農林水産省入省、24年経営局協同組織課経営・組織対策室長、27年経営局協同組織課長、29年内閣官房参事官(内閣総務官室)、令和元年農林水産省政策統括官付総務・経営化安定対策参事官、3年7月より現職。
こばやし だいき/昭和45年7月24日生まれ、兵庫県出身。東京大学法学部卒業。平成5年農林水産省入省、24年経営局協同組織課経営・組織対策室長、27年経営局協同組織課長、29年内閣官房参事官(内閣総務官室)、令和元年農林水産省政策統括官付総務・経営化安定対策参事官、3年7月より現職。

 1999年に現在の食料・農業・基本法が制定されてから20年余り。現在、同法の見直しについて議論が交わされている。論点の核心は、食料安全保障について、である。さまざまな要因で世界の食料供給が不安定化の一途をたどっており、自給率が低迷するわが国の食料供給に影を落としつつある。今回、議論の背景となる国際情勢をはじめ、食料安全保障にまつわる諸相を小林課長に語ってもらった。

農林水産省大臣官房政策課長
小林 大樹氏

不安定化する世界の食料供給

 わが国の食料安全保障について申し上げる前に、まず食料に関する世界状況についてお話したいと思います。

 現在、世界の食料供給は不安定化の一途をたどっています。まず、供給量決定の主因である世界人口は今後も増加基調をたどり、2022年11月には80億人を超え、50年には97億人に達すると推計されます。また気候変動も大きなリスク要因です。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の報告書によると、21世紀末には気温が最大4・8℃上昇し、熱波や豪雨など極端な気象状況の増加が著しく、作物に対してはプラス面よりマイナス面の影響の方が大きいと考えられています。食料消費は、当然ながら人口増に比例して一貫して増加基調を描いています。生産量も今のところは消費量と平仄が取れていますが、過去には生産が消費を上回る期間も少なくなかった点を鑑みると、現在は生産量の余裕が小さくなり不安定性が高まっていると言えるでしょう。

 そもそも農産物は、収穫物の多くを自国の食料として消費するのが一般的であるため、生産量に占める輸出割合が比較的低いという特長があります。原油が産出量のほぼ半分輸出されるのに比べ、小麦、米、とうもろこしは、総生産量のうち、それぞれ約26%、10%、16%しか輸出に廻っていません。同時にこれら主要穀物については、主要輸出国で世界総輸出量の約8~9割を占めるなど特定国に限られており、例えば大豆に関してはブラジル、米国の2カ国合計で総輸出量の9割を占めるなど偏在傾向が顕著です。

世界最大の小麦輸出国となったロシア

 さて2022年2月に発生したロシアによるウクライナ侵略により、穀物輸出の影響がたびたび報道されるようになりました。では実態としてどうなっているのか。実はロシア、ウクライナとも2000年ごろの段階では小麦の主要輸出国ではありませんでした。それが、以後の20年ほどの間に両国とも生産力が高まり、世界の小麦輸出において大きな比重を占めるようになりました。冒頭で述べましたように、消費が増えても何とかなっているのは、生産増による新たな輸出国の登場などが背景にあるからです。しかし侵略後、ウクライナは生産量マイナス38%、輸出量マイナス41%と数字を大きく減らし、一方ロシアは折からの豊作も手伝って生産は前年比2割増、輸出は27%増と予測され、直近では世界最大の小麦輸出国になっているという状況です。その中で日本は、両国から小麦をほとんど輸入していません。

 世界全体として、輸入依存度の高い穀物等の価格は、穀物価格が暴騰した2008年以降、同年以前に比べベース自体が高くなったまま推移しています。世界的な需要増などにより、価格の不安定性が増しつつあったところへウクライナ侵略が発生、これにより価格は大きく上昇しました。さらに価格の上下振れ幅も大きくなる傾向にあり、穀物を購入する側からすると、非常に難しい買い方が迫られる状況にあります。

 また穀物を育てるための肥料原料も、特に21年半ばより、穀物需要の増加、原油・天然ガスの価格の上昇に伴い高騰しています。これも08年以前より、以降の方が平均的に高くなったままです。

 総じて、需要に対して供給量はギリギリ足りているものの、価格は高止まり、不安定化の傾向が顕著になっていると言えるでしょう。

安定した穀物輸入、不安定な肥料原料輸入

 他方、わが国における食料輸入事情はどうなっているのか。まずは日本の国際的な位置付け、すなわちどれだけ食料を買えるのか、という点から見てみましょう。周知のとおり、国際社会で人口の多い国や新興国が経済成長する一方、日本の1人当たりのGDP(購買力平価ベース)は年々低下しており、2027年には16位になると推計されます。

 そして日本の農林水産物の輸入状況ですが、1998年当時、日本は世界の農林水産物純輸入額の4割を占める世界1位の純輸入国で、ある意味プライスメーカー的な地位でした。が、近年はその地位が低下し、現在は同2割弱、今は中国がほぼ3割で世界最大の純輸入国となっています。今から20年前は、食料自給率は低くとも諸外国から問題なく購入できていましたが、近年、中国が輸入を増やす中、安定的な輸入と国産の農林水産物の生産拡大が大きな課題となっています。

 特に小麦、とうもろこし、大豆、なたねなど、国内生産では需要を満たすことのできない品目は一貫して海外から輸入しており、国産と米国、カナダ、豪州、ブラジルの4カ国を合わせると、供給カロリーの84%を占めています。これら輸入先の国々はおおよそ政治的に安定していますので、この状態を今後も保持していかねばなりません。ただ、輸送にあたってパナマ運河やスエズ運河など、いわゆる〝チョークポイント〟を通過する経路が多いという地政学的特長があります。

 一方、穀物が安定した国から輸入しているのに対し、肥料原料の方は少し事情が異なります。いわゆる3大肥料のうち、尿素(窒素)についてはマレーシアと中国、リンは中国、塩化加里についてはカナダ、という具合にそれぞれ特定国への依存度が高まっています。以前は調達国ももう少し分散していたのですが、その後、生産効率の関係から徐々に調達国が偏るようになってきたのです。

 そうした中、2021年の秋以後、中国において肥料原料の輸出検査が厳格化され、いつ日本へ輸出できるようになるのかわからない、という事案が発生しました。そこでモロッコ等から協調買い入れを急きょ要請して対応を図りました。また塩化加里はロシアやベラルーシから一定割合を輸入していたものの、ウクライナ侵略が生じて以後はカナダ等から必要量を確保しています。このように、肥料原料の輸入はいつ何が起こるかわからない、調達に奔走して何とか必要量を確保しても前述のとおり価格は高止まり、という実に不安定な状況です。そして日本が世界全体の肥料原料の輸入に占めるシェアは現在1%程度。高いシェアはありませんが、それ故に世界全体の動きによって左右されるとも言えるでしょう。

輸入と備蓄の適切な組み合わせを

 では、わが国の食料安全保障について。1999年に食料・農業・農村基本法が成立した時も食料安全保障は大きな論点となり、そこで基本的な考え方が明確になりました。

 同法においては、食料の安定供給は、国内の農業生産の増大を図ることを基本とし、これと輸入および備蓄とを適切に組み合わせて行うこととされています。具体的には担い手の確保や農地の集積・集約化、スマート農業による生産性向上、等々を推進しています。また、輸入穀物等の安定供給の確保のために、輸入相手国と良好な関係を維持・強化する一方、関連情報については常に収集・分析を図らねばなりません。そして不測の事態に備え、米、食料用小麦、飼料穀物などを適切に備蓄しています。

 現在、米は政府が100万トンほど備蓄しており、また小麦は、現在でも国内流通小麦の約85%を海外からの輸入小麦が占めていることから、輸入小麦について必要量の2・3カ月分を常時備蓄しています。さらに飼料についても100万トンの備蓄があります。緊急時、他の国からの調達を図る期間を考慮して、これらの数量を設定しています。

 このように備蓄に努める一方、いざ万が一、輸入が滞るような事態が生じた場合に備え、リスクの洗い出しと定期的な検証、事態発生時の具体的対応手順の策定やシミュレーションなども不可欠です。農林水産省ではこうした事態に的確に対処するため、政府として講ずべき対策の基本的な内容、根拠法令、実施手順等を示した「緊急事態食料安全保障指針」を策定しています。指針では緊急事態をレベル0~2の3段階に分けており、例えばレベル2では「1人1日当たり供給熱量が2000カロリーを下回ると予測される場合を目安」と設定されています。これはわれわれが日々食べている食料が2割減少するくらいの想定です。その場合の対策として、まさしく食料の割り当て・配給および物価統制に乗り出し、既存農地以外の土地の利用や熱量効率が高い作物などへの生産の転換を図ることと定めています。とはいえ大事なのは、平時に何をすべきか、それが今、問われています。

(資料:農林水産省)
(資料:農林水産省)