2023/07/20
「みどり戦略」の具体化に向け、2022年4月、「みどりの食料システム法」が全会一致で成立し、7月から施行されました。「みどり戦略」が目指す環境負荷の低減に現場が安心して取り組めるよう法律に基づく支援体制を整備したものです。その後、同法に基づき、2023年3月末までに全ての都道府県において地方自治体の基本計画が作成されたところです。そして2023年度、つまり本年4月から、都道府県による農業者の計画認定が本格的にスタートしました。同法に基づく支援措置が現場の皆さまに実感いただけるよう、都道府県等と連携しながら農業者の認定拡大を進めてまいります。
同法においては、環境負荷低減事業活動が規定されています。まず、生産者において、環境負荷低減を図る取り組みに関する計画を立て、それを各都道府県に申請し、認定を受けると、化学肥料・化学農薬の低減や有機農業に役立つ機械などを導入する場合、みどり投資促進税制として特別償却が受けられます。一方、環境負荷低減に役立つ機械など新技術の提供等を行う事業者においては、基盤確立事業の計画を立て、国の認定を受けると、認定された機械が特別償却の対象となります。さらに、畜産や食品残渣からの堆肥製造など、化学肥料・化学農薬に代替する生産資材の供給を行う事業者は、製造施設・設備等が特別償却の対象となります。
国が講ずべき施策として、環境負荷低減に向けた理解増進、研究開発などが位置付けられています。予算としては法律ができる前から先行して、戦略策定後の令和3年度補正予算から地域ぐるみの取り組みを支援する交付金を措置しています。直近では、「みどりの食料システム戦略推進総合対策」に5年度当初で7億円、4年度補正で30億円が措置されています。また、「みどりの食料システム戦略実現技術開発・実証事業」として、新品種の開発やスマート農業技術の開発・実証を進めます。
化学肥料や化学農薬を減らした場合、雑草や害虫の増加や収量の低下が懸念されることから、地域ごとの土壌条件や作目等の状況に応じて、作物がきちんと育つかどうかの実証・検証が必要です。また、有機農業の団地化や地域内での販路拡大など、地域の意欲的な取り組みを後押しするため、交付金を使ったモデル事業を推進しており、4月現在、全国の300を超える地区で実施されています。
基盤確立事業実施計画の数々
また、全国の地方農政局等の職員が現場に出向き、みどり戦略を説明しながら、環境負荷低減に役立つ機械等のニーズを把握する一方、本省ではそうした現場の声を踏まえて、化学肥料・化学農薬の低減や有機農業に役立つ機械や、広域流通可能なペレット堆肥等、資材の生産・販売、環境負荷低減に向けた新技術・新品種の開発等を行う基盤確立事業実施計画の認定を進めています。4月現在で、41事業者、56機種が認定を受け、大手事業者から地場の中小事業者まで広がりを見せています。
例えば、輸出拡大に当たり化学農薬の低減ニーズが高い茶の栽培において、少量の農薬散布で済む乗用型茶園防除機や、カメムシ等により変色した斑点米を除去でき、水稲の無農薬栽培に資するコメの色彩選別機、廃プラ対策のためプラスチックコーティングを要せず、ペースト状の肥料を土壌に直接注入するペースト施肥田植機など、環境負荷低減に資する新たな着想の機械が開発されています。
さらに基盤確立事業実施計画においては、フィルム専門メーカーが冬季の燃油使用量削減につながる農業ハウス用遮熱フィルムの普及に取り組んだり、薬のカプセルをつくる会社が製造時に発生するゼラチン残渣(ざんさ)を肥料として再資源化するなど、一見農業とは遠い存在の他業種も認定していることも大きな特色です。産業界にとって、本業で生じた副産物が農業の未利用資源として活用できるなど、農業の環境負荷低減が新たなビジネスチャンスにつながると考えています。
一方、環境負荷を低減した農作物が消費者・実需者から選択される状況をつくっていくことが重要ですが、店頭では慣行栽培のものと見分けがつきにくく、価格も高めといった課題があります。このため、環境負荷低減の「見える化」を推進しています。有識者会議の議論を経て、温室効果ガスの排出が最も多い生産段階に着目し、個々の農業者が農産物の生産過程で排出した温室効果ガスを簡易に算定できるシートを提供し、その地域の慣行栽培と比較して何割削減されたか、5%以上で星一つ、10%以上で二つ、20%以上で最大三つという形で分かりやすく星のマークで評価し、22年より、等級ラベルで表示した農産物の実証販売をしています。これまで、全国の100を超える店舗で実施されており、こうした取り組みを通じて、環境負荷低減の努力を消費者の皆さまに御理解いただき、その農産物を買っていただける行動につながればと考えています。
有機農業に関して付言すると、市町村の首長の皆さまに、有機農業に頑張ることを宣言していただき、地域ぐるみで有機農業の生産から消費まで一貫して取り組む『オーガニックビレッジ』の創出に向けて、〝みどり交付金〟で支援を行っています。3月現在、54地区55市町村で取り組みを開始しており、2025年までに100市町村、30年までに200市町村での創出を目指します。また、有機農業に取り組んでいる農業者が指導役となり、地域をまたいで技術指導する場合も支援の対象としています。これら「有機農業指導員」を累計500人育成していきます。
〝品種に勝る技術なし〟を実践
中長期的にイノベーションを進めていく上で、一つのポイントとなるのが品種開発です。わが国がおいしくて、たくさん実る農作物を各地で生産できるのは、その地域に適した品種をつくってきたからです。まさに〝品種に勝る技術なし〟と言われる所以です。一方、これからは肥料や農薬を投入して生産を増やす品種開発から、温室効果ガス削減や生物多様性保全に資するよう、少ない肥料や農薬でも効率よく育つ品種開発へと軸足を移していく必要があります。このような品種が一たび確立されれば、一人一人の農業者が肥料や農薬を減らす努力をしなくても、品種の普及を通じて環境負荷の低減を一気に進めることが可能となります。
こうした考えの下、2022年12月に「みどりの品種育成方針」を公表しました。メタンの排出を低減するイネ、少ない肥料でも育つ環境にも良いBNI(生物的硝化抑制)強化コムギ・トウモロコシの他、病虫害抵抗性や高温耐性を持つ品種等の開発を進めていきます。とくにBNI強化コムギは窒素肥料の投入量を6割減らしても収量が変わらず、窒素肥料の分解で大気中に放出される温室効果の高い一酸化二窒素も減るという、文字通り〝生産力向上と持続性を両立〟するものであり、化学肥料の購入を要する途上国の食料安全保障など、国際社会に貢献できると考えています。
カーボン・クレジットも今後期待される取り組みの一つです。温室効果ガスの排出削減や吸収に対し、国が認定することでおカネの取引ができるようにするものです。昨年からバイオ炭の農地貯留や、家畜排せつ物からの温室効果ガス排出が少ない管理法への変更などがクレジットの方法論として登録され、徐々に実績を積んできています。さらに本年3月、「水稲栽培における中干し期間の延長」が新たな方法論として承認されました。中干し期間を延ばすことで水田からのメタンガスの発生量が減り、その削減分がクレジットされるというもので、今後、取り組みの拡大を図ってまいります。
終わりに――日々、新しい発見、発展
このように「みどり戦略」は食料システム全般にわたる取り組みであり、農林水産省だけでなく、関係省庁との連携が非常に重要となります。言い換えれば、他省庁・他分野にとっての政策課題の解決に向け、われわれも「みどり戦略」の推進の観点から貢献していくということです。例えば、下水汚泥資源の肥料利用については、昨秋から国土交通省と連携して、農業関係者・下水道関係者の参画を得て官民検討会を開催し、関係者の役割と取り組み方向を新たに整理しました。また、2022年9月に策定した新たな「バイオマス活用推進基本計画」では、農林水産省が取りまとめ役となり、関係6府省と連携しながら計画を策定しました。いずれも「みどり戦略」と関係省庁の政策を一緒になって推進する取り組みであり、今後とも、こうしたさまざまな連携・協力を大事にしたいと考えています。
以上、「みどり戦略」は策定から2年で施策の具体化が着実に進んでいます。私自身もこの戦略に携わることで、多くの方々と一緒に政策を進める新しい発見、手応えを実感できるとともに、責任の重さを感じながらも前向きに仕事に臨むことができることをありがたく感じています。
(月刊『時評』2023年6月号掲載)