お問い合わせはこちら

能登半島の経験と防災DXの取り組み/デジタル庁 村上敬亮氏

Suicaカードの活用

 今回は、交通系ICのSuicaのご協力も仰ぎました。というのも、現地に入った際、偶然経産省の元仕事仲間がリエゾン派遣されており、その彼から被災者の所在が特定できず、支援物資の発注一つとっても勘と経験でやらざるを得ないので何とかして欲しいと強く訴えられたからです。調べてみると確かにそうでした。物資だけ取りに来た人、避難所にいると言いながら自宅に帰っている人、黙って広域避難してしまった方などさまざまで、結局避難所に何人寝泊まりしているのか、現場でも正確にはわからない。もちろん、被災者の実態把握や支援物資の在庫管理を、人手をかけてきめ細かくすれば良いのですが、正直、そんな余裕は現場にはありません。

 そこで期待されたのがマイナンバーカードの活用でした。しかし、被災者の携行率が4~5割、カードリーダーの数も足りない。カード非保持者のために持ち込める予備のカードもありません。このため、マイナンバーカードの担当として大変忸怩たる思いではありましたが、JR東日本さんに協力を仰ぎ、石川県と連携して、避難している住民の方に、1人1枚Suicaを無償配布し、避難所を出入りするときにピッとしてもらうことによって行動データを取得できる仕組みを作ったのです。その結果、過重に人手を張りつける必要なく、人の出入りや物資の流れ、お風呂の利用者などを簡単に把握することができました。たった一晩で無償協力することを決断してくださったJR東日本さんなど関係各位には、深く感謝したいと思います。

被災者マスターDBの構築を

 発災から2週間を経て、避難所の所在と避難者数の特定はあらかた出来る状態に至りましたが、次に、避難「所」は特定できても、避難「者」の居場所や個々の状態を共有できないという課題に晒されました。中でも今回の災害では、上下水道がやられたため、お風呂はもとより、調理や洗濯などが難しくなってしまい、復旧の目処がなかなか立たちません。1カ月たっても、生活支援の必要な状況は、大きくは変わりませんでした。そんな中、そもそも被災者の方の状態把握が出来ていないことが、介護などで寄り添う上でも大きな課題として浮上してきました。

 現行の災害対策基本法上では、大規模災害の発災後、被災者台帳を作成することが規定されているのですが、実際には、作られない場合も含め、作成フォーマットもバラバラ、作成手法もアナログからデジタルまで統一がなされておらず、自治体をまたぐ広域避難者については、使えるデータがほぼ全くないという状況に陥りました。そうすると例えば、二次避難所となった老舗旅館に、他の市町村からの避難者15人受け入れの連絡があったところ、実際にバスから降りてこられたのは54人でしたとか、介助が必要なのは誰、食物アレルギーのあるのは誰、必要な車椅子の数は何台といったことも全く把握できず、その場で、慌てて聞き取り調査を行うなど、被災者に対する支援の管理は混乱を極めました。

 二次避難所には必ずしも被災対応の専門家がいるとは限りません。現実には、避難所指定された宿泊施設のスタッフの方などがケアに当たるわけですから、個々の状況に応じた適切な対応を図るためにも避難者各人のパーソナルデータを集約した被災者マスター・データベースの整備が不可欠です。被災者の方それぞれについて、住所等の基本情報はもとより、アレルギーの有無、介護の要否・種類、被災者生活中の認知症の悪化の状況など、時々刻々と変化する被災者の状態を、被災者支援を行う関係者間で共有するための仕組みが必要となるのです。

 このため、政府では、今回の経験値を持つ石川県の力を得て、発災した瞬間に住民基本台帳からマスターDBを作成できるシステムを整備することとしました。その際、同時に重要となるのは、個人情報の取り扱いルールです。現在でも、関係法令は、発災時における個人情報の取り扱いの例外を認めていますが、マスターDBの情報を、どこまで誰が見たり書き込んだりしても良いのか、解釈の余地が大き過ぎて、自治体職員や二次避難所指定された民間施設の職員としては、どうしても取り扱いに慎重にならざるを得ません。このため、今回は、マスターDBの整理だけでなく、それに伴う個人情報の取り扱いルールも明確にすることを考えています。

民間専門人材の派遣スキームを

 デジタル庁では、防災にご協力をいただける民間企業の方の参加を募り、2023年に「防災DX官民共創協議会」を立ち上げました。今回、被災地で多くの民間派遣の方に活躍していただきましたが、その際、協議会の推挙により現地入りした方の活動費については、協議会有志の企業から拠出された基金から滞在費用等の支援が行われました。そして、この専門家メンバーが、現場用の情報共有ツールを作成したり、必要なデータの処理を現場のニーズに基づき極めて迅速に処理してくれた結果、現場での防災関連業務のデジタル化はまた一歩前に進んだのです。この経験値を踏まえ、デジタル庁では、協議会などのオーソライズを得て現地入りをした民間専門家を、民間有志の基金ではなく、国費により支援する枠組みを、今後の災害に向け整備することを検討しています。

他にも多数残された防災DX上の課題

 初期の復旧段階を終え、復興フェーズへ移行すると、また新たなデジタル上の課題が出てまいります。例えば、被災家屋の再建支援となると、まずは建物自体の半壊もしくは全壊を判断する局面と対峙することになります。どちらになるかで補助金の額が大きく変わってきますので、被災者の方にとっては死活問題です。現在デジタル庁では、被災家屋の画像を解析しAIを駆使して自動的に判断をするシステムを開発・試行中ですが、被害に遭った家の倒壊状況を、そもそも機械的に判断してよいのか、その使い方を考えさせられる局面もあります。というのも、現場では、半壊・全壊をめぐり、相当深刻なやりとりが人間的に行われているからです。

 また、その状況によって他の支援制度の給付状況も変わる可能性があります。これをフェアに適用するためには、先ほどのマスターDB構築による各世帯の正確な状態把握も必要ですし、そもそも、遠隔避難された方にも支援制度に関する情報を正確にお知らせする手段が必要となります。

 今回罹災証明については、ある市の場合9割以上オンラインで行われましたが、申請者だけでなく、被災者の多い自治体職員自身の実務負担を考えても、各種支援制度のオンライン化は重要な課題となります。

 また、今回の震災では、一部の地方銀行が、マイナンバーカードを保持し本人であることを確認できれば、口座からの預金の引き出しをキャッシュカードや通帳無しでも認める運用をしてくださいました。また、マイナンバーカードのために作った仕組みを用いて、広域支援で来た医療関係者が、本人の同意に基づき保険者が持つ過去の診療履歴や投薬履歴をオンラインで参照し、診察などに非常に役立てることができました。

 このように、避難所管理や復旧支援では、マイナンバーカードが大きな役割を果たすことも確認でき、改めて、平時から、その携行率の向上と、カードを使える環境の整備を怠らないことの重要性を痛感しました。

 特に、現在開発中のマイナンバーカードのスマホ搭載は重要です。実現すると、マイナンバーカード機能の携行率はカードがスマホ自体になることで飛躍的に上がり、被災者支援も相当合理化することが期待されます。平時からの対応が、ここでもやはり、極めて重要となってきます。

(資料:デジタル庁)
(資料:デジタル庁)

今後の防災に向けた三つのポイント

 最後に、読者各位にお伝えしたいことが3点あります。

 第一に、「共助」の重要性です。地方自治体が責任をもって被災者支援を行える範囲と、実際に支援を必要とする範囲は、必ずしも一致しないことが今回の震災でも明らかになりました。このため、消防団のようにコミュニティで支えあって支援する共助の仕組みは、やはり必要だと実感しました。特に、これを行政側のサービスにどう位置付け、組み込んでいくか、防災に限らず大きな課題になると思います。

 第二に、デジタルデータの品質不足です。今回、正確性の裏付けが取れないデータであっても日々のオペレーションにうまく使うことができるかどうかが重要な要素となることがよく分かりました。また、そういったデータの機動的な運用を支えるシステムを現場でチューニングできる専門性を持った民間人材がいかに大事かを、今回改めて認識したところです。国として派遣支援スキームを検討します。

 第三に、繰り返しになりますが、被災者マスターDBは無くてはなりません。これは、被災市役所職員はじめ支援員の負担の大幅な軽減にもつながるでしょう。ただその場合クリアにしておかねばならない問題が、前述した個人情報の取り扱いです。今回のマスターDB作りでは、この点もはっきりさせていきたいと思っています。
                                               (月刊『時評』2024年9月号掲載)

関連記事Related article