2024/10/24
政府は2023年秋から、地域の各種社会課題解決に向けてデジタル行財政改革会議の議論を進めている。少子化人口減の進展により公共サービスの担い手が確実かつ急速に減少していく中、デジタルを駆使してこれを維持・強化し、併せて将来を見据えた社会変革の実現を図ろうとするものだ。教育DXやライドシェアの試行などもこの一環に含まれる。今回、この大きな社会実験の目的や方針、ポイントについて、吉田次長に語ってもらった。
内閣官房デジタル行財政改革会議事務局 次長
吉田 宏平氏
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〝デジタル敗戦〟の教訓をもとに
議論についてそもそもの発端を思い起こすと、2021年9月デジタル庁発足の主因の一つとなった、新型コロナウイルス感染拡大に係る日本の〝デジタル敗戦〟に遡ります。
コロナ禍初期、官民問わずさまざまな経済活動や手続きが、デジタル化の不徹底によって停滞しました。テレワークの体制が整っていないため在宅で書類を作成してもFAXや押印のために出社しないといけない、学校の教室では自宅待機中の児童・生徒の下へ大量の紙の教材が郵送される、マイナンバーカードの普及率も10%台だったことに加え、入金する対象者の口座の把握ができておらず10万円の特別給付にも遅滞が生じ、伝統的な記入用紙の郵送で対処せざるを得なかった、等々の各種混乱を記憶されている方も多いと思います。新型コロナウイルス感染症患者を受け入れる医療機関の病床数を管理する術がなく、保健所が電話とFAXで確認した内容をExcelに記載して都道府県へ、都道府県から厚生労働省へと〝Excelリレー〟して、最後に同省職員が膨大なExcelを徹夜で突合させて日々の状況を明らかにするという、アナログな作業を余儀なくされていました。
このようにデジタル化が遅れていた例、あるいは本来デジタル化されているはずなのに機能しなかった例が社会のいたるところで頻発したことから、当時の菅義偉官房長官が、社会全体のデジタル化を推進する、それにはデジタル化推進の司令塔が不可欠ということで、実質1年でデジタル庁の設立を実現させたという次第です。
公共サービスの質と量を確保
今回のデジタル行財政改革は、デジタル庁の命題である社会全体のデジタル化に「人口減少社会への対応」という視点を追加するという位置付け、と理解していただければと思います。人口減少への対応がますます危急の度を高めており、公共サービスの質と量を確保するにはやはりデジタル抜きには考えられない、デジタル行財政改革の議論にはこのような背景があります。
今後の見通しとして、2050年段階で総人口は1億469万人で08年時点から2340万人減少し、さらに生産年齢人口(15歳から64歳まで)は2050年段階で22年時点から1881万人減少、具体的には働き手の4人に1人が減るという計算です。都市部ではまだ生産年齢人口の減少は限定的ながら高齢者人口の増加が著しくなり、それに対応する公共サービスの構築が急務です。また地方は生産年齢人口・高齢者人口とも加速度的に減少して、コミュニティの存続さえ懸念されるところです。
社会のあらゆる分野で生産年齢人口が減少すれば当然、公共サービスの担い手も不足していきます。地方自治体の職員数はピーク時の1994年328万人に対し22年には280万人へと、業務の効率化等により人数自体減少しており、今後も需給ギャップは広がることが確実視されています。デジタル化によるさらなる業務効率化を図ろうともDX業務担当者3名以下の自治体が全体の55%、0~1人という自治体も300弱に及ぶなど、そもそもDX分野の人材不足が深刻化しています。
自治体以外ではどうか。分野別の状況を見ると、教育分野では公立小学校の教員採用試験の受験者数・倍率がともに低下傾向にあり、2000年には倍率12・5倍だったのが22年には2・3倍です。交通分野では担い手が減っている上に高齢化が進み、タクシー運転手の数はピーク時の約半分、かつ平均年齢は60・7歳で全産業平均を大幅に上回ります。他方で、介護分野は、職員数自体は増えているものの需要が上回り、今後20年間で約69万人の人手不足が生じると推定されています。単純に69万人分の人手を供給するのは極めて困難なため現場業務のDXを図りながら、介護事業所自体の経営効率化等も同時並行で進める必要があります。また自治体の人口規模が小さくなると、生活に必要なサービス施設が立地する確率が減少し、サービス産業の撤退につながる可能性があります。例えば人口1万人を切ると、総合スーパー、病院、有料老人ホーム等が立地する確率が50%以下になるとの予測もあるほどです。
民間研究機関によると労働供給は2030年に341万人、40年には実に1100万人不足するとも想定されていることから、生産性の向上は必須です。しかし現時点では日本の就労者一人当たりの労働生産性は先進国と比較しても相対的に低く、賃金も上がっていません。それ故にむしろ、DX化による今後の伸びしろがあるとも言えるので、対策が求められるところです。
改革に向けた三つの考え方
デジタル行財政改革が目指す姿は、「急激な人口減社会に対応するため、利用者視点でわが国の行財政のあり方を見直し、デジタルを最大限に活用して公共サービス等の維持・強化と地域経済活性化を図り、社会変革を実現することが必要。これにより、一人一人の可能性を引き出し、新たな価値と多様な選択肢が生まれる豊かな社会を目指す」というものです。
そして、以下の三つの基本的考え方に基づいて議論を進めています。①地域を支える公共サービスに関し、システムの統一・共通化等で現場負担を減らすとともに、デジタルの力も活用してサービスの質も向上させる。②デジタル活用を阻害している規制・制度の徹底的な見直しを進め、社会変革を起動する。③EBPMの手法も活用し、KPIや政策効果の「見える化」を進め、予算事業を不断に見直し、これらによってデジタルの力を活用して、豊かな社会・経済、持続可能な行財政基盤等を確立する。これらの命題の実現に向けて各種取り組みを進めています。
具体的には教育や交通など分野別各論から制度改革やシステムの見直しを行い、一定の方向性を見出した段階で政府のデジタル田園都市国家構想の交付金をもとに、全国展開を図れるような仕組みづくりをしてきました。現在、子育てや介護、教育などの分野で各地方自治体を舞台に、新しい仕組みの構築に向けた先導的プロジェクトが進行しています。
今回の枠組みにおける大きな特色は、その先行事例が当該自治体のみならず他の自治体・地域でも実現可能となるよう、担当省庁がコミットしている点です。例えば子育てに関する保活ワンストップの実現において、東京都が構築するシステムを、来年以降こども家庭庁が自ら保有して他の自治体もこの仕組みを活用できるようにしており、全国展開できるようなスキームに育っていくことを期待しています。
事例――教育DXとライドシェア
では注目される分野の進捗状況はどうか。
まずは教育分野について。GIGAスクール実現に向けて小中学校で端末を一人一台、一斉に配布したところ、ほとんどの児童・生徒がパソコンを使って検索や入力ができるようになりました。急速に、日本は世界に冠たるパソコン教育を誇る国になったのです。自身の考えを発表できる、生徒同士の共同作業で何かを構築する等々はまだそれほど伸びていないものの、個人の学習理解度に合わせた多様な進め方が一つの教室内で体現できたという先進的な事例も表れています。
ただ、端末の故障とその補修、ネット環境の整備などは学校ごとに状況が異なり、それが市町村間、都道府県間の格差につながっています。市町村の教育委員会が安価なパソコンを一斉調達したが故にすぐに破損した例も多々あると聞いており、今後は都道府県が取りまとめて調達する方向へ切り替え、大口割引を期待するとともに端末性能のバラつきを抑制します。併せて通信回線の速度や使い勝手なども含めてフォローアップをしていく方針です。
また教員の業務過多が問題視され校務DXが求められていますが、これまでの教員の働き方に関する規程は市町村の教育委員会別に最適化されてきたもので、市町村教育委員会ごとに出席簿、成績表、健康診断票等の仕様がまちまちでした。従来はこれらフォーマットを統一化する必要性が感じられなかったため、教育委員会ごとに個別カスタマイズされた校務システムによって運営されてきたわけです。標準を定めたとしても、それを各学校の仕様に合わせるべく、むしろ費用を投じて改修してきたほどで、全国市町村ごとの改修コストを合算すると100億円単位にのぼります。
従って今回文部科学省と連携し、校務に関してもクラウド環境を整備して、都道府県単位でできるだけ共通化していくことになりました。併せて、全国の校務DX各項目の進捗状況は、都道府県さらに市町村別の一覧ですぐに把握できるようデジタル庁のHPで公開しています。
もう一つの例として注目を集めているのがライドシェアです。都市部はもちろん、地方において特に移動の足の不足が深刻化しているのを背景に、主として規制緩和の観点から議論され、タクシー・バスのドライバーの確保策とともに、自家用有償旅客運送の制度改正と、タクシー会社が雇用する形による自家用車の活用事業の創設、すなわち本年4月から運用されている〝日本版ライドシェア〟が主な柱となります。今後は、今春以後の運用状況のモニタリングとその検証を行い、各時点での検証結果の評価を行うとともに、並行して、こうした検証の間、タクシー会社以外の者が行うライドシェア事業において、法制度を含めて事業の在り方の議論を進める方針です。