2022/09/15
――各カテゴリーから順にご解説をお願いします。
八神 最初のカテゴリーは、研究をしっかりやっていくこと。項目としては「世界トップレベルの研究開発拠点形成」「戦略性を持った研究費のファンディング機能の強化」などが対象となります。日本のアカデミアにおいて、感染症の研究について海外の研究機関に伍していけるような拠点を確立するよう目指します。例えば外国の例では、英国アストラゼネカ社は、オックスフォード大学内に設置されていたワクチンの研究拠点と組んで新型コロナウイルスのワクチンを開発しました。
また、研究費については、戦略的に、感染症の発生状況、企業や研究機関の研究開発の進捗等海外も含めて、最新の各種情報を収集・分析した上で、必要なときにはまとまった規模で費用を投資できるような、柔軟で機動的なファンディング体制が求められます。AMED(国立研究開発法人日本医療研究開発機構)内にその戦略的な研究費配分を行う体制を新設します。
次は産業界への支援体制です。平時にも緊急時にも活用できる製造拠点の整備、創薬ベンチャーの育成、ワクチン開発・製造する産業の育成・振興などです。ワクチンのためだけの製造施設を整備すると、パンデミックが発生しない平時には、維持費だけかかってしまい、企業としては投資のリスクが高くなります。従って、ワクチンとバイオ医薬品の両用(デュアルユース設備)が可能な施設の整備を行い、平時にはバイオ医薬品を生産し、緊急時にはワクチンの生産をするよう切り替えられる施設を整え、企業の生産設備を支援していきます。
――ベンチャーの育成を図るとのことですが、日本ではそもそも創薬ベンチャーが少ないのでは。
八神 はい、欧米でも同様ですが、ベンチャーの育成も一朝一夕には叶わないのが実情です。現在、世界の新薬の8割くらいは創薬ベンチャー発と言われていますので、中期的視点に立ちベンチャーの育成支援を図り、実用化していくという、創薬ベンチャーエコシステムの確立が必要です。日本ではまだこの仕組みが乏しく、特にワクチンとなるとリスクが高いため、ますますチャレンジするベンチャーが少なくなるという悪循環となっており、何とかこれを断ち切り育成と実用化の好循環を生み出すことが不可欠です。
――3番目のカテゴリーはどのような。
八神 主に規制や制度に関わる問題です。国内外を問わず治験が進めやすい環境の整備・拡充や、薬事承認プロセスの迅速化と基準整備などがこれに該当します。薬事承認プロセスに関しては現在、厚生労働省にて本年22年中の薬機法改正に向けて作業を進めていると聞いています。米国では緊急使用許可の仕組みを設け、いざという時に対処していますので、緊急時に迅速な承認ができるよう期待されます。
――ワクチンへの副反応を懸念する声が一定数あるように、迅速な承認に対しては安全性が疎かにされていないか危惧する声も上がりそうです。
八神 安全性はもちろん重要です。今回のコロナ禍において日本は、欧米のいくつかの国を上回る非常に高い接種率を記録しています。多くの国民は接種によるリスクとメリットとのバランスを勘案し、接種の重要性が理解された結果ではないでしょうか。
いずれにしても、ワクチンの正しい情報をしっかり発信し、不安や誤解の解消に努めることが大事だと考えています。
「ピンチをチャンスに」
――ワクチン開発・生産に当たっての国際協調はいかがでしょうか。
八神 これも重要なポイントです。日本では外務省を中心にCOVAX(COVID-19 VaccinesGlobal Access)などへの貢献を進めていますが、いかんせん現段階では国産ワクチンというかたちでは国際的に提供できるに至っていません。しかし日本製のワクチンに期待をしている外国もありますし、日本国民も日本製の開発に期待していると思いますので、安全で有効なワクチンを早期に開発し、提供できるよう目指しています。――国内生産を図る時、必要な部素材を外国からの供給に頼る部分も大きいと思われます。
八神 ご指摘の通り、現在外国に頼っている部素材などをどうやって国内生産・確保していくか、これは大きな課題です。この点、前述した必要政策各項目のうち「ワクチン製造拠点の整備」において、部素材の国内確保も論点の一つに含まれており、ワクチン製造に不可欠な製剤化設備をはじめ、シングルユースバッグ、フィルタなど製造設備の導入支援を行います。
――どの分野についても問題になる点ですが、ワクチン開発に関して人材の育成・確保はいかがでしょうか。
八神 同じく人材育成も重要です。これはワクチン開発に特化した人材というより、より広い視点での生物統計学、生命情報科学に携わるバイオ・インフォマティシャンの育成など、創薬全般の底上げに取り組んでいく必要があると思います。 私たちは関連各省庁の束ね役となって、国産ワクチン開発に向け、日本の総合力を結集し、強化していく役割を担います。実際にワクチン開発・生産体制強化戦略策定にあたって、関係閣僚会議には防衛大臣も名を連ねるなど幅広な省庁が結集しました。
――これらの戦略に基づき、今後に向けて抱負や期待などお聞かせ願えれば。
八神 昨年の臨時国会で成立した補正予算において、ワクチン開発・生産体制強化戦略を推進するため、研究開発、研究拠点、ベンチャー支援や生産設備の支援などに必要な予算を確保したところです。戦略を実行することで、国産ワクチンの開発につなげて新たなパンデミックに備え、国民のみならず国際的にも貢献できる枠組みを作っていく、これが第一の目標です。
さらには、そこから派生する知見や新技術によって日本の創薬力全般が向上していくような効果もぜひ期待しています。冒頭、がんの薬を開発していた知見がコロナのワクチンに応用されたとお話しましたが、逆にワクチン開発を進める過程で、がんその他の生活習慣病に応用できる新たな知見が得られるかもしれません。
特に日本はまだバイオ医薬品の分野で製造も含め弱い部分がありますので、戦略でも述べたようにワクチン製造拠点の整備によるデュアルユースによってバイオ医薬品製造も活性化していけるのではないかなど、今回のワクチン研究開発・生産に向けた取り組みは、わが国創薬の底上げにつながる契機であり、チャンスでもあると言えるでしょう。ぜひ企業の理解と協力を得られればと思います。
この国家戦略を作った狙いは、もしも遠くない未来に再びパンデミックが発生した時にも、しっかり対応を図っておいてよかった、と安全・安心を担保するための準備をしておくことにあります。将来に向けて今から着手することが国民の安全につながるものと考えます。
――本日はありがとうございました。
(月刊『時評』2022年2月号掲載)