
2025/02/14
続いて三番目が先端的な重要技術の開発支援です。将来の国民生活や経済活動の維持にとって重要なものとなり得る先端的技術のうち、当該技術やその研究開発に用いられる情報の外部からの不当な利用により、国家および国民の安全を損なう事態を生ずる恐れがあるものの研究開発を、K-Program(経済安全保障重要技術育成プログラム)により支援しています。
同プログラムは研究開発課題を設定して公募をかけ、研究開発を推進し社会実装を目指すものですが、経済安保ということで、民生利用だけでなく公的利用にもつながる重要技術を支援することとしており、このため、安保関係省庁も含めた複数の関係省庁が共に参画するといった特徴を有しています。予算としてはこれまで総額5000億円を措置して、24年10月8日現在61の提案を採択して、15件の指定基金協議会を設置・開催しました。さらに、こうした資金支援を行うだけでなく、機微な情報や問題意識等を研究者サイドに伝達・提供できる仕組みにしている点も同プログラムのポイントです。研究者サイドの同意の上、守秘義務を課させていただき、その上で情報伝達を可能とする枠組みになっています。
現在、G7では研究インテグリティ・セキュリティの強化をどう推進するかが大きな論点となっています。24年6月、経済安全保障法制に関する有識者会議において「経済安全保障上の重要技術に関する技術流出防止策についての提言(国が支援を行う研究開発プログラムにおける対応)」が取りまとめられました。例えば、大学・研究機関に関しては、国の競争的研究費を投入するプログラムにおいて、研究者や研究機関が参照できるガイドライン等を策定することや、特定の領域の国際共同研究等では、デューディリジェンスの導入をはじめ、諸外国の先進的な取り組みも参照しながらリスクマネジメントの強化を図っていく方針としています。
また、国の支援を受けて行う技術開発プログラムに携わる企業に対しても、営業秘密の管理強化に一層取り組んでいただきたいと考えており、今後は関係省庁の間で共通の方針を調整していくことを考えています。
特許出願の非公開
四番目の柱が特許出願の非公開です。特許出願がなされた後、スクリーニングの上、審査を行い、安全保障上の機微な発明を保全指定することにより、特許出願を非公開とするという仕組みです。特許出願を非公開とする制度は戦前の日本にも存在しましたが、戦後にその仕組みが無くなり以後約70年、特許の出願内容はすべて全世界に向けて公開されていました。他方、機微情報を含む場合についての懸念はかねてから指摘されており、原則公開している制度はG20でも少数であったことから、推進法策定にあたって特許出願の非公開制度を設けたという次第です。
現在、特許庁に年間約30万件の特許出願が寄せられており、従来はそこから一定の期間の経過後に、特許出願が公開されていたのですが、非公開制度開始後は、出願内容が特定技術分野25分野に該当するものは、内閣府による保全審査のプロセスに入り、機微性や産業への影響等への検討が行われ、出願人に対する意思確認を含めた総合評価を経て保全指定をすることにより、特許出願を非公開とすることを可能としました。保全指定中は開示の原則禁止や情報の適正管理義務などの制約がかかりますが、実施制限等により出願人が受ける、通常生ずべき損失が補償されることになっています。
同制度は24年5月から運用が開始されており、実際に保全審査が始まっています。それ故、基幹インフラ制度と同様、今後は運用の実績を積み重ねていくことが大事だと考えています。また、これまでは、安全保障上機微に当たることを懸念し特許出願を控えていた方もおられたと思いますが、この仕組みを使えば先願者という法的地位が得られますので、権利確保の観点から活用されていく手段になり得るものと考えます。ちなみに日米間では、相互防衛援助協定に基づき相手国に提供した技術上の知識について、相互に非公開のまま出願を可能とする協定は存在するのですが、これまで日本に特許出願を非公開とする国内法が無かったため、米国において秘密指定された特許の出願が米国から日本に対して行われるのみという片務的状況が続いていました。現在、わが国で特許出願の非公開制度が整備されたことを踏まえ、今後は双方向運用となるよう、現在細目の調整を行っているところです。
セキュリティ・クリアランス法施行を前に
経済安保の取り組みが進む中、新たに2024年5月10日、いわゆるセキュリティ・クリアランス法こと重要経済安保情報保護活用法が成立しました。法律の公布後一年を本法の枠組みを概観すると、①政府が保有する安全保障上重要な情報を重要経済安保情報として指定し、②指定された情報の厳格な管理・提供ルールとして、情報を漏らす恐れがないという信頼性の確認(セキュリティ・クリアランス)を得た者の中でのみ取り扱うこととし、③漏えいや不正取得に対しては罰則を適用する、という構成になっています。
重要経済安保情報として指定の対象となる要件として、①重要経済基盤保護情報であって、②公になっていないもののうち、③その漏えいがわが国の安全保障に支障を与える恐れがあるため、特に秘匿する必要があるもの、と定められています。このうち重要経済基盤とは、①わが国の国民生活又は経済活動の基盤となる公共的な役務の提供体制(例えば、基幹インフラ役務など)や、②重要な物資(プログラムを含む)の供給網などとされています。その上で、重要経済基盤保護情報に該当し得る四つの類型として、①外部から行われる行為から重要経済基盤を保護するための措置又はこれに関する計画又は研究、②重要経済基盤の脆弱性、重要経済基盤に関する革新的な技術その他の重要経済基盤に関する重要な情報であって安全保障に関するもの、③ ①の措置に関し収集した外国の政府又は国際機関からの情報、④ ②③に掲げる情報の収集整理又はその能力、が規定されています。これら4類型に該当する重要経済基盤保護情報のうち、公になっておらず、特に秘匿を要するものが、重要経済安保情報として指定されていくことになります。
ちなみに、特定秘密保護法では、防衛、外交、特定有害活動やテロ活動の防止に関わる一定の情報のうち、漏えいすれば安全保障に「著しい支障」を与える恐れのあるものを「特定秘密」と位置付けておりますが、対して重要経済安保情報では、重要経済基盤の保護に関わる一定の情報のうち、漏えいすれば安全保障に「支障」を与える恐れがあるものを対象とします。外国の表現で言えば、特定秘密はトップシークレットあるいはシークレット、重要経済安保情報はコンフィデンシャルに当たるものと言えるでしょう。例えば、サイバー攻撃等の外部からの行為が実施された場合を想定した政府としての対応案の詳細に関する情報、外部からの行為の対象となって安定供給の障害につながりかねないサプライチェーンの脆弱性に関する情報、等々が想定されます。24年10月現在、同法の施行を前に政令のほか、政府の統一的な運用を図るための基準、いわゆる運用基準の策定作業を進めており、今後、パブリックコメントを経て閣議決定することを目指しています。運用基準では、重要経済安保情報の指定・管理・解除や、適性評価の実施手続や取得した個人情報の目的外利用の禁止、さらに、適合事業者の認定手続などを規定すべく作業を進めています。
今後は、重要経済安保情報を産業界に活用していただく場面も出てくるだろうと想定しています。その場合は従業員の方にクリアランスホルダーとなっていただき、やがてはそうしたクリアランスホルダーも増えていくことが想定されます。こうした積み重ねを経て、外国政府・企業との共同研究などの際、政府を通じ重要な情報が共有されていく場面が一層増えていくことになると考えています。
(月刊『時評』2025年1月号掲載)