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経済安全保障、直近のテーマと論点/内閣府 泉 恒有氏

◆内閣府経済安全保障政策最前線

いずみ こうゆう/昭和43年9月11日生まれ、福岡県出身。東京大学法学部卒業。平成4年大蔵省入省、28年財務省主計局主計官(総務、地方財政、財務係担当)、令和元年関税局総務課長、内閣官房国家安全保障局内閣参事官、4年内閣官房国家全保障局内閣審議官、6年9月より現職。
いずみ こうゆう/昭和43年9月11日生まれ、福岡県出身。東京大学法学部卒業。平成4年大蔵省入省、28年財務省主計局主計官(総務、地方財政、財務係担当)、令和元年関税局総務課長、内閣官房国家安全保障局内閣参事官、4年内閣官房国家全保障局内閣審議官、6年9月より現職。

 近年、わが国において経済安全保障に関する各種法制度が急速に整備、改正されている。2022 年に経済安全保障推進法(以下「推進法」という)が制定され、24年5月にはセキュリティ・クリアランス法こと重要経済安保情報保護活用法が成立した。わが国の経済・産業活動と安全保障の両立を図る上でこれらの法制度が基盤となることだろう。今回、泉政策統括官に、経済安保の主要論点と法制度の要諦について、詳細に解説してもらった。

政策統括官(経済安全保障担当) 泉 恒有氏

経済安全保障の位置付け

 これまでわが国の安全保障環境を支える各種施策は、国際情勢に沿って常に変化してきました。例えば、国際秩序と国境管理の変遷を見ると、1970~80年代の東西冷戦構造下では、「共産圏」への輸出管理を主眼とするココム型輸出管理であったのが、90~2010年代前半の貿易自由化・グローバルサプライチェーン拡大の時代には、「紛争・テロ地域」への拡散管理を軸とした不拡散型輸出管理に移行し、そして2010年代後半からは、地政学リスク拡大に伴う経済安全保障、言い換えると、権威主義的な国家といった「価値観の異なる国」への技術移転管理へ変化しています。WTOの機能低下が指摘されて久しくなる一方、同志国同士の間で枠組みを模索する動きが活発化するとともに、直接的な大量破壊兵器に加えて軍事力強化に資する汎用品・先端技術についても管理が求められるようになりました。経済安全保障という視点は以前からありましたが、特に2010年代後半から経済安全保障という言葉が一般化してきたと思われます。

 22年12月に策定された国家安全保障戦略の冒頭には、「グローバリゼーションと相互依存のみによって国際社会の平和と発展は保証されないことが、改めて明らかになった」と記されており、これが日本政府の現状認識となります。自由貿易は前提ですが、それを通じた相互依存の深化だけでは安全保障は担保できない、という認識です。国家安全保障戦略では、安全保障の捉え方についても、従来の外交、防衛だけでなく、経済、技術、情報の各要素が明示的に位置付けられました。

 では、経済安保政策の全体像はどのような構図になっているのか。国家安全保障戦略においては、まず経済安全保障を「我が国の平和と安全や経済的な繁栄等の国益を経済上の措置を通じて確保すること」と定義しました。わが国の平和と安全だけでなく、経済力の向上につながる措置も安全保障の側面からサポートしていく、という方針が明確化されています。また、従来の安全保障の主たる担い手は政府でしたが、経済安保に関しては企業をはじめ民間主体もその一翼を担うと位置付けられており、そのためのさまざまな枠組み作りも進んでいます。

 自律性向上や優位性・不可欠性確保に向け、推進法の執行だけでなく、各省庁施策と連携したさまざまな取り組みが行われています。例えば、データ・情報保護や経済的な威圧への取り組みは今後の重要な課題であり、経済インテリジェンス能力が問われるという意味でも、民間主体との連携が一層求められると考えています。

(資料:内閣府)
(資料:内閣府)

サプライチェーンの強靭化

 22年に制定され、24年5月に改正された推進法は、主に四つの柱で構成されています。

 一番目がサプライチェーンの強靱化です。これはまず、政府が特定重要物資を指定し、これに関する製造設備の整備や代替技術の開発等を行う事業者に供給確保計画を提出していただき、主務大臣がこれを認定した上で認定企業に助成措置を講じる内容となっています。特定重要物資として現在、抗菌性物質製剤、肥料、永久磁石、工作機械・産業用ロボット、航空機の部品、半導体、蓄電池、クラウドプログラム、可燃性天然ガス、重要鉱物、船舶の部品、先端電子部品の計12物資が指定され、随時追加されています。

 助成措置として総額2兆円超の予算を確保しており、24年9月18日時点で105件の供給確保計画を認定し、設備投資や技術開発等への支援を行っています。また、最近では日本が優位性を有する一部の特定重要物資で技術流出防止措置を支援要件として求めることとしました。これは、支援対象となる物資に関わる技術について、社内・従業員や取引先において、アクセス制限や規程等の整備、技術移転管理を求めるという枠組みです。これは輸出管理の射程では捉えきれない優位性のある日本の技術等も含め、流出防止に向けた取り組みを講じていこうとするものです。

 サプライチェーンの強靱化を図る上で、今後どのような課題が考えられるのか。まず、現在の施策は、民間事業者による取り組みを支援する建付けとなっていますが、実は一つ、国自らが安定供給確保に取り組む形を想定した条文が法律に記されています。これに関して、具体的にどのような事態を想定し、どのような措置を講じるべきかについて今後議論を深める必要があります。また、所管省庁や国家安全保障局(NSS)、民間事業者が連携し、リスクシナリオを設定して分析を行い、情報保全を図りつつ、脆弱性の認識を共有していく取り組みも求められるでしょう。さらに、同志国やグローバルサウス諸国との連携を図る上で、政府開発援助(ODA)だけでなく、企業の海外展開を支援する枠組みも検討すべきと考えています。24年6月、グローバルサウス諸国を念頭に、民間企業では背負いきれないリスクに対応するため、研究開発や商用化に向けた実証支援を着実に進めるとともに、施設・設備の実装まで含め支援強化することが政府方針として決定されました。今後、経済安保の観点から海外展開支援の枠組みをどう講じていくかも検討課題と考えています。

基幹インフラ役務の安定的な提供の確保

 二番目が、基幹インフラを担う事業者(特定社会基盤事業者)を個別に指定し、その事業者が重要な設備(特定重要設備)の導入や維持管理等の委託を行う際には、事前に届出を求めて審査を行う、という枠組みが推進法で新たに設けられました。従前からインフラ管理に関しては、いわゆる「業法」を通じて主務大臣が関与していたわけですが、これに安全保障の観点からのチェックを加味する形となりました。24年5月から運用開始され、既に特定社会基盤事業者からの届出書が順次提出され、審査が行われています。

 基幹インフラとして、電気、ガス、石油、水道、鉄道、貨物自動車運送、外航貨物、航空、空港、電気通信、放送、郵便、金融、クレジットカードの14分野を対象分野として定めており(24年5月、港湾運送分野を追加する改正法が公布)、これらに関わる特定社会基盤事業者が24年9月4日時点で213者指定されています。国は、特定重要設備の導入等の計画書を審査し、特定重要設備が「わが国の外部から行われる妨害行為の手段として使用されるおそれ」が大きいと認めるときは、当該計画書を届け出た事業者に対し、妨害行為を防止するため必要な措置を勧告(命令)できる、という仕組みになっています。審査に当たっては、設備を納入するサプライヤーに関する情報として、代表者や設立準拠法国、議決権の状況、役員の状況、外国政府等との取引の売上高の総額に占める割合等を求めるほか、「リスク管理措置」として29項目の実施状況もチェックを行うこととしています。今後、この新たな枠組みに基幹インフラとしてどのような分野を追加していくかが検討課題になります。また、別途検討されているサイバー安全保障の観点からも、インフラ機能の維持は重要な課題になると考えています。