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適正・適切な広告、景品表示の最新動向/前・消費者庁審議官 真渕 博氏

3.内閣総理大臣が指定するもの

 不当表示の類型三つめは「内閣総理大臣が指定するもの」で、現在までに7分野が告示で指定されています。例えば「おとり広告」もその一つです。広く報道された事件としては、回転すし店が、キャンペーンで〝カニづくし〟などの豪華な寿司商品を宣伝していたところ、実際には多くの店舗でこれらの商品を提供できない状態だと判明したというケースがありました。このときは再発防止を求める措置命令を行っています。

 分野を適宜追加して指定できる柔軟な制度設計は、近年の広告市場の変化へ対応する上で役立ちます。2021年には、ソーシャルメディアなどデジタル分野での広告費が従来の広告媒体であるマスメディア4媒体(テレビ・ラジオ・新聞・雑誌)の合計を上回りました。注目すべきは、デジタル広告の拡大に伴って景表法上の不当表示の情報提供件数も増加しているという事実です。消費者庁に寄せられる景表法違反についての情報提供は2013年には約6000件でしたが、最近では年間1万4000件を超えるようになりました。

 デジタル広告の作成は、広告主以外にもプロバイダやアフィリエイトプログラム事業者、アフィリエイターやインフルエンサーとして広告を作成する個人など、第三者の関与が多いですし、とりわけアフィリエイト広告においては、アフィリエイターが表示物を作成・掲載するため広告主による表示物の管理が行き届きにくく、成果報酬を求めて虚偽誇大広告を行うインセンティブが高いという特性もあり、従来型よりも調査が複雑化・長期化する傾向にあります。一見するだけでは広告と分からないよう装うステルスマーケティング、いわゆる「ステマ」と呼ばれる手法も横行してきました。

 こうした状況に対応するため、消費者庁は「アフィリエイト等に関する検討会」を行って報告書を公表し、内部管理体制の構築を事業者に義務付ける「管理指針」を改訂して、アフィリエイトプログラムを利用した広告も対象であると明記しました。

 さらに、ほとんどの先進国では既にステマを規制する法整備が進んでいる状況を受け「ステルスマーケティングに関する検討会」も開きました。取りまとめとして昨年2月に公表した報告書を受け、景表法に定める不当表示のうち「③内閣総理大臣の指定するもの」の七つ目の指定として新たにステマが追加されました。「事業者が自己の供給する商品又は役務の取引について行う表示であって、一般消費者が当該表示であることを判別することが困難であると認められるもの」を不当表示とする告示を出し、昨年の10月1日から施行しています。

(資料:消費者庁)
(資料:消費者庁)

新たな制度整備「確約手続」

 消費者庁は、2014年に行われた前回の法改正から一定期間が経過したことを加味し、デジタル化の流れに対応すべく景表法自体の見直しも行いました。昨年5月に改正法が成立し、現在は今年10月からの施行を目指して内閣府令や運用基準の作成など、必要な準備を進めています。

 今回の改正での目玉は「確約手続」の導入です。

 従来の手続きでは調査の結果、違反が明らかになればそのまま行政処分まで進む手続きしかありませんでしたが、新たな「確約手続」では、事業者が自主的に不当表示を改善し、再発防止のための取り組みまで実施する選択肢が加わります。われわれは日々寄せられる膨大な通報の中から重要なケースを選別して調査していますが、確約手続の導入によって、より迅速な解決と効果的な是正措置が期待できます。

 改正法の施行後は、消費者庁が必要と認める場合には、対象となる事業者に違反の疑いがある段階で表示内容の概要や法令の条項を通知し、違反是正のための「確約計画」を当該事業者が自主的に作成・申請できるようにします。消費者庁が事業者から提出された計画を審査して、基準を満たしていれば認定し、措置命令や課徴金納付命令は行いません。ただし、認定後に計画に沿った措置が実行されなかった場合は認定を取り消し、通常の手続きに戻って調査の上で白黒をつけることになります。

 景表法においては確約手続の導入が初となるため、運用基準を作成し、今年4月18日に公表しました。内容は、今年2月中旬から募集していたパブリックコメントの結果も踏まえており、事業者からの相談には積極的に応じると明記しています。

 また、運用の透明性を高めて事業者の予見可能性を確保するため、確約手続の対象範囲についての考え方を示しました。違反の疑いのある表示を迅速に是正する必要性がどの程度高いか、事業者の自主的な提案に任せた方が効果的な是正措置になる可能性が高いか等の観点から、確約手続の対象とするかどうかを決めていきますが、その際、経緯や規模、一般消費者への影響の程度、確約計画で見込まれる内容も考慮して判断します。他方、違反が繰り返されていたり、表示に根拠がないと認識していたのに表示するような悪質なケースは対象になりません。

 確約計画を認定する基準についても具体化し、「措置内容の十分性」と「措置実施の確実性」の両方を満たしている必要があるとしました。最低限必要な措置として、違反行為の取りやめ・一般消費者への周知徹底・再発防止措置・履行状況の報告など、通常の手続きにおいても措置命令に含まれる典型的な内容を示しています。さらに認定の判断に当たって有益になりそうなプラスアルファの措置として、返金を含めた一般消費者への被害回復や、違反の要因となった取引先との契約の見直しなども記載しました。

 確約計画が認定された場合は公表されますが、その際は事業者のレピュテーションリスクに配慮する形で〝景表法違反を認定したわけではない〟旨を明記するという点も運用基準に取り入れました。

(資料:消費者庁)
(資料:消費者庁)

一般消費者を守るために

 消費者庁には複数の審議官がいますが、私は執行担当として、景品表示法や特定商取引法の執行を行ってきました。法に反するおそれのある行為に対しては事件として事業者を調査し厳正に対処しますが、これは「一般消費者の利益を保護する」という目的のためにほかなりません。

 今後はさらに、消費者庁として新たな制度を含む周知啓発活動や表示の実態調査など、違反の防止策により積極的に取り組んでいくべき時です。事業者側からの理解・協力が不可欠だと考えています。
                                         (月刊『時評』2024年8月号掲載)