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適正・適切な広告、景品表示の最新動向/前・消費者庁審議官 真渕 博氏

――サービス・表現多様化の時代にあるべき表示とは――

まぶち ひろし/昭和40年4月20日生まれ、岐阜県出身。東京大学法学部卒業。平成2年公正取引委員会入局。平成11年在独日本国大使館、平成25年企業取引課長、平成26年消費者庁表示対策課長、平成30年取引企画課長、令和2年近畿中国四国事務所長等を経て、令和4年7月より現職就任。
まぶち ひろし/昭和40年4月20日生まれ、岐阜県出身。東京大学法学部卒業。平成2年公正取引委員会入局。平成11年在独日本国大使館、平成25年企業取引課長、平成26年消費者庁表示対策課長、平成30年取引企画課長、令和2年近畿中国四国事務所長等を経て、令和4年7月より現職就任。

 適正で適切な広告表示は国民生活の健全性にとって不可欠だ。現代では、従来にない新たなサービスの登場や、価値観や世論の多様化によって、適正な広告や表示のありようも複雑さを増している。他方、適正さを欠いた広告や表示を発信した企業はガバナンスがより厳しく問われる傾向もあるため、適正範囲の変動には常に細心の注意が必要となる。今回は景表法の執行を担当する前・真渕審議官に、あるべき適正な広告表示の最新動向を語ってもらった。

進化を続けてきた景品表示法

 1962年に制定された不当景品類及び不当表示防止法(以下、景表法)は、その2年前に発生したいわゆる「にせ牛缶事件」をきっかけとして法制化されました。同事件は、缶詰食品を購入した消費者が当時の東京衛生局へ 〝ハエが混入していた〟と届け出たところ、そもそも「牛肉の大和煮」のはずの中身が馬肉だったため、他の事業者も調べてみると、当時「牛缶」として販売されていた商品の大部分が、その頃は安価で流通していた馬肉や鯨肉だったということが、偶発的に発覚した事案でした。社会で大きな議論が巻き起こり、同法の制定に至ったのです。

 景表法の第一条では、「不当な景品類及び表示による顧客の誘引を防止するため」、「一般消費者による自主的かつ合理的な選択を阻害するおそれのある行為の制限及び禁止」によって「一般消費者の利益を保護することを目的とする」としています。要約すると、合理的な判断をしにくい状況で商品やサービスを〝買わせる〟ことを禁止して消費者を守る、これが趣旨となります。

 「表示」に関する法律には他にも、例えば、食品表示法や家庭用品品質表示法がありますが、これらの法がアレルギー成分や品質などについて事業者が表示すべき内容や表示方法まで義務付けているのとは違い、景表法は「広告等の表示は事業者が自由に行える」という前提の下で、消費者に誤認される表示があれば事後的に取り締まる構造になっています。

 景表法は当初、公正取引委員会だけで運用されていましたが、制定から10年後に都道府県知事にも行政指導の権限を与える改正が行われました。その後2009年に消費者庁が発足すると、法律とその予算、定員もまるごと公正取引委員会から同庁に移管されました。その後、食品表示やレストランのメニュー表示における不正が社会問題化したために景表法が2度にわたって改正され、都道府県知事の権限がさらに拡大されて行政処分である措置命令の実施が可能になったり、課徴金制度が導入されたりしました。

 また、事業者が適切な内部管理を行う義務を負うというユニークな規定も導入されました。条文では主語に何の制限もなく〝事業者は〟としているので、例外なく全ての事業者が内部で管理体制を整え、消費者庁が景表法第26 条に基づき策定した「管理指針」に沿って景品提供や表示を適正に管理する措置を行わねばならなくなったわけです。この「管理指針」の中身に含まれているのは、事業者がそれぞれ自社の従業員へ景表法の考え方について周知啓発を図ることや、法令遵守の方針を明確化すること、表示に関する情報の確認・内部共有の仕組みを作ること、表示を管理する担当者を定めること、表示の根拠となる情報の保存などです。正当な理由なくこの義務を果たさない事業者は行政から指導や勧告を受け、従わない場合は公表されることになっています。

 現在、景表法の事件では消費者庁が中心となって調査を進めていますが、公正取引委員会に委任することも可能です。調査の結果、違反が確認されれば消費者庁が行政処分を行います。都道府県も独自に、調査や措置命令を発出することができますが、課徴金納付命令を発出する権限は消費者庁にしかありません。

 事件化されるのは、景表法が禁止している「過大な景品」と「不当表示」の二つです。虚偽や大げさな内容の宣伝が不当表示ですが、類型として定められているのは①優良誤認表示、②有利誤認表示、③その他内閣総理大臣が指定するもの、の三つで、ディスプレイや実演広告物、セールストークも表示として規制の対象になります。

(資料:消費者庁)
(資料:消費者庁)

1.優良誤認表示

 優良誤認表示とは、商品の品質や規格などについて、実際よりも著しく優良であると消費者に誤認される表示のことです。形ある商品だけでなく役務(サービス)も対象になり、例えばコンサート事業者に行政処分を行った事例もあります。2022年5月に東京ドームで開催された有名アーティストのコンサートにおいて、公式サイトのチケット購入画面ではあたかもSS席はアリーナ部分、S席は1階スタンド席が割り当てられるかのように表示されていたのに、直前になって実際の座席配置が発表されると、SS席を購入したのにアリーナではなくスタンド席になった人や、S席を購入したのに1階スタンド席ではなく2階スタンド席になった人もいたので、「SS席又はS席を買ったのに良い席ではなかった」という不満がSNS上でも広まりました。

 優良誤認表示では、景表法にある非常に強力な制度「不実証広告規制」によって、優良誤認表示の疑いがあると、消費者庁は事業者に対して表示の裏付けとなる資料の提出を要求できるのですが、資料が提出されなかったり、資料が提出されても「合理的な根拠」になると認められなかったりする場合は不当表示とみなします。事業者は非常に重い立証責任を担っているといえるでしょう。

 合理的な根拠とはどのようなものかについて、消費者庁はガイドラインを作成し二つの考え方を示しています。一つ目は試験や調査の結果で実証されるなどした客観的な資料であること、二つ目は表示している効果・性能が資料の内容と適切に対応していることです。両方を満たしていなければ合理的な根拠とは認められません。

 「糖質カット炊飯器」の優良誤認表示は記憶に新しい事件です。〝通常の炊飯と同じ仕上がりで糖質が半分近くカットされる〟という宣伝で炊飯器を販売していた事業者に、根拠となる資料の提出を求めたところ、出てきた資料には水分量の記載がなく、実際にはおかゆのような状態での数値を示していたものもありました。あたかも糖質がカットされたかのようですが、水分量が多ければ総重量が増えるだけで全体の糖質総量は表示の通りに変わりません。

 生分解性プラスチック製品の不当表示もありました。微生物によって分解され、最終的に二酸化炭素と水に変化する環境に優しいプラスチックとして、カトラリーやストロー、カップ、ゴミ袋、釣り用品、エアガン用BB弾など幅広く使用されてきたもので、販売事業者10社が行政処分の対象となったものです。表示されていた分解効果の根拠を求めたところ、提出された資料には公的機関からの認証やISO規格の試験基準に基づいた客観的な数値が含まれていたものの、それはコンポスト処理施設の高温(60度以上)や高湿度(60%以上)など特殊な環境下での試験による結果が大半でした。実際の使用環境下で分解できると誤認される宣伝表記は、資料の試験条件と乖離しており、合理的な根拠とは認められませんでした。

 不実証広告規制を適用していない事案について、最近では、海外渡航用モバイルルーターのレンタルサービスを提供する事業者が旅行ガイドブックの裏表紙に掲載した広告が問題になり、不当表示と判断されました。「お客様満足度№1」「海外旅行者が選ぶ№1」「顧客対応満足度№1」などと記載されていたのですが、その実態は外部事業者に委託して行った、利用実績の有無を確認しないインターネット調査や、ウェブサイトの印象を問うだけの調査によるものでした。

 2023年度は上述のケースのほか、ペット用サプリメントに健康食品、太陽光発電システム、蓄電池、注文住宅建築請負に至るまでさまざまな業態の13社に対し「№1」の記載を不当表示として行政処分を行いました。これを受け、消費者庁は〝№1表示〟に関する実態調査を実施し、広告主のみならず調査を請け負う事業者や広告業界にもヒアリングを行って報告書をまとめようとしているところです。

2.有利誤認表示

 有利誤認表示は、商品の価格や取引条件について、実際よりも著しく有利であると消費者に誤認される不当表示です。例えばよくあるのは、〝メーカー希望小売価格1万円の商品が今なら8000円〟と表示されているのに、実はメーカーは希望小売価格を設定していない「オープン価格」の商品で、元値としていた1万円は架空の価格だった、というケースです。

 最近では学習塾の事業者に有利誤認表示が発覚し、行政処分を行いました。中学1年生向けの個別指導を月謝1万9800円で提供する塾がウェブサイトに〝学べば学ぶほどお得になります〟と掲載していた料金には、「週5回まで定額」、「指導時間は月20時間+α 可能(1時間あたり835円)」という説明がありました。しかしこの計算は、価格改定前の月謝1万6700円を基にしており、現行価格の1万9800円で計算すると1時間あたり1188円になるはずで、料金が実際より安く見えるように表示されていたことになります。

 ちなみにこの事業者は自社と他社の授業料を比較したグラフも掲載していましたが、自社は講師と生徒の比率が最大1対6のときの料金、他社は1対2あるいは1対3のクラスでの料金を基に比較したものでした。教師一人当たりの生徒の比率が低いほど料金が高くなるのは当然ですから、前提条件が不公平な比較であり消費者に誤解される不当表示だということで、このグラフも景表法違反と判断されました。