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【森信茂樹・霞が関の核心】 総務事務次官 内藤 尚志氏

6月分の特別徴収無しで〝隙間〟に対処

森信 岸田政権肝いりの計4万円の定額減税では、所得税は3万円、個人住民税(地方税)は1万円減税する、一方で住民税非課税世帯には1世帯当たり7万円の給付を行うとされていますが、その結果、フルに恩恵を受けられない、いわゆる〝隙間〟が生じます。それに対し、給付と減税との隙間を埋める措置を講じるべく、これまた膨大なシステム作業が自治体に生じていると聞きます。自治体ごとに対応するのではとても間に合わないのでデジタル庁が新しいシステムを構築し、間に合わない自治体に対して計算システムを提供するとも聞きました。

内藤 ご指摘された仕組みは、定額減税によってカバーできない方には給付をするという組み合わせのためのシステムです。政府から定額減税の大枠を示した段階で市町村の事務負担がかなり発生することは予想されたため、まずは制度設計の段階から市町村と綿密な意見交換を行い、どのような形にすれば事務負担をより簡素にできるか協議してきました。その結果、給与所得者について令和6年6月分は特別徴収を行わず、減税後の税額を残りの11 カ月で均等にご負担いただ
く、という方式に決めました。

森信 つまり6月分の地方税は一切負担無し、ということですね。

内藤 はい、負担はありません。また減税しきれなかった方への給付金についても、活用可能な租税情報をもとに計算して、一万円単位で支給するというシンプルな仕組みを取ることになりました。このように、まず制度設計の段階で市町村の事務負担に配慮したというわけです。

 とはいっても、依然として一定の事務負担は残りますから、給付金の計算については、ご指摘のようにデジタル庁がシステムを整備して計算を行うという支援をしています。事務負担が一定量発生するというご指摘はありますが、市町村の皆さんから負担が重すぎてとても対応しきれないというところまでの声はお聞きはしておりません。

森信 なるほど、事前にシンプルな内容にするというプロセスを経たのが奏功したわけですね。

内藤 事前の段階で市町村の方々の意見をかなり聞きましたので、現在のところ、それが結果に反映されていると考えています。

森信 私は以前から給付と減税をつなげる給付付き税額控除の導入を提言しており、この計算システムの構築はその実現に近づくのではないかと期待しています。そもそも減税と給付を行うのであれば、英国のような給付付き税額控除を導入して足らざるところを給付すれば済む話です。将来的に減税と給付を組み合わせた効率的な社会保障を実現するためには、今回のような計算システムを進化させていくことが必要ではないかと考えています。

現年課税導入は事業者の負担増

森信 もう一つ、私は住民税に対する現年課税の導入を行うべきだと考えてきました。現年課税には、発生ベースで税を課すというあるべき姿が実現することに加えて、例えば急増している外国人労働者が新年を迎える前に帰国して税を徴収し損ねるという今日的課題も解決できると思われます。この議論が今に至るも実現されないのは、どのような点に課題があるのでしょうか。

内藤 納税の際、所得があるときに納めていただくのは最も望ましく、私たち税務当局としてもそれが望ましい姿であるとは認識しています。一方で、所得課税については、事業者の方々に源泉徴収義務を負ってもらったり年末調整の事務をしてもらったりしています。今現在の仕組みを前提として、住民税で現年課税を行おうとすると、源泉徴収をしていただく事業者の方に、1月1日時点での従業員全員の住所等をすべて把握してもらうという新たな事務が生じ、その上で住民税の年末調整も新たに行う必要があります。また原稿料や講演の報酬を支払う事業者にとっては、支払先の人が1月1日にどこにいるのか把握しておかねばなりません。つまり、実際に徴収してもらう事業者の方々の事務負担が、所得税の事務に加えてさらに大幅に増大することになります。

 現在は特別徴収という形で市町村がすべて計算し、事業者各位に対し幾ら税を納めてくださいというお知らせをしているので、事業者の方はそのお知らせを受け取って徴収すればいい、というシンプルな形になっています。しかしこれを、現年課税方式に変えるとなると、事業者サイドの方が事務負担に耐えられないという、この点に議論が進展しない背景があると思われます。逆に言えば、事業者の方々が負うであろうこれら負担を軽減する仕組みができれば、現年課税導入の道筋が見えるかもしれません。

森信 デジタル技術を活用して、企業における年末調整事務を生じさせない市町村精算方式の導入など抜本的に変える案もあると、報告書で読んだような気がします。

内藤 長年、一つの会社に勤務しているサラリーマンの方に対してはその通知方式も可能だと思いますが、雇用が年々流動化している昨今、短期かつ頻繁に転職する形態がより進む、あるいはフリーランス等で原稿料や講演料支払いが増えると、計算による通知という方式だけで解決するのが難しくなりつつあります。

 その上で一つの解決可能性として考えられるのは、マイナンバーカードが国民にあまねく普及すれば、それをベースに何らかの仕組みが作れるかもしれません。

森信 そうした可能性の実現については、前向きに検討されている状況でしょうか。

内藤 そうですね、先ほど申しましたように、納税は所得があるときに納めていただくのが最も望ましい、そのスタンスは変わっていません。現在の翌年度課税では、退職された翌年に住民税が課税されるので、やはり納税通知が手元に届いてから驚く人も少なくありません。従って、現年課税が理想であるとは思いつつ、現段階では現実的な解決法が見つからないのが正直なところです。

森信 現年課税導入へ政治が反対しているわけではなく、行政事務上の課題として解決法が得られれば導入が図られると捉えてよいでしょうか。

内藤 はい、その認識で問題ないと思います。

マイナンバーカード取得困難者に対して

森信 現在、地方自治体はマイナンバーを活用して、さまざまな行政サービスや手続きの効率化を図っている渦中ですが、今なおマイナンバーに対しては国民から相応のメリット享受が感じられないという向きもあろうかと思われます。マイナンバーカードの普及は現在どのような状況でしょう。

内藤 有効申請受付件数は1億人を超え、実際に手元に取得されている保有者は9200万人ほどに達しました。このように、ほぼカードは普及した状況にあると言えるのですが、高齢者や乳幼児など、取得困難な方々に保有してもらうにはどうするかが目下のテーマです。対策として、例えば施設に入っておられる方、自宅であまり外出されない方等に対しては市町村が出張して申請を受け付けるという方策を実施しています。また、施設の管理者の方が暗証番号を記載した紙を
預り、代理でマイナンバーカードの交付を受ける場合もありますが、それ自体荷が重く感じられる管理者の方がいるのも事実です。

 従って、マイナンバーカードの機能は多少制限されますが、暗証番号を付さないマイナンバーカードの交付を昨年から始めました。

森信 その場合、本人確認はどのように?

内藤 市町村の職員が出張してその場で確認したり、市町村から委託を受けた郵便局においてネットでオンライン確認を図るなど、いくつかの方法で対応しています。いずれにしても本人確認を行った上で、暗証番号の入っていないマイナンバーカードを交付します。これによって高齢者の方でも、安心してカードを保有してもらうことが可能です。

森信 マイナンバーそのものを表記しないカードの発行も検討されているとか。

内藤 次期カードの検討に当たってそのような御意見もいただきましたが、一方でさまざまな手続きで各機関へマイナンバーを提供する必要がある場合に、マイナンバーが券面に記載されていないとカードによりマイナンバーの確認が取れなくなり、代わりに住民票の写しを取得して提出することが必要となるなど利用者の方に負担が生じることから、最終的には現行どおり券面に記載することとなりました。なお、性別については、プライバシー面に配慮して次期カードにおいては券面に記載しないこととなったほか、偽造防止の観点からデザインを変更することになりました。

森信 いずれにしてもカードを持って歩くことの不安を取り除くことが重要ですね。

内藤 私たちもそう考えています。もちろん、実際にカードを落として、それを他者が拾っても個人情報を全て窃取することはできません。個人情報は分野ごとに分散管理されていて、カードに搭載されているのは各管理へのアクセスキーのみですので。ただ、この仕組みがあまねく理解されているとは言い難く、その不安を払しょくするための努力を引き続きしていきたいと思います。

森信 では乳幼児に対してはいかがでしょう。

内藤 一つは、出生届と同時にカード申請していただくという方策を検討しています。

森信 既に諸外国ではそうしていますね。生まれた段階で当局に連絡が行って番号付番につながります。

内藤 ただ、乳児は成長によって出生から1年もたてば大きく変わりますので、写真があまり意味を成しません。ならばむしろ、顔写真無しのマイナンバーカードの交付を考えています。

 顔写真が無いカードとなると、マイナンバーカードの機能が限定され全て使えるわけではなくなりますが、健康保険証など重要な機能は継続して使用できますので、あらゆる世代の方々にカードを持っていただくよう引き続き検討を進めていく方針です。


森信 ところで次官は休日、どのように過ごされていますか。

内藤 夫婦でいろいろな所をウォーキングするのが最近の楽しみです。時代小説の舞台となった旧跡や名残などがまちの一隅に所々残っていて、思わぬ再発見の機会が得られますので。そういう意味では、東京の中でも知らないところがまだまだたくさんあり、思わぬところにレトロな喫茶店などが残っていると嬉しくなりますね。

森信 学生時代が思い出されるというのは、リラックスの方法としてとても効果がありそうですね。本日はありがとうざいました。

インタビューを終えて

 内藤次官は、総務省が抱えるさまざまな課題について、大変わかりやすく説明をいただいた。とりわけ、マイナンバーの現状や住民税の現年課税の問題に関する当方の質問に対し、真正面から正直に答えてくださったことが印象的であった。

 話をしている中で、私が主税局の課長時代に内藤次官が固定資産税課の課長補佐をしておられた(課長は片山善博元総務大臣)ことが分かり、地方消費税の創設などに苦労した同じ税の仲間として、インタビューは大変スムーズに進んだ。今後の次官のご活躍を期待したい。
                                                (月刊『時評』2024年6月号掲載)

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