2024/04/05
森信 前段と関連するのですが、文科省では現在、高専こと高等専門学校スタートアップ教育環境整備事業に力を入れておられるとのこと、その背景はどのようなものでしょう。
藤原 高専制度は1962(昭和37)年に発足し、5年一貫で中学を卒業後に入学する高等教育機関という、ある意味ユニークな教育システムです。もともとは中堅技術者の養成を目的にスタートしましたが、近年産業界から高専卒業生の将来性が非常に有望であるとして人材ニーズが高まっています。
森信 高専卒業生のポテンシャルを、企業の方が認識し始めたということですね。
藤原 以前から人材に対する評価は概して高かったのですが、最近特に起業が求められる時代背景の下、より一層、高専卒業生が注目されるようになりました。以前、高専卒の学生と一般大学工学部を卒業した学生とではどのような点が異なるのか聞いたことがあるのですが、高専経由で入ってきた学生は工学のマインドが非常に旺盛である、とのことでした。工学は理論だけでなく感性が重きをなす部分が多く、中学から高専に入って手作業から学ぶ経験を積んできた学生が大学の工学部に編入学してさらに理論を習得した場合、通常の大卒学生とは違う感性、発想を発揮するケースが多いとの評価でした。さらにこれらの学生は起業マインドも旺盛だそうです。この点、今後さらに注目を集めると想定されることから、われわれ文科省でもスタートアップ教育の整備に力を入れている次第です。
森信 高専生が起業したスタートアップの先例などありましたら。
藤原 例えば、印刷物を自動で点字に変換できるシステム等を提供するTAKAO AI(株)は、高専生向けのコンテストでの受賞を契機に、在学中に設立された企業です。この他にも、高専生が在学中に設立した企業として、インターネットサービスを提供する、さくらインターネット(株)などがあります。
森信 なるほど、そうした成功事例があれば高専を目指す学生も増えるし、企業からの注目度もより高まりそうですね。また、高専卒業後に再度、大学に入学する学生も少なくないと?
藤原 高専の専攻科に進学する学生と大学に編入学する学生を合わせて高専本科卒業生の4割くらい、さらにその先に大学院に進む学生もおります。
森信 そうなると、最終学歴は大学あるいは大学院で、高専は学歴の一部ということになりますね。
藤原 確かに、高専の位置付けがわかりにくくなるという面はあるかと思います。
森信 令和5年度税制改正で、私立の大学や高専、専修学校専門課程を設置しようとする学校法人等を設立するための企業による寄附を促すため、企業からの寄附金について一定の要件を満たすものを全額損金算入とする特別措置なども講じられています。
藤原 私立の高専を新たにつくる場合ですね。
森信 高専の設立を促す時代になったわけですね。
藤原 国を挙げて高専教育を発展させていく方針です。
森信 それもまた、デジタル人材を多数養成しようという方向性の一環でしょうか。
藤原 そういう側面も確かにあります。
教師の問題は先進国共通の課題
森信 人材に関連して言えば、学校現場の教師の負担が増し、人員確保と同時に教師の働き方改革の必要性がメディアなどでよく取り上げられていますね。
藤原 2023年春、富山・金沢でG7教育大臣会合が開催されたのですが、教師に関しては参加したG7各国いずれも悩みを抱えていることが議論されました。曰く、EU共通の課題であると。つまり日本も含めて各国の状況はそれぞれ異なりながらも、課題を抱えているという点では先進国に共通していると言えるでしょう。
森信 共通する悩みというとどのような点でしょう。
藤原 今日的背景として、学校が知識を独占できなくなったという社会状況の変化があります。一昔前は、知識を教師がまず保有して子どもたちに伝達するという立場だったのですが、これほど情報化が発達し、教師以外に知識習得の機会が激増すると、相対的に教師の役割が変容・希薄化することになります。この点、われわれも省内で議論を重ねていますが、やはり教師の役割自体が変わっていかねばならないとの共通認識を持っています。他方、保護者の方々の高学歴化も進み、教師が今後社会の中でどのようにステイタスを保持するのかが課題となってきています。
森信 なるほど、それは容易に解決できそうな課題ではありませんね。
藤原 難問ではありますが、いずれにしても教師が社会の中で、改めてリスペクトされるようなシステムを再構築していく必要があると考えています。現在の教師像においては、子どもたちに知識を教えるだけでなく、子どもの学びを支え、子どもたち自身が考え、議論して、行動する力を引き出すような存在としての役割が重視されつつありますので、こうした変化の中で教師の役割を改めて立て直していかねばなりません。
また、教師に対する給与の問題があります。
森信 それは残業時間や教職員定数とも密接に関連していますね。
藤原 近年、教師という仕事が非常に〝ブラック〟であるとの批判が高まっていることから、今後もより良い人材を教職の現場で確保するためには、教職員定数の改善やサポートスタッフの充実等により、批判されるような現状を変えていかねばなりません。
森信クラブ活動などでも教師の負担軽減を図る動きがありますね。
藤原 部活動の地域移行です。例えば休日の部活動における生徒の指導や大会の引率などを、学校の職務として教師が担うのではなく地域の活動として地域人材が担うなど、徐々に新たな取り組みを進めています。
残業時間を抑制しつつ校務DXを
森信 残業管理についてはいかがでしょうか。
藤原 2021年に法律改正を行い、ガイドラインを策定して教師の残業時間を、月45時間を上限とする指針を示しました。こうした改善もあり、残業時間は一時期に比べ漸減してはいるのですが、まだまだ多いのが現状ですのでさらなる対策が求められます。具体的にはまず、教師でなければできない仕事を精選していく必要があります。
森信 それ以外の仕事は、教師以外の人に分担してもらうということですね。
藤原 そのためには当然、人的措置も必要となりますが、まずはこうした観点から切り分けを図ることが第一歩になります。と同時に、校務もまだまだ手作業で行っている現状が多々ありますので、これら校務DXをより一層進めていくことも不可欠です。
森信 こうした施策の効果は出始めているのでしょうか。教職員志望の倍率が低迷しているという報道がありますが。
藤原 確かに大量退職・大量採用の現今では、まだまだ倍率の低迷は厳しい状況です。直近では、小学校における教職員志願者の競争倍率が2・3倍で過去最低でした。ただ、各種改革を実施することで、地域あるいは個別の学校においては徐々に効果が表れ始めているところも出てきました。今後は、大量退職・大量採用が徐々に改善していきますので、諸条件の改善を図りながらその中で教師の質も向上させていければと思います。
森信 教師不足が指摘される一方、低年収に甘んじる非正規雇用の教師が一定数いるようですが、この問題はどう考えたらよいでしょうか。
藤原 全体的には非正規雇用の方が正規雇用される傾向にあります。教職員の場合、子どもの数に応じてクラスの数が決まり、それをもとに教職員定数が決まるという仕組みになっていることから、もともと正規雇用プラス非正規雇用の職員で構成するという形になるわけです。もちろん、非正規をできるだけ増やさず正規を伸ばしていくことが方向としては望ましいのですが、現実的には正規の教職員が産休・育休を取得した場合には非正規教職員で補充を図る等のケースもありますので、非正規を早々にゼロにするのは困難ではあるのですが、総じて非正規雇用は減り、正規雇用を増やす方向にあります。
森信 次官は休日を過ごす御趣味などはどのように?
藤原 スポーツが好きで、テニスをはじめジムでトレーニングなどしています。公務員の仕事も、実は体力勝負という一面がありますから(笑)。
森信 ご指摘の通りですね、本日はありがとうございました。
インタビューを終えて
次官は体型がスリムでダンディーな方、というのが当方の第一印象であった。お話も軽快で、わかりやすい内容であった。デジタル化やAIの進化の中で、知識の習得だけでなくコミュニケーション能力も必要とされる。わが国の国力のファンダメンタルズを形成する教育の重要性は、ますます高まっていく。今後のご活躍を期待したい。
(月刊『時評』2024年3月号掲載)