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【森信茂樹・霞が関の核心】こども家庭庁長官 渡辺 由美子氏

加速化プランとは?

森信 では「こども未来戦略方針」のポイントについて説明をお願いします。

渡辺 これまで申し上げた大きく三つの課題認識の下、戦略方針の基本理念としては、①若い世代の所得を増やす、②社会全体の構造・意識を変える、③全てのこども・子育て世帯を切れ目なく支援する、という三つを掲げています。そして、今後3年間の集中的な取り組みとして「加速化プラン」を策定しました。この加速化プランでは、①ライフステージを通じた子育てに係る経済的支援の強化や若い世代の所得向上に向けた取り組み、②全てのこども・子育て世帯を対象とする支援の拡充、③共働き・共育ての推進、という三つの柱の下に、具体的な施策を掲げています。

 ①の経済的支援では、児童手当の拡充、出産等の経済的負担の軽減、高等教育費の負担軽減や住宅対策、さらに若い世代のリ・スキリング支援などを盛り込んでいます。

 ②のこども・子育て世帯の支援の拡充では、伴走型相談支援や産後ケアなど妊娠期からの切れ目ない支援の拡充、就労要件問わず利用できる「こども誰でも通園制度(仮称)」の創設、幼児教育・保育や就学後の学童保育の場における職員配置の充実なども盛り込んでいます。

 ③の共育て支援では、男性育休の推進という観点から、産後パパ育休取得時の育児休業給付の給付率引上げ、育児期を通じて柔軟に働けるようにする育児時短就業給付(仮称)の創設や看護休暇の見直し、さらに制度の取得をしやすくするための環境整備を行う中小企業への支援なども盛り込んでいます。

 今後、年末までにさらに高等教育費、貧困、虐待防止、障害児・医療的ケア児に対する支援策の拡充を含め細部を詰め、全体としては3兆円半ばという、かなり大規模かつ広範囲にわたるプランです。

森信 私の印象では、対策の重点が、メディアの反応も含め、児童手当の倍増や第三子加算などに偏っているのではないかと思いますが。一方で、児童手当の増額のような経済支援だけでは出生率は回復しないなどと、こども家庭庁を批判する論調も見受けられます。

渡辺 予算のシーリングも出ていない段階で、毎年度3兆円半ばを要する事業を継続的に実施していくという政策パッケージに政府として閣議決定でコミットすることは、かなり〝異次元〟だと個人的には思います。ただ、これまでの検討のプロセスが非常に短かった、具体的には、年明けから急に議論が加速化したため、これまでお話してきたような戦略方針の策定の背景となっている政府としての問題意識や具体的な施策の内容・狙いについて、十分に国民の皆さんと共有できていない、ということがご指摘のような反応につながっているのではないかと思います。この点は、こども家庭庁としても、また、政府全体としても、丁寧に説明を続けていく必要があると考えています。

森信 世論調査を見ると、子育て支援施策への国民の期待度は30数%にとどまっています。これは、異次元の対策の内容が国民の関心からずれているということなのでしょうか。

渡辺 おそらく、誰に対してどのような内容で聞くか、によってだいぶ結果が変わるのではないかと思います。子育て世代の方々には、児童手当だけでなく、われわれが考えている施策の内容をもう少し丁寧に、かつ、具体的にわかりやすく説明し、その上でご賛同いただけるかを問えば、かなり変わってくるのではないかと思います。もちろん、われわれもそのための具体化の作業を急がなければなりませんが。

 ただ、こども・子育て支援策は非常に広範囲にわたりますし、聞かれる側がどのようなライフステージ・状況にあるかにより、反応も千差万別だと思います。すなわち、結婚・子育て以前、妊娠・出産時、お子さんが小さい時、就学して教育費がかかり始めた時などのライフステージ、貧困や障害などさらにきめ細かい対応が必要な場合など、それぞれ求める施策が異なりますので、施策への反応を、何か一つの物差しで評価するのは難しいと感じています。

 さらに、施策自体は賛成でも、それが少子化傾向に歯止めをかけるか、と聞かれると、わからないとか、それは無理ではないか、という答えが返ってくることもあると思います。

 さまざまな調査結果は真摯に受け止めつつも、伝えるべき相手と内容を考えながらの丁寧な発信を心掛けたいと思います。

森信 私自身も、政策に疑問を呈するだけのマスコミの姿には、違和感を覚えます。ではどうしたらよいのか、個別に対案を出してほしい、と国民やマスコミに問いたい気持ちです。もっとも、各家庭内によりニーズは異なるということにもなりかねませんが。

 私は、働き方改革やコロナ禍で急増しているギグワーカーやフリーランスの人たちの所得をいかに上げていくか、セーフティネットをどう構築していくかということも大きな課題だと思います。プラットフォーマーの下でデリバリーサービスをする若者の勤労実態は、労働者と変わりません。もっと言えば、このようなビジネスモデルは、社会保険料を節約するために考え出されたものと言えます。結果、彼らはセーフティネットから抜け落ちる。もっとプラットフォーマーに負担をさせて、ギグワーカーやフリーランスの生活を支えるセーフティネットを構築すべきだと思います。

渡辺 働き方も多様化していますので、「こども未来戦略方針」においては、先ほども申し上げたように、育児休業給付や育児期を通じた柔軟な働き方を後押しをするための制度の充実を図りつつ、こうした雇用保険の対象とならない自営業やフリーランスの方などについても、育児期の経済的負担を軽減するための措置、すなわち、現在、産前産後に限っている年金保険料の免除を育児期まで拡大する等の対策を盛り込んでいます。

〝支援金制度〟の創設

森信 次に財源の問題に移りたいと思います。現在、財源確保に向けたアイデアとして、「こども金庫」(仮称:子ども関連予算を一元的に管理する目的で創設される特別会計において「こども特例国債」を発行、管理する枠組み)が検討されていると思いますが、こども家庭庁で検討されているのでしょうか。

渡辺 はい、関係省庁の協力も得つつ、当庁で担当いたします。

森信 特別会計を作って財源も確保しつつ政策を遂行していくという考え方は、大いに評価できるものと思います。一方で、「つなぎ国債」も発行できるとなると、雇用保険特会のような流用も生じかねません。また財源が歳出改革ということでは、必ずしも明確ではないので、支出だけが先行する可能性もあると思います。この点の制度設計について、現段階で解説をいただくことは可能でしょうか。

渡辺 7月からこども家庭庁の長官官房に支援金制度等準備室を設け、加速化プランを進めていくための安定財源フレームの重要なパーツである支援金制度の検討を進めています。戦略方針にも書いてあるとおり、年末までに制度の詳細を詰めていくことにしています。

森信 労使を含めた国民全員が負担する、と書いてあるので、企業負担も含まれるというでしょうか。

渡辺 制度設計はこれからですが、これも未来戦略方針に書いてあるように「労使を含めた国民各層」が負担することになりますので、現行の事業主拠出金のように企業が100%拠出するものとは異なる新しい制度になります。国民各層ですから高齢者の方々も含まれます。また、既存の年金や医療保険等とも異なる、新しい仕組みとして検討しています。

森信 既存の社会保険料にオンするのではないと。

渡辺 既存の各保険料はそれぞれの制度に基づき使途が明確化されていますので、例えば医療保険料を引き上げてそれを使う、ということをすれば、それこそ流用になってしまいますので、そのような意味での「オン」ではありません。詳しい制度は、法制的な整理も含め現在詰めているところですが、少なくとも既存の社会保険料と紛れるような形にはしないことが肝要だと思っています。

 「特定財源」となりますので、その収支をしっかりと見える化していく必要があり、そのために、既存の特別会計を統廃合しつつ新たな特別会計である、こども金庫(仮称)を創設する、ということにつながってくるわけです。

 また、支援金制度は法律改正も必要ですし、現在の賃上げの流れに竿を差さないという意味でのタイミング、さらにシステムの構築など事務的準備もあり、施行までには一定程度の時間が必要です。その間でも加速化プランは先行して進める必要がありますので、タイムラグで財源が不足する可能性もある。そうした場合に備えて、「つなぎ国債」を発行することもあり得ます。この場合でも、単なる赤字国債とは区別する意味できちんと特会債として位置付ける予定です。

歳出改革と支援金制度

森信 一方「こども未来戦略」を読むと、「実質的に追加負担を生じさせない」と書いてあります。この点と新たな保険料負担との関係はどうなのでしょうか。

渡辺 加速化プランの財源の基本骨格は、戦略方針にも書かれていますが、まず、「消費税などこども・子育て関連予算充実のための財源確保を目的とした増税は行わない」としています。そのため、まずは、歳出改革で財源をねん出する、ということが基本です。この歳出改革は、「全世代型社会保障改革を構築するとの観点から」となっているので、端的に言えば社会保障改革によることになりますが、社会保障の歳出改革を行うと、公費だけでなく、現役が負担している社会保険料の負担の伸びも抑制されます。ですので、ここで抑制された負担増に見合う分ぐらいの範囲で、新たな支援金制度による負担を考えようということです。もちろん、マクロベースでみて、ということになりますが。いずれにしても詳細は、年末に向けて検討していくことになります。

森信 なるほど、今日の対談、大変丁寧なご説明をいただき、疑問点が大いに解消されました。

 ところで、長官は週末の気分転換になるようなご趣味などはいかがですか。

渡辺 音楽が好きで、オペラ、ミュージカル、宝塚など鑑賞するのが好きです。時間があれば、国内外の旅行が一番の気分転換になりますが、最近はあまり時間がないので、近場の温泉で気分転換しています。

森信 本日はありがとうございました。

インタビューを終えて

 筆者は、厳しめな質問もしたが、渡辺長官の返答は、きわめて明快・明瞭で、腑に落ちる、大変説得力のあるものであった。厚労省での長いご経験の上に蓄積された見識が背景にあると感心した。わが国にとって最重要課題ともいえる少子化対策、政治との間の取り方も大変ご苦労されると思われるが、長官の胆力とリーダーシップで効果あるものにしていただくことを期待したい。
                                               (月刊『時評』2023年10月号掲載)