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【森信茂樹・霞が関の核心】中井徳太郎氏

分散型社会のデザイン

森信 再生可能エネルギーの需要が高まる一方、新型コロナウイルス感染拡大によって社会の在りようが大きく変化しています。この点の整合性をどう考えるべきでしょうか。

中井 その点は中央環境審議会でも議論されています。いわゆる〝3密〟回避の生活が一般化すると、いずれにしても一極集中の持続は好ましくない、つまり分散化社会への方向性が明確になりました。分散化社会を形成するには、まさにエネルギーや食を始め、地域で循環サイクルを回せるだけの経済システム構築が基盤となります。したがって現在の分散社会への志向トレンドを上手くデザインし、われわれが〝命の産業〟と呼ぶ地産地消型社会の実現を、より現実味あるものにしていく必要があります。

森信 なるほど、都市生活者を始め多くの国民に〝命の産業〟確立の意義を知ってもらうためにも、提示すべきデザインの在りようが重要になりますね。

中井 ご指摘の国民的理解に向けて小泉進次郎大臣は現在、不健康な状態にある現在の地球を健康な状態に戻すために、脱炭素社会、循環経済、分散型社会、の三つの実現を目標に掲げています。特にコロナ禍を見据えて一極集中解消を図るためにも分散型社会のデザインがポイントになります。大都市から人が地方に分散することで、地方においてはコンパクトでありながらヒューマンスケールを確保する、人の数だけ揃えば中山間地まで分散してもいいというのではなく、行政サービスの効率性を維持できるだけの人口集積を形成する、そういう発想が必要だと思います。

森信 中核市のような自治体がいくつもできるようなイメージでしょうか。

中井 エリアとしては大小あってもいいと思います。地域における人口集積という意味でのクラスターを形成できれば、それが分散型社会の実現に資するのではないかと。

森信 そうしたトータルでのイメージをどのようなタイミングで国民に発信すべきでしょうか。

中井 われわれとしてはやはり、「地域循環共生圏」のイメージを積極的に発信することが大切だと考えています。この「地域循環共生圏」自体を一つの生物と捉えてもらえれば、まさに一個一個のクラスターが生物を形作る細胞や臓器であり、それらが健康でかつ有機的に結びつくことで初めて、生物としての健全性を保てると言えるでしょう。そういう生命システム的観点から今後の経済、社会を捉えていくべきではないかと思います。

森信 環境面での健全性はもちろん、地域再生にもつながるしコロナ対策にもなるという、まさに現在求められている課題を、一枚で解決している図ですね。

中井 前述の通り「地域循環共生圏」の構想自体はコロナ禍以前からありましたが、コロナ拡大を経た現在、将来の姿を展望するとますます「地域循環共生圏」を構築するのが最善であり、極論すればほかに方策はないと言っても過言ではありません。

森信 コロナ以前と以後とでは、国民からの理解度に大きな違いがあるでしょうね。確かにポスト・コロナでは「地域循環共生圏」の意義が大きく浸透するのではないでしょうか。

中井 さらに言えば先ほどの先行事例地域において、エネルギーだけでなくヒト・モノ・カネの独立的循環スタイルを早く確立して成功事例として国民の皆様にお示しすることが重要です。そのため現在、地域において金融や技術、観光などの専門家が知見を生かして活躍できるよう、マッチングのプラットフォームをつくっているところです。

森信 中井次官らしい、スケールの大きな構想ですね(笑)。しかし、大風呂敷に終わらず、非常に説得力があります。

中井 頻発する大規模自然災害に見舞われても、経済、エネルギーを含めて自助・共助しながら地域の独立性を維持していく、それが21世紀あるべき環境と地域社会両立の姿ではないかと思います。

森信 環境という観点で捉えると、全社会的に停滞を余儀なくされているコロナ禍においても、それを上手くプラスの方向に転じることが可能に思えてきますね。

中井 もともと求められていた社会の理想像が、コロナ禍によってより一層、顕在化しました。今はまさしく大転換期だと思っています。これまで環境省では〝里山イニシアティブ〟として地域の循環社会づくりに取り組んできましたが、やはりそれでは狭小な感をぬぐえませんでした。しかし「地域循環型共生圏」は地域から日本へ、日本から世界へ発信できる人類共通の理念だと言えるでしょう。

 もちろん、実現に向けては制度、経済、技術などトータルな意味でのイノベーションが欠かせません。それには金融に呼応する価格シグナルとして、炭素税や排出権取引等を含めたカーボンプライシングの確立が不可欠です。

カーボンプライシングの確立が不可欠

森信 そうですか。2050年段階での温室効果ガス排出ゼロが達成を図るには、新技術の開発に頼るだけでは無理で、いずれは次官がご指摘されたカーボンプライシングの仕組みによって、補完せざるをえなくなるのではないかと、私も思います。早急に議論を始めるべきですね。

中井 われわれも2050年カーボンニュートラル実現を描きそこに向かっていくわけですが、究極的にはカーボンプライシングを構成する各種仕組みが一つ一つ自立したビジネスとして確立される必要があります。

 ビジネスとして確立を図る上でポイントとなるのは、おカネの流れの方向感です。すなわち炭素を排出するものはむしろ高い、という認識を社会や事業者に貫徹させるために、政府からまとまった発信をすべきとの声が各方面から挙がっています。

 環境省としてはカーボンプライシングの必要性を従前から訴求してきましたが、2050年カーボンニュートラルという明確かつ遠大な目標が定まったことで、いよいよ具体的な議論を図る時期が到来したと捉えています。小泉大臣もこの点、本年よりカーボンプライシングについての検討を加速化するため中央環境審議会を再開すると明言しています。

森信 どうも産業界にはカーボンプライシングというと、新たな税収を得るための増税、といったイメージが先行し、抵抗感が強いようですが。

中井 私は環境増進に基づく経済成長を〝新しい成長〟と呼んでいるのですが、カーボンプライシングはまさに〝新しい成長〟のドライバーとして活用されるべきツールだと認識しています。炭素税や排出権取引が確立されると新たな収入の方策となるわけですが、その収入の使途も自由にデザインできればカーボンプライシングの有用性が認識されやすくなると思います。確かに先生のおっしゃる通り、炭素税など〝税〟とネーミングされると拒否反応が先行しがちですので、その認識を改めてもらうところから始まります。

森信 炭素を出すものは高くなり、抑制すると安くなるという、要は発想の転換だけなのですが、この点についても継続的に丁寧な説明が必要ですね。

中井 そうなんです。必ずしも増税になるとは限りません。炭素を出さないものを使えば税金がかからなくなる、という行動変容を促すための政策でもあります。

森信 私は、環境税は財源調達のための税というより環境という目的を達成するための手段という位置づけで考えた方がいい、その行動変容が促された暁には、究極的には炭素を出す事業からの税収がゼロになるわけですから。その間の税収は、環境対策などグリーンニューディールに活用できる。その点をもっとアピールすべきだと思います。

中井 この問題で一つのポイントになるのが、EUにおける国境炭素税(環境対策が緩い国からの輸入品に事実上の関税をかける税制)だと言えるでしょう。他方、米国ではバイデン新政権がパリ協定復帰を掲げていますので、今後、この国境炭素税の議論が沸騰する可能性は大いにあります。そのとき日本の環境対策が緩いままでは、EUの環境ビジネスに取り込まれる恐れも考えられます。

森信 この構想自体、国内産業を保護するならWTO違反の色彩が強いように思われます。

中井 今後は、国際的な観点からいろいろな議論が出てくることになるでしょう。そうした場に臨んで日本のスタンスをきちんと確立しておかないと、各国からの拒否感が先立つばかりでは議論になりません。

森信 ぜひ検討を進めてもらいたいですね、日本から世界への国際的メッセージとして。私も、今やカーボンプライシングは世界の常識となっていますし、それ無くしては日本が環境大国であると発信しても国際社会から信用されません。

中井 2050年カーボンニュートラル達成を日本が掲げたならば、その本気度を世界に発信するためにも、カーボンプライシングは必須の要件になりますね。

森信 税の議論は非常に参考になりました。ところで次官は、お休みの時にはどのような過ごし方を?

中井 私自身を一つの生命体として捉え、人体組成の70%を占める水に積極的に親しんでいます。例えば季節を問わず海に入って水行をしたり、夏は滝に打たれるなど、年間を通じて水に接しているからでしょうか、平素から健康で、もう15年ほど医者いらずの毎日を送っています。

森信 本日はありがとうございました。

インタビューを終えて

 中井さんは昔からよく存じ上げている官僚である。霞が関からはみ出す行動力と構想力は、小泉大臣の参謀としてぴったりはまったという感じだ。ぜひ、環境後進国の汚名を晴らして新たな環境国家の建設に向けて努力していただきたい。そのためにもカーボンプライシングの議論を応援したい。


森信茂樹(もりのぶ・しげき)
法学博士。昭和48年京都大学法学部卒業後大蔵省入省、主税局総務課長、大阪大学教授、東京大学客員教授、東京税関長、平成16年プリンストン大学で教鞭をとり、17年財務省財務総合政策研究所長、18年9月から中央大学法科大学院教授。東京財団政策研究所研究主幹。著書に、『日本が生まれ変わる税制改革』(中公新書)、『日本の税制』(PHP新書)、『抜本的税制改革と消費税』(大蔵財務協会)、『給付つき税額控除日本 型児童税額控除の提言』(中央経済社)等。日本ペンクラブ会員。