2024/09/11
〝脱炭素ドミノ〟の先行的事例
森信 具体的な政策としてはどのように?
中井 カーボンニュートラル実現は、社会・経済の仕組みが質的に大きく転換していくことを意味しています。そのためには、新たな技術イノベーションが必須です。昨年末の12月4日、統合イノベーション戦略会議において、新たに2兆円の基金を創設し、蓄電池開発など野心的なイノベーションに挑戦する企業を今後10年にわたって継続的に支援するとの表明が為されました。ただ、イノベーション創出の発想自体は従来から経済産業省で、所管産業すなわち供給サイドの視点から取り組んではきています。しかし今回の基金創設は、さらに本腰を入れていくという意欲の表れだと言えるでしょう。
社会・経済の転換に伴い、地域や暮らしが変容していく、その結果どのような地域社会となるのか、国民が将来ビジョンを共有して、需要サイドすなわち生活者の目線から積極的に新しい社会を形成していく活動が望まれます。それは供給サイドからでは限界のある社会変化です。この点、菅総理も所信表明において「脱炭素社会の実現に向けて、国と地方で検討を行う新たな場を創設する」と明言しました。これについては、環境省が事務方となり、12月25日に第1回国・地方脱炭素実現会議が開催されました。引き続き、経済産業省中心の技術イノベーションの供給サイドの検討と合わせた形で運営していきたいと考えています。
森信 環境省はかねてから、「地域循環共生圏」の形成を掲げてきましたが、その実現に資する取り組みであると?
中井 そうですね、われわれが〝マンダラ〟と呼ぶ「地域循環共生圏」(図)の構想について、従来から自治体、金融
事業者、経済団体等も巻き込んで進めてきましたが、今般大きくグレードアップし、官邸主導の構想となりました。昨年末、まず第一回の会合を設け、この夏までに地域版・脱炭素のロードマップを策定する予定です。すでに約200自治体、人口数約9000万人がいちはやく、2050年までにカーボンニュートラルを実現すると表明しています。つまり、日本各地の地域社会の方から脱炭素推進の声が上がったと言えるでしょう。
例えば離島など一次産業主体の地域では、他の地域から電力を買ってくるために、地域内の収支がマイナスつまり持ち出しの方が多くなって、かつ化石燃料主体になるという悪循環が長年続いてきました。それを、再生可能エネルギーを中心とした地産地消の仕組みを構築できれば、あと30年先を待たずにカーボンニュートラルを実現できて財政に負担をかけない、こういう好循環に転換できるわけです。したがってまずは離島や中山間地域などを先行させ、その実績を徐々に温室効果ガスを排出する工場地など都心近郊に広げていくのが望ましい、私はこの流れを〝脱炭素ドミノ〟と捉えています。まずはドミノの先頭に立つ地域をたくさん作るべく、そのためのロードマップ策定となります。
森信 そうなると、地域住民の生活様式なども変えていかねばなりませんね。
中井 はい、戦後の高度経済成長期を通じた大量生産大量消費の傾向が定着し、例えば衣類などは98%が輸入に頼っている状態です。しかし、近年では食べ物なども、環境志向、持続的活用志向へと消費者の考え方も変化しつつあります。衣類だって、昔ながらの素材でもよい、地元産の素材をブランド化して地域産業と連携する形態などが、これからはあり得ると思います。
そこに地銀や信金などの地域金融がこれを支援するならば、地域内で一つの経済圏サイクルが出来上がります。これを、われわれは〝ESG地域金融〟と呼び、地域金融の新たな活性化としても推進すべきだと考えています。国際的な潮流のもと、地域において新たな社会へ変わることが事業の継続につながる、そういう観点で金融機関がリスクを取ってもらえるとありがたいですね。
森信 すでに実践している先行的な地域などは。
中井 はい、何カ所か着目すべき取り組み事例があります。エネルギーの切り口から見ると、千葉県房総半島中部の睦沢町では、地域から産出する天然ガスを活用したコージェネレーションシステム等によって道の駅と周辺住宅に熱と電気を供給しています。この地域一帯は2019年秋の台風によって大規模停電が発生、しかも完全復旧まで1週間くらいの日数を要しましたが、睦沢町の当該道の駅と周辺住宅エリアではマイクログリッド化していたため長期大規模停電の被害を受けることなく、エネルギーに関しては日常生活を維持できました。台風通過後も道の駅の温泉施設が使えたため住民が大変喜んだそうです。こうした仕組みを各地域に積極的につくっていけば、持続可能でかつ強靱な地域社会づくりが可能となります。
また、岡山県真庭市は森林資材の活用で知られています。廃材を燃料とするほか、木材建築資材用に加工し直すなど、用途が広がりを見せています。さらに、畜産が盛んな北海道十勝では、これまでゴミとして処理していた家畜の糞尿を使ってメタンガスを抽出しつつ、その残りは肥料として再利用するなど、地域循環型システムが形成されつつあります。
森信 やはり地方自治体が舞台となる例が多いようですね。
中井 多数の人口を抱える都市では地産地消型の社会形成は難しい面がありますが、例えば横浜市などは、東北地方で
地域循環共生圏協定を結んでいる12市町村と連携して、協定各自治体で産出した風力などのエネルギーを横浜市が買い上げることで再生可能エネルギーの市場活性化を支援しています。
森信 それは送電線など、新たにインフラを敷設しなくても可能なのですか。
中井 はい、現在の電力自由化の中で、ブロックチェーンの技術を活用して、既存の送電網を使って再生可能エネルギーを都市と地方でやり取りできる時代になりました。
中井徳太郎(なかい とくたろう)昭和37年生まれ、東京都出身。東京大学法学部卒業。昭和60年大蔵省入省、平成22年財務省主計局主計官、23年環境省総合環境政策局総務課長、24年大臣官房会計課長、25年大臣官房秘書課長、26年内閣官房内閣審議官兼環境省大臣官房審議官、27年環境省大臣官房審議官、28年大臣官房廃棄物・リサイクル対策部長、29年総合環境政策統括官(併)環境調査研修所長、令和2年7月より現職。