2024/12/04
多言なれば数々(しばしば)窮す(老子)
――人は、あまりしゃべり過ぎると、いろいろの行きづまりを生じて、困ったことになる。
元駐日インドネシア大使のユスロン・イーザ・マヘンドラ氏は、雑誌「月刊日本」の2024年9月号で次のように述べている。「かつてアジアの国々は『日本にアジアのリーダーになってほしい』と期待していましたが、むしろ現在は『日本は急速に没落しているが、大丈夫だろうか』と心配しています」。
このようにアジアからも没落を心配されているのだが、自民党と立憲民主党というわが国の二大政党で代表を選ぶ選挙が派手やかに演じられ、また、報じられたりもした。しかし、そこで飛び交った言葉は、実態のない、根拠も十分ではない「国民生活不在」の言葉の羅列が多く、ここ30年で国民は大きく貧困化したという認識がほとんど語られなかったのだ。
日本の多くの政治家の言葉は「何かをしゃべっているようなのだが、具体的に何をどうしたいのか、またそれができるのかがサッパリわからない」ことが多い。
岸田前首相は能登半島地震の被災者に寄り添うと語ったが、これだけの大地震に補正予算も組まず、被災から半年以上も経つのに、一部ではいまだに水道も復活していない状態で、これのどこが寄り添っているというのか。言葉遊びはもういいのだ。
そこに今度は残酷な自然が、豪雨による大規模な水害をもたらした。にもかかわらず「早期に補正予算を組んで復興の方向を指し示し、責任を持って明るい未来の能登の再建を果たす」という決意のメッセージが、何日経っても首相など政治の世界から表明されないのだ。
二大政党で行われた代表選の最大の問題は、「この国はあらゆる面で世界から大きく劣後してきているが、ここからの回復をいかに図るのか」という最重要命題がまったく議論の俎上に上らなかったことなのだ。つまり、この国は何で生きていくのかをまったく示せていない。
以下に示すように、日本はいかにして再建していくのかを真剣に考えて、実践しなければもう立ち上がれないところまで転落してしまったのだという認識が政治家に恐ろしく欠けている。この転落ぶりは、日本以外の国では間違いなく国民が暴動を起こすレベルにある。
その第一は、国民の貧困化である。しつこく繰り返すが、憲法は前文で次のように規定していることを全国会議員は想起すべきだが、憲法をまともに読んだことがあるのか。
「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する」
広辞苑によると、福利とは「幸福と利益。幸福をもたらす利益」とあるのだが、ここ30年ほどの間に「国民の代表者が行使した権力行為」の結果、どれほどの利益を国民は得て、どのくらい幸福になったのか。その情けない実態は何度も示すようだが、次の通りなのだ。
世帯所得
1994年 664万円 ⇒ 2021年 545万円
マイナス 119万円
年収中央値(この金額より、多い人と少ない人が同数になる値)
1994年 505万円 ⇒ 2022年 396万円
マイナス 109万円
この間、政治家は一体何をしていたのか。貧困化が進むG7国など日本以外にはないことを日本の国政政治家は知っているのか、それともこんな基礎的な事実も知らないのか。
この事実は、政府がインフラなどへの投資を行わず、その所為もあって大企業も設備投資をしてこなかった結果、この国の国民総生産がまるで伸びてこなかったことが原因である。
1995年から2020年までの名目GDPの推移(つまり経済成長の推移)示すと、1995年を1・00としたときの倍率は
アメリカ3・00 ドイツ1・79 フランス2・00 イギリス2・57 イタリア1・85 中国27・63 日本1・02
となっていて、まったく成長していない唯一のG7国が日本であることを示している。これは、総税収に連動するから、いつまでも「カネがない」と言い続けざるを得ないことになっているのだ。
その背景が、港湾も空港も高速道路も、韓国など経済競争国から大いに劣後しているのに、追いつく努力もせず、漫然とインフラ投資を削減してきたことである。
その結果が、スイスのIMDが毎年各国の経済的競争力を計算して公表しているランキングに表れている。野口悠紀雄氏が東洋経済に載せたデータによると、最新の2024年のスイスIMDランキングでは、なんと日本は38位に転落し過去最低となった。1989年~1992年までは連続世界一だったのだが…。韓国は数年前に日本を抜き去っているが、2024年には20位と順位を伸ばし、これも近年は年を追うごとに日本とのランク格差が拡大している。
このランキングには、政府や企業のビヘイビアのあり方も効いているのだが、インフラの整備状況も評価の対象となっている。では、日本の政治家が誰一人として指摘しないわが国のインフラ投資状況はどうなっているのか。
インフラ投資金額の2020年値の1996年比を見てみると、以下の通りである。
日本64 イギリス410 アメリカ241 カナダ358 ドイツ194 フランス171 イタリア157
つまり、この30年ほどでインフラ投資を削減してきた国は日本だけであり、それも半減レベルなのに対して、その他のG7国はほぼ倍増級以上の増加を示している。
その結果、都市間の自動車による連絡速度の全国平均は、日本が62㎞/hであるのに対して、ドイツは84㎞/h、暫定2車線の高速道路をなくした韓国は77㎞/hを実現している。港湾にしてもコンテナ船の大型化は世界傾向なのだが、大型コンテナ船が接岸できるバースは韓国よりも著しく少ないのが現状だ。
象徴的なのが空港で、成田空港は4000mと2500mの2本の滑走路しかないが、日本より約20年遅れで整備した韓国の仁川国際空港には、4000mに加え3750m級がすでに3本も整備され、アジアのハブ空港の機能を韓国の空港が果たしている。
以上に示してきたことが国民所得急減の原因であり、その結果、江戸時代の農民の五公五民の年貢補足率と同じ48%もの国民負担率となっている。やるべきことは明らかなのだ。
(月刊『時評』2024年11月号掲載)