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大石久和【多言数窮】

数字が物語る愕然とする悲惨な事実

おおいし・ひさかず/昭和20年4月2日生まれ、兵庫県出身。京都大学大学院工学研究科修士課程修了。45年建設省入省。平成11年道路局長、14年国土交通省技監、16年国土技術研究センター理事長、25年同センター・国土政策研究所長、令和元年7月より国土学総合研究所長。
おおいし・ひさかず/昭和20年4月2日生まれ、兵庫県出身。京都大学大学院工学研究科修士課程修了。45年建設省入省。平成11年道路局長、14年国土交通省技監、16年国土技術研究センター理事長、25年同センター・国土政策研究所長、令和元年7月より国土学総合研究所長。

多言なれば数々(しばしば)窮す(老子)

――人は、あまりしゃべり過ぎると、いろいろの行きづまりを生じて、困ったことになる。

主要国の名目GDPの推移を見ると、改めて日本という国が、いかにできの悪い経済政策や財政運営をやってきたのかが一目瞭然で愕然とせざるを得ない。1995年から2020年までの名目GDPの推移・倍率をドルベースで見ると、以下の通りであまりに情けなくて言葉もない。

アメリカ 3・00  ド イ ツ  1・79
フランス 2・00  イギリス  2・57
イタリア 1・85  中  国 27・63
日  本 1・02

名目GDPはほとんどそのまま総税収に連動するから、アメリカでは税収も3倍にも増えたのに、日本はまったくと言えるほどに伸びてこなかった。この事実は、設備投資やインフラ整備などによって内需が活発に回ることで税収は伸びるのだが、日本ではまったくそれをやらずに、国民から税や保険料を吸い上げることばかりやってきた結果の証明である。

したがって、国民負担率(租税と社会保障負担の国民所得に占める割合)は、以下に示すように、近年急激に上昇している。

1970年 24・3%
1995年 35・7%
2008年 39・2%
2020年 47・9%
2021年 48・0%

これをマスメディアはまったく報道しないが、ネットでは「これでは江戸時代の農民の年貢補足率と変わらない五公五民ではないか」と騒がしいのだ。国民所得が伸びていないのに、税や社会保障負担が急増しているために、このような悲惨な状況が生まれているのである。

この原因となっている日本のインフラ投資の状況を見てみよう。先進他国との違いに改めて慄然とするのである。一般政府公的固定資本というGDPの一部を構成しているものを示す。(ただし、重複計上を避けるため「公共事業費から用地補償費を引いたもの」となっている)以下は、2020年の1996年(これを100とする)比である。

イギリス 410  カ ナ ダ 358
アメリカ 241  ド イ ツ 194
フランス 171  イタリア 157
日  本 64

なんと1996年以降インフラ投資を減少させた先進国は「日本だけだった」のだし、それもなんと言うことか、他国は倍増級以上なのに、ほぼ半減レベルまで落ち込んだのだ。

高速道路はアウトバーンを凌いだのか、最大級のコンテナ船は多くの日本の港に寄港できるのか、仁川国際空港を超える滑走路を持つ国際空港は完成しているのか、防災インフラは気象の凶暴化に耐える水準まで整備されたのか、このどれもがノーではないか。

内需が不足して経済が成長せず、そのため税収もほとんど伸びなかった国で、どのインフラを見てもまるで不十分だというのに、30年間で100から64へというほぼ半減レベルにインフラ投資をひたすら減少させたというのは、ほとんど「気が狂っている」状況と言っても過言ではない。

いやいや、民間が活発に設備投資をしてきたのだとの反論がありそうだが、それがまったく違うのだ。近年の大企業は、大きな法人税減税を受けながら海外に生産拠点を移し、国内での設備投資をしてこなかったのだ。

九州大学の相川清氏の研究によると、資本金10億円以上の企業の行動履歴を見ると、次の通りである。基準年は1997年を100として、2020年を見ている。

設備投資:96 
給 与:96
経常利益:319
配 当 金:620

つまり、大企業はデフレ環境が続いていたこともあって、設備投資もせず従業員給与も増やさず、外国人が急増してきた株主への配当を6倍以上にも伸ばしたのである。2024年の日本企業全体でも、配当予想は15・2兆円、自社株買い9・4兆円と過去最高の予想だ。

つまり、政府も企業も国内投資を大きく減少させてきたのだ。これを財政が厳しいもんねと言いながら放置して、この国の経済成長を大きく阻害し、国民の貧困化を誘導してきたのだ。

これはもちろん政治の責任なのだが、この方向を支持してきた経済界の責任も大きい。

正しい認識に立たず、ほとんど見当違いの建議などを連発している財政制度等審議会の会長は経団連会長が歴代務めている。現会長の十倉雅和氏は、あるとき東洋経済新報で「国債は、確かに将来世代の負担となる」と語ったことがある。

これは「国債の償還をしているG7国は日本だけで、他の国は償還期限には借換債を出し続けている(日本も一部は借換債を発行している)」ことからもあり得ない認識だし、社債や家庭のローンと混同しており、中央銀行の存在の意味が理解できていない。

日商会頭の小林健氏も時事通信の記事の中で、「まずは徹底的な社会保障の歳出改革だ。(略)その後に具体的な施策を示し、優先順位をつけて財源の議論に入るのが筋」と言うのだから、完全に財政再建至上主義に冒されている。まずは、経済成長しなければならないのだ。そのために何をやるのか、何からやるのかが「筋」というものなのだ。

こうした内需の有用性を紹介すると、「いやいや、わが国は輸出大国だから」と反論する人がいる。これもデータを見てからものを言って欲しいのだ。GDPに占める輸出額比率を輸出依存度と言うが、2021年のグローバル・ノート(2020年値)が示す主要国の輸出依存度の世界ランキングは以下の通りである。

1位 香港
2位 シンガポール
42位 ドイツ
56位 韓国
101位 フランス
117位 中国
137位 日本
164位 アメリカ

となっていて、日本は164位のアメリカに近い「内需国」であることがわかる。ドイツや韓国のように、輸出で経済が成り立っているのではなく、むしろアメリカのように国内需要型の経済国であることがわかるのだ。

繰り返すが、この内需国がインフラ整備投資を怠り、企業も設備投資をしてこなかったのであるから、国内需要が盛んになるわけもなく、従って内需不足のデフレの淵に沈んだまま、這い上がることもできずに呻吟を続けるのは当然なのである。

(月刊『時評』2024年8月号掲載)