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大石久和【多言数窮】

視野狭窄の安全保障議論

おおいし・ひさかず/昭和20年4月2日生まれ、兵庫県出身。京都大学大学院工学研究科修士課程修了。45年建設省入省。平成11年道路局長、14年国土交通省技監、16年国土技術研究センター理事長、25年同センター・国土政策研究所長、令和元年7月より国土学総合研究所長。
おおいし・ひさかず/昭和20年4月2日生まれ、兵庫県出身。京都大学大学院工学研究科修士課程修了。45年建設省入省。平成11年道路局長、14年国土交通省技監、16年国土技術研究センター理事長、25年同センター・国土政策研究所長、令和元年7月より国土学総合研究所長。

多言なれば数々(しばしば)窮す(老子)

――人は、あまりしゃべり過ぎると、いろいろの行きづまりを生じて、困ったことになる。

 わが国でも安全保障がまともな議論の対象になってきたことは、やっと世界標準に達したと喜ばしいことなのだが、その内容があまりに限定的で視野狭窄とでもいうべき状況なのはきわめて残念である。

 岸田総理は「安全保障とは戦闘機やミサイルを購入することだ。その費用を国債という次世代への付け回しでまかなうのではなく、現世代も税で負担しなければならない」という意味の発言をしているが、ここにいくつもの問題がある。

 まず、安全保障とは「国民の生命財産を守ること」と定義されなければならない。その手段の一つとして防衛力の強化があり、それがミサイルなどの増強とならなければならないが、それは二番目とか三番目の問題なのだ。

 きわめて短時間でミサイルが飛来することを覚悟しなければならないという地政的条件下にあるわが国は、すべての飛来ミサイルを迎撃で打ち落とすことなど不可能に違いないから、まずは「人びとが安全なところにすぐに避難できるようにしておく」ことが不可欠だ。

 台湾は人口当たり300%もの地下壕を整備済みだというし、北朝鮮に近い韓国のソウルでも300%のシェルターを設置しているという。スイスも100%、最強の核武装国アメリカも82%という状況なのに、わが国にはまだ一つもないという有様だ。

 ここに議論が向かないということは、この国では「国民の命を守ることこそが、安全保障の一丁目一番地だ」とはなっていないことを示している。政府は直ちに地下壕・シェルターの設置計画をまとめ、計画的な整備に着手しなければならないのだ。これはミサイルの購入とは異なり、国内に資金が還流していくことになるから、日本経済は成長し税収が伸びていくというありがたい効用もついてくるのだ。

 この逆の議論もまったくない。国民からの税でアメリカのミサイルを購入すれば、購入費用の分だけ資金が海外に流れ、国内に流通する資金が減少するから経済は必ずマイナス成長となる。誤りの財政再建至上主義に犯されて、政府支出がまるで伸びてこなかったわが国は、G7国のなかでも、この30年間まったく経済成長せず、従って税収も伸びてこなかった唯一の国なのだが、今度はミサイルなどの購入費用の分だけ日本経済は縮小することになる。

 1990年に60兆円だった一般会計税収は、直近でも70兆円を超えることができていないという情けない状況だが、例えばアメリカは同じ期間に経済は3・5倍程度に成長したから、税収も3倍もの伸びを示してきたのだ。

 その伸びない税収が、資金の海外流出によって経済が減速するために、さらに減少するのである。これは可能性の話ではなく、必ずそうなるという必然の話なのである。一方、アメリカは日本が購入する分だけ経済が成長して税収も伸び、そのお金でアメリカの戦闘機やミサイルは最新鋭のものに入れ替わっていくのだ。バイデン大統領のニコニコ顔や首相の歓迎ぶりも、これで納得できるというものだ。

 加えて、急がなければならないのは電柱類の地中化である。電柱などを工作員などによって倒されてしまえば、車は道路を走れず電力も供給できなくなるから、東京も大阪もたちまち機能麻痺を起こしてしまう。無電柱率はロンドン・パリ・香港で100%であるのに対し、東京23区で8%、大阪で6%という怠慢ぶりなのだ。景観や防災の観点も重要だが、とにかく敵の攻撃から都市機能を維持できるかどうかという喫緊の課題なのである。

 これにも多額の費用と多くの協力が必要だが、これも国内にお金が回るという経済成長策であり、税収増政策でもある。そして、この事業の後には街路の上に蜘蛛の巣のないオープンな空間を持つ世界水準の美しい都市が生まれるのである。

 さらに重要な安全保障議論は、今回のウクライナ紛争でもわが国の弱点が明らかになったように食糧の安定確保という問題だ。

 カロリーベースで見ても、40%を切る食糧自給率しかないことに対策を考えることは、安全保障上の重要課題だが、この観点からの施策拡充の議論はほとんどない。耕作放棄地は年々拡大し、耕作者の高齢化や離職が進んでいるというのに、有効な対策は講じられていない。飼料の高騰などで酪農農家が次々と廃業に追い込まれているが、これも安全保障の観点から議論しようという気配すらない。

 日本への食糧輸出を止められてしまえば、敗北を宣言して紛争終結を図るしかない。要するに広大な広がりを持つ「国民の安全・生命財産を保障するための施策」をもれなく俯瞰的な視野から見ることなど、まるでできていないのである。

 加えて、安全保障上の大問題がエネルギーの安定確保である。国内にある燃料だけでも一年間は運転できる原子力発電を止め、化石燃料に頼らざるを得なくする改革や、供給不安定な太陽光発電という国土を荒廃させる発電方式などに血道を上げてきたのだった。

 国際環境経済研究所の竹内純子氏は、最近の電力システム改革について、「これほど化石燃料資源に乏しく、『油に始まり油に終わった』と評される太平洋戦争やオイルショックも経験したわが国において、燃料制約に対する備えが電力システム改革に組み込まれていなかったというのは、驚愕すべき危機感の喪失だ」(中野剛志氏の著書より)というのだ。

 さらに重要な安全保障上の障害は、他国に例を見ない東京首都圏への一極集中である。あらゆる分野の中心機能がここに集約されているから、首都圏が大被害を受けると、この国は機能しなくなる。機能の分散化は最大の安全保障であり、それは少子化対策ともなる。

 起こってからしか考えることができない災害死史観のわれわれ日本人の「思考領域」がいかに狭いか戦慄を覚えるほどである。40年ぶりの物価上昇と高騰を続ける電力料金に呻吟する国民を前に、「戦闘機とミサイルを増税によってアメリカから購入し、国民をさらに貧困化させながら、アメリカの経済成長を助ける」ことだけが、安全保障なのかということだ。

 視野狭窄、俯瞰思考の欠如、ここに極まれりである。

(月刊『時評』2023年3月号掲載)