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大石久和【多言数窮】

エンゲージメントの凋落が象徴するもの

おおいし・ひさかず/昭和20年4月2日生まれ、兵庫県出身。京都大学大学院工学研究科修士課程修了。45年建設省入省。平成11年道路局長、14年国土交通省技監、16年国土技術研究センター理事長、25年同センター・国土政策研究所長、令和元年7月より国土学総合研究所長。
おおいし・ひさかず/昭和20年4月2日生まれ、兵庫県出身。京都大学大学院工学研究科修士課程修了。45年建設省入省。平成11年道路局長、14年国土交通省技監、16年国土技術研究センター理事長、25年同センター・国土政策研究所長、令和元年7月より国土学総合研究所長。

多言なれば数々(しばしば)窮す(老子)

――人は、あまりしゃべり過ぎると、いろいろの行きづまりを生じて、困ったことになる。

 表題のエンゲージメントという言葉は、「組織への貢献意欲」と紹介される用語であるが、近年、日本人社員・従業員のエンゲージメントが著しく低下していることが、いろんな調査で明らかになっている。

 青山学院大学の山本寛教授は、月刊・経団連2021年3月号で、エンゲージメントの組織現場的表現は「従業員一人ひとりが会社の成長と自身の成長を結びつけ、会社が実現しようとしている戦略・目標に向かって、自らの力を発揮しようとする自発的な意欲」というタワーズワトソン社の定義を紹介している。

 日本ではこの意欲が下がってきているのである。有名な世論調査会社のアメリカ・ギャラップの2017年の調査によると、企業における「熱意あふれる社員の割合」はアメリカでは32%に達するのに対して、日本ではわずか6%に過ぎず、日本のランクは「世界139カ国中132位」で世界最低レベルだというのである。

 個人主義が貫徹して、それぞれが独自に富と自由を求めるようなイメージで語られてきたアメリカ人が、属する企業への貢献のために「熱意をあふれさせている」のに、一時は企業戦士とまで形容された日本の社員が、今日ではまるで熱意もなく働いているというのである。

 この国は財政再建至上主義を謳っているうちに、なすべきことを何もやらず経済も国民生活もボロボロになったのは当然のこととして、並行して進められた企業統治改革や非正規雇用拡大のために労働者の勤労意欲まで崩壊していたのだ。

 これを証明する調査は他にもいくつもある。アメリカの人事コンサルタント会社のケネクサは世界28カ国のフルタイム従業員が100名以上である企業に対して「仕事に対するやる気調査」を実施し、従業員の組織貢献度や組織愛着度を調べている(2013年)。

 それによると、やる気のある従業員の割合は、インド77、アメリカ59、中国57、ドイツ47(それぞれ%)であったのに、日本は31%と「世界で最低であった」のだ。

 さらに調査結果を示したい。タワーズワトソンの「グローバル・ワークフォース・スタディー(2012年)」の「従業員の自発的な貢献意欲(エンゲージメント)」の報告である。

「私は会社の目標や目的を大いに信じている」 世界68%、日本38%
「私はこの会社を『よい会社』として推薦できる」 世界67%、日本42%
「私は会社の成功のために求められる以上の仕事をしたいと思う」世界78%、日本49%
「私はこの会社で働くことを誇りに思う」 世界72%、日本47%

 すべての項目にわたって日本人のエンゲージメントは世界よりも低く、日本が50%を超える項目は一つもない。

 これを一橋大学の守島基博教授は、「組織(経営)に対する不信」から来ているというのである。教授はその一つが目標管理制度の偏った運用にあると言い、「従業員に短期的な目標設定を求め、それから逆算して、今何が不足しているのか、マイナス面で評価するようになり、評価制度がただの進捗管理になってしまった」ことにあるという。

 また、教授は「従業員に課される目標があまりに短期的になったことで、社員一人ひとりが目標や希望を持ちにくくなっている」と述べている。頑張れば上のポストが待っているという昇進のモチベーションがなくなり、出世しても何もいいことがないのではやる気など出るわけがないとも述べている。

 最近、日本を代表するような大企業の不祥事が連続して発生し途切れることがない。神戸製鋼、オリンパス、電通、三菱自動車、日産自動車、トヨタ自動車、日野自動車、三菱電機、住友重機、東芝、商工中金、SMBC日興証券などなど、数え上げるときりがない。

 その都度、経営トップが首を揃えて陳謝の意を表しているが、その直後に再発するという事例にも事欠かない。経営者が組織の実態を把握できていないし、経営陣が従業員と企業組織との一体化や融和のための努力もしていないということなのだ。

 イギリス人のデービッド・アトキンソン氏は日本の経営者に対して「奇跡的に無能である」(『新・生産性立国論(東洋経済新報社)』)と述べているし、早稲田大学の長内厚教授は「問題は経営力だ」と指摘している。

 IT・AIなどを専門とする東京大学の松尾豊教授は「日本の社長にはお手上げだ。ITをAIと呼んでいるだけ。勉強もしないで、下に何かやれといっているだけ」とボロかすなのである。ITについていえば、過去10年以上にわたりアメリカ企業が大変な勢いで投資を拡大し続けてきたのに、日本企業のIT投資はこの間完全に横ばいで推移してきた。

 これに対して、日本経済新聞が「日本企業のIT投資不足は深刻」と警告を発したのは2018年のことだからかなり昔のことだが、投資状況が改善されたとの報道はなされていない。

 日本の経営者は今も株主のための資本主義に走り、コロナ禍なのに2021年度の自社株買いは過去最高を超える見込みで、設備投資にも従業員にもお金を回していない始末だ。

 これこそが、以前にも指摘した株主資本主義の陥穽だったのだ。近江商人の「三方よし」とは、売り手よし、買い手よし、世間よしというものだが、会社は株主だけのものという実に薄っぺらい至上主義に支配されてきた結果が、このエンゲージメントのざまなのである。

 この株主資本主義は本家のアメリカでも反省が起こっており、株主のための企業評価である四半期決算制度も短期に過ぎるとの反省も出ている。また、合わせて導入された企業の取締役の一年という短期評価制度も日本企業の経営から長期的視野を奪ってしまった。

 何より問題なのは、一度導入した軽度的仕組みをこの国はほとんど見直すことをしないことである。社員、従業員からエンゲージメントがなくなっているのなら、そのための手段を講じなければならないのだが、財政再建至上主義を脱却できないのと同じく、方法・やり方をまるで変えようとしないのが、日本という涙が出るほど情けない国の姿なのである。

(月刊『時評』2022年4月号掲載)