2024/09/06
多言なれば数々(しばしば)窮す(老子)
――人は、あまりしゃべり過ぎると、いろいろの行きづまりを生じて、困ったことになる。
アメリカの前大統領のトランプ氏が企業の四半期決算制度について、「あまりにも期間が短か過ぎる」と述べ、半期に移行する研究を指示したことがある。株主資本主義の総本家・アメリカの総括責任者である大統領の発言として驚いて聴いた記憶が鮮明だ。
筆者も友人の企業幹部から「年がら年中、決算ばかりに追われている」との嘆きを耳にしたこともある。ところが、経団連などの日本の経営幹部からトランプ氏のような感想や意見を聴いたことがないのはどうしたことなのだろう。
近年のわが国の行ってきた企業統治改革について厳しい批判を続けているのは、神戸大学名誉教授の加護野忠男氏だけと言ってもいいほどで、他の経済学者や経営学者からはほとんど聞くことがない。
加護野氏が誤った企業改革として挙げているものには、「株主指向」「不況時の時価会計導入」「正規雇用の削減と非正規雇用の増大」などもっともと感じるものばかりだが、そのなかに「取締役役員任期の縮小」と「四半期決算制度」も含まれている。
その結果、「企業経営者は短期の成績ばかりが気になることになり、長期の成果につながる投資、特に大きな投資は回避されるようになった」と指摘するのである。氏はリスクを回避する企業経営など、それが最も大きなリスクなのだとも述べている。
これらの改革は経営者に長期的な投資などの視点を持たせず、「とにかく今稼げるだけ稼いで配当に回せ、今できる限り株高に誘導せよ」とする企業統治改革だったのだ。
こうして、政府の財政政策の継続的な誤りとともに、この企業統治改革が日本経済のデフレからの脱却を阻止し、日本企業の世界企業との競争力を毀損して、「まったく成長しない経済」と「ひたすら貧困化する国民」を生んだのだった。
その実態を数字で見てみよう。1997年を100として資本金10億円以上の日本企業の行動を見てみると、直近では設備投資は64と大幅に、従業員給与は93にとそれぞれダウンさせてきたが、役員給与は130にアップし、何と配当金に至っては573にも伸ばしたのである。
売上高103というわずかな伸びのなかで、配当だけが突出して約6倍にも増えている。大企業の株主は3割程度が外国人であるから、日本企業は設備投資もせず給与も上げずに、ひたすら配当を増やして資金の海外流出に寄与してきたのだ。
まさに株主資本主義のお手本のような経営をしてきたのだ。これではこの国は救えない。
そこでわが国で注目を集め始めているのが、原丈人氏が主張してきた公益資本主義である。彼は実にユニークな自由人といってもいい紳士だが、中米などでの遺跡の調査をやりたいために、その資金集めにアメリカに渡って投資家になったと述べている。
その彼が、企業とは社会の「公器」であり「公益」を生み出すものでなければならないとし、「公益」とは「私たちおよび私たちの子孫の経済的および精神的な豊かさ」であると言うのである。
企業の利益は「社中(日本の商人には昔からあった概念)」に分配されなければならず、その社中とは、顧客、仕入れ先、株主、社員(従業員と経営陣)、地域社会、そして地球そのものまで含むというのである。
どのような企業であれ、ここに社中として示した顧客や社員などの支えがなくては成り立たない。最近は、利害関係者と言えばいいのにステークホルダーなどと面妖な表現が好まれているが、こうした関係者やその努力なくして株主の利益など確保できるはずがない。
企業は株主だけで成り立ってなどいないのだ。にもかかわらず、原氏のデータによると、2010年から2017年までの自社株買い総額は約32兆円、この間の配当総額は約160兆円となり、これらは株主に分配されたのだ。前述の通り、株主の30%は外国人である。
これも氏の資料からだが、実質賃金の各国推移を見ると1997年を100として2016年値は、スウェーデン138、フランス126・4、デンマーク123・4、ドイツ116・3、アメリカ115・3であったのに対して、日本は89・7となって豊かになっていくどころか、世界の先進国でほとんど唯一貧しくなっていったのだ。
それもそのはずで、企業利益の労働者への利益分配である労働分配率は、どの国も縮小傾向にあるが日本の縮小率は先進国で第一で、最も労働分配率が小さい国となった。原氏が公益資本主義を掲げて、株主資本主義からの脱皮を図らなければならないと主張するのはもっともだと多くの人は感じるに違いない。
少なくとも、「日本」の株主資本主義は、世界のどの先進国よりも労働者搾取が激しいからである。ここでもそうだが、なぜ日本の政治家がこれらの事実が明らかになっているにもかかわらず、働く人の利益向上のために声を出して立ち上がらないのだろう。政治における感性、感受性の劣化に唖然とするばかりなのだ。
最近自民党の総裁選や総選挙が行われたが、その時に世界と比較した日本の労働者の著しい貧困化が議論のテーマになったのか。メディアはそれを追求したのか。
原丈人氏が紹介している唖然とするようなアメリカの株主資本主義ぶりを紹介したい。先述の日本の例も愕然とする日本の株主資本主義の実態ではあるのだが……。
アメリカン航空は、経営困難に陥ったために社員に報酬の削減を持ちかけたところ、客室乗務員たちは340億円もの報酬削減に同意した。しばらくすると経営状況が回復したが、その見合いに経営陣はなんと200億円を超える株主ボーナスを受け取ったというのだ。
典型的株主資本主義だが、これを嗤えないのはわが国もこの30年間で大衆から約400兆円の消費税を召し上げてきたが、その一方で約300兆円もの法人税減税をやっていたのだ。
岸田政権は「新しい資本主義」を模索する委員会を立ち上げた。新自由主義経済学からの脱却も模索するというが、新しい資本主義がここで紹介した公益資本主義に近似することを願いたい。
小さな政府ばかりを指向する財務省史観からの脱却こそが重要なのである。
(月刊『時評』2021年12月号掲載)