2022/02/02
コロナウイルスショックに世界中が揺れている。西欧先進国の多くが膨大な感染者と死亡者に直面し、コロナ感染症との戦いに必死の努力を続けている。わが国も厳しい状況にあるが、医療関係者の自己犠牲を顧みない懸命の努力のおかげで、医療崩壊をなんとか免れている。
一方、コロナ対策のための都市封鎖や外出制限によって大きな消費の減少に苦しむ飲食店や旅行や観光宿泊業に限らず、あらゆる産業が「トンデモ級」とでもいうべき不況の影響を受けつつある。
1930年頃の大恐慌以来とか、第二次世界大戦後初のとも形容されるような大不況が迫っているのである。世界経済を牽引してきたアメリカでは、すでに戦後最大規模の失業者が生まれているし、GDPのマイナスも極めて大きくなると予想されている。
日本では昨年10月の消費増税による消費の落ち込みが昨年10月~12月のGDPを大きく下げ、それはなんと年率にして7・3%減にもなっていた。つまり、日本は世界各国に比して大きなハンディをつけられた状態で「コロナ恐慌」を迎えることになったのである。
大きな経済対策が必要なのは当然で、「リーマン級の経済ショックがない限り消費増税は予定通り」と消費税を引き上げたのだから、消費税の見直しは当然のことなのだ。
まずは消費税5%へ、さらには0%へと減税して内需拡大・消費拡大を目指さなければならない。ドイツはすでに消費税減税を決断しているのである。アメリカのFRB議長のパウエル氏は、今年の4月に「現在は財政赤字への懸念による妨害を許す時ではない」と明確なメッセージを発しているが、まさにその通りなのだ。
しかし、近年を振り返ってみると財政再建至上主義に思考領域のほとんどを占領されたわが国の政府や政治が、医療環境の改善を含め国民の福利の向上に役立つことをやらず、その逆のことばかりやってきたことがわかるのだ。
驚くべきことに、感染症病床数は1995年以降2018年にかけて約9000床から約2000床へ削減してきたし、地域医療の中心である保健所数もほとんど半減してきた。都道府県立と政令指定都市立に限っても1995年の747から2018年には385と減少してしまった。大阪市に至っては270万人もの人口を抱えるのに保健所はたった一つだけというのだ。
昨年秋にはさらに恐ろしいことが起きようとしていた。昨秋に開かれた経済財政諮問会議は、「医療費削減のために官民あわせて13万床の病床を削減せよ。東京の九段坂病院や済生会向島病院などは整理統合せよ」との提案をまとめたのである。
国民は財政再建のために生きているのではない。土居丈朗慶応大学教授は昨年12月13日の読売新聞に「病床数が減れば、結果的に日本の医療費も抑制される。(略)病床数を適正化して推計をし直してみると、25年度の医療分野の伸びは3兆円ほど抑えられた」と書き、それをネットにアップしていたのだが、なぜか現在は削除している。
医療費抑制という名目で、危うく日本人の多くの命が失われるところだった。医療崩壊の危機は目前に迫っていたのである。
以上の状況も議論のレベルがすでに二流国であることの証だが、コロナ騒動で明らかになった情けないほどの下流国ぶりを紹介したい。先進国でこんな国は一国もないのだ。
日本でも健康保険証にICチップを入れて記憶させ、忌避すべき薬の重ね飲みを防止しようといった議論が20年も前からあったのだが、いまだに実現していない。
今回対策の優等生と各国から賞賛されている台湾では、すでに健康保険カードがIC化されており、これで過去三年以内の医療記録がわかるようになっているし、今回のコロナ騒動に際してこのカードに「高レベルの渡航警戒国」への個人の海外渡航歴を入れたのだ。
コロナを契機に国が管理して購入枚数を制限したマスクについても、このカードが利用されたという。議論はするができない理由を探しては何もしない国との違いは大きい。
すでに導入できたシステムはどうだろう。今回政府は10万円の特別定額給付金の申請にマイナンバーカードを利用したオンライン申請を推奨した。ところが、このオンライン申請に必要な暗証番号を忘れた住民などで市町村の窓口が大混乱に陥ってしまった。
マイナンバーカードはコンビニなどで住民票の写しを受け取れる「利用者証明用」機能などと「署名用」機能とからなっているが、これを利用するには「それぞれに別のパスワード」を設定しておかなければならないのだ。
一つのカードに最少でも二つのパスワードを設定しなければならないのはなぜなのかがよくわからない。これで今回は「利用者証明用」ではなく「署名用」のパスワードを入力せよと迫られても混乱するのは当然だ。
おまけに、今回の特別定額給付金は世帯主しか申請できないのだが、マイナポータルでの申請では申請者が世帯主かどうかを判定する仕組みがない。つまり、マイナポータル申請情報が住民基本台帳とシステム上で紐付けされていないのである。そのため市役所などでは、申請者が世帯主に間違いないかを手作業でチェックせざるを得ない始末なのだ。
国民番号をもとにプッシュ型支援ができるアメリカでは、すでに4月14日には年収約800万円以下の国民への一人あたり約13万円の振り込みが行われている。
今回のマイナンバーをめぐる騒ぎを「デジタル化の遅れ」と指摘する向きもあるが、そうではあるまい。これは問題をかなり矮小化した見方であるといわざるを得ない。今のわれわれ日本人の「問題の発見とその解決能力の欠如」と認識すべき問題だろう。
先に医療費削減の議論を示したように、あらゆる局面に財政再建至上主義を貫いてきた結果、「考えても何もできないから何も考えないし、何もしないけれども、それは仕方のないことなのだ」と知的怠慢を納得し合うという国となったのだ。
財政再建至上主義は何もかもすべてを破壊しながら現在も驀進を続けている。
(月刊『時評』2020年7月号掲載)