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大石久和【多言数窮】

公務員という基幹インフラの毀損

おおいし・ひさかず/昭和20年4月2日生まれ、兵庫県出身。京都大学大学院工学研究科修士課程修了。45年建設省入省。平成11年道路局長、14年国土交通省技監、16年国土技術研究センター理事長、25年同センター・国土政策研究所長、令和元年7月より国土学総合研究所長。
おおいし・ひさかず/昭和20年4月2日生まれ、兵庫県出身。京都大学大学院工学研究科修士課程修了。45年建設省入省。平成11年道路局長、14年国土交通省技監、16年国土技術研究センター理事長、25年同センター・国土政策研究所長、令和元年7月より国土学総合研究所長。

多言なれば数々(しばしば)窮す (老子)
――人は、あまりしゃべり過ぎると、いろいろの行きづまりを生じて、困ったことになる。

 デービッド・アトキンソン氏が「日本人の変わらない力は異常」と述べ、「これだけの危機に直面しても、自ら変わろうとしないのは、普通の人間の感覚では理解できません。異常以外の何者でもありません」と厳しく日本人を断じたことは、最近本欄で紹介した。

 今回は、公務員の定数削減をいつまでも続け、公務員および公務員制度という国家の基幹インフラが危機に面している実態を紹介したい。日本の国家公務員は1964年のいわゆる総定員法(行政機関の職員の定員に関する法律)によって定員削減を続け、そのために最近も統計処理や公文書管理などに大きな支障が出ていることが明らかになったにもかかわらず、この国は50年以上前の法律に基づいて、いまだに定員を減らし続けている。

 もちろん、新たな行政需要に応じた定員については若干数の増員もなされているが、全体定員については現在も減少している。この公務員数削減の基本のところに、日本の各部を破壊している誤った財政認識があり、そのために軌道修正できないでいるのだ。

 では、日本の公務員は、いつまでも削減を続けなければならないほどに多いのかを他国との比較で見てみよう。

 人口千人当たり公務員数(国、地方、国防、政府系企業を含む)を2016年に整理された統計で見ると、フランス89・5人、イギリス69・2人、アメリカ64・1人、ドイツ59 ・7人、日本36・7人となっていて、これらの国々との比較では日本は断然少ないのだ。

 国家公務員(中央政府職員)だけを取り出すと、同じく人口千人当たりで、フランス24・6人、イギリス5・1人、アメリカ4・4人、ドイツ2・8人、日本2・7人となっていて、何と連邦制によって小さな中央政府を持つはずのアメリカ、ドイツよりも日本の中央政府職員の方が少ないのである。

 地方でも近年著しい職員の減少が続いている。1994年から2017年までの23年間に、都道府県で34万7000人もの削減があったし、市町村においても19万3000人も職員が減少した。基礎自治体として災害時に出動しなければならないし、高齢化が進んで手助けが必要な住民が増えているというのにこの有様なのだ。

 こうした削減の結果、全市町村のうち28・1%において「一人の土木職員もいない」状況が生まれ、災害時などの際に首長が相談できる相手がいなくなっている。

 この状況を踏まえ、2019年6月26日の読売新聞は「基礎自治体が平成の大合併をした結果、支所職員が減少して防災に弱点が生まれている」と指摘した。これは地方だけの問題ではないのだ。

 国土交通省地方整備局の最前線は出張所だが、そこでは職員数3人体制が維持できなくなってきており、2人以下の出張所が最近の10年間(2009~19)で35から、206へと急増したのである。比率で見ると全出張所の約6%から約33%へと増えたのだ。

 また、これらの出張所のうち職員1人体制が64にもなっており、出張所の10%もが1人体制となってしまった。もちろん、これでは業務がこなせないから、民間から業務委託を受けた人員でカバーしているが、本質的にカバーできるものではないのだ。

 それは、次の事態が招来したことでも明らかだ。2011年の東日本大震災では、東北地方整備局がもっとも機動力を発揮しなければならない事態だったのだが、なんと業務委託された自動車の運転手の多くが出勤してこなくなってしまったのだ。整備局職員の運転手なら、整備局の設置目的や存在理由を良く認識しているから、筆者の経験でも非常時ほど機動力確保のために頑張って出動してくれたのだ。

 業務委託の人に組織の意味を理解しろというのは無理なのだ。職員としての運転手代をケチったために、緊急時の機動力を欠くという大きな損失を受けざるを得なくなったのである。組織目的を共有できない民間人を入れて、頭数がそろっておればいいということにならないのだ。

 財務省や法務省が定員増となっている一方で、国土交通省の定員は純減が続いている。国土交通省の組織である海上保安庁などは増えていることを考えると、省全体の定員削減数よりも地方整備局などの出先の定員削減が相当に大きくなり、すでに支障が出ているのだ。このことは先の出張所の状況で明らかだ。

 政府の地方出先機関に求めるものは何なのかを再整理しない限り、出先組織の設置目的を果たすことができなくなるという危険がある。

 ところで、2019年夏の参議院選挙では、地域の人口減と自治体職員不足から投票所が858カ所も減少したという報道があったし、今回の選挙では、投票率が50%を切ったことも話題となった。政治にもっと関心を寄せ、投票に出かけてくれなければならないというのに、職員減を理由として、多くの投票所が廃止されることなど放置できることではないのだ。

 OECD2017年のデータでは、「全雇用者に占める一般政府の雇用者比率」は、OECD平均が18・1%であるのに対し、北欧諸国は25%~30%となっているが、日本は5・9%と世界最低なのである。こうした事実を認識しないまま、冒頭に紹介したように、国家や地方の公務員定数の削減を50年以上も続けてきている。公務員制度という基本インフラの毀損から、日本国の国家機能が確実に壊れつつあるのである。

 また、国会質問通告の遅れからくる本省職員の壮絶な超勤時間問題は、質問通告期限を設けたにも関わらず解決されないままなのも、公務員制度の毀損につながっている。

 児童相談所が問題になることも多い昨今だが、これも近年相談件数が爆発的に急増するとともに深刻化してきているのに、人員・態勢が追いついていないことが最大の原因だ。一度始めた作戦を変更できなかった旧陸海軍は、同じ作戦を何度失敗しても繰り返し、機敏に作戦変更したアメリカ軍とは対照的だった。歳出削減による財政再建という誤りをいつまでも犯し続けているわれわれは、今も戦前と同じ道を歩んでいるのだ。

(月刊『時評』2019年10月号掲載)